3話 絶望が歓喜
一方その頃。
「おや? おやおや?」
レンの騒動の様子を、町の塔のてっぺんから眺める人物がいた。この場所に似つかわしくない燕尾服をきたその男は、舌なめずりをして様子を伺っているようだ。
「あれまた、あの最強がこんな辺鄙な場所にいるとはね……」
「私にもツキが回ってきたのかしら?」
彼のいう通り、こんな場所にいる悪魔は大抵の場合、ただの使いっ走りか、何かをしでかして逃亡しているか大抵そのどちらかだ。
どう考えても、最強の一角と見られていたあのレンがこにいるのは、後者である可能性が高い。
しかも変わらず単独行動ときている。
ますますこの悪魔にとっては、都合のいいシチュエーションである。さらにいえば、後者であるなら相当額の賞金が出ているはずだ。
この男は使い魔を送り、賞金情報を探りつつ、レンを追跡しはじめた。
彼はレンのような完全な武闘派ではないため、何をするにも相応の準備が必要だ。
搦め手が得意で、じっくりとまずは観察が必要なため、目を細めながら舐めるようにみる。
すると、あることに気がついた様子だ。
「ん〜おかしいですね……。これまでの彼の戦い方と違うような……」
そう、レンはあまりにも有名すぎた。
その有名となった代名詞である”ダークボルト”は、恐ろしく強力で鮮烈だ。
とくに、レンのもつダークボルトは唯一無二の存在で、この男が知る限りそれを防げた者はいない。
しかも一度使われたら、全員全滅するまで使われ続け、死体しか残らないほどなのだ。
さらにいうと、彼と争えば、生は残らない。あるのは死だけだ。
それなのにだ。
人族相手に、力の出し惜しみをするかのようで、ただの一度しか使わない。そればかりでなく、大部分が生きている。
「おかしい……ですね……」
純粋に見たままで、つぶやきは誰にとでもなく、吐露していた。
この様子だと、何か別の目的がありそうだと読む。あくまでもここは通りすぎるだけで、別の意図が見え隠れしているのをこの男は機微に察知した。
「何かありそうですね……」
レンは変わらず、道をただひたすら真っすぐ歩き続けている。一見すると何の変哲もなく見える。
ところが、一つだけ異なる箇所を見つけた。
「これは……。見つけましたよ……」
悪魔なら誰しもがもつ魔瘴気。それがどこか不安定なのである。
彼らだけにしか見えない物のため、姿形を変えてもそれを見れば誰かと判別できるほど個性的なのである。
それが今は、レンをかたどる魔瘴気は一定の形をなさない。
つまり、それはどういうことか。
大きくみっつ予測できる。
ひとつ目は、何かの病に犯されているか相応の怪我をしている。
ふたつ目は、転生直後である。
みっつ目は、死期が近くなっている。
いずれも当人にとっては、不利な物でしかない。
「もしかして私、大当たりをひいたかもしれませんね……」
愉悦した笑顔が、顔に張り付いて消えない。
そこでこの男は目を皿のようにして、レンを眺めていた。
何か重大なことがあるはずだと。それはこの悪魔同士にしかわからない何かだと。
ところがこの短時間では、そうそうにわかるはずもなかった。
珍しくこの男には、期待で普段の慎重さが崩れかけてしまうほどの興奮具合が現れている。
「おっと……。私としたことが。少しはしゃぎすぎた様子ですね」
自身に言い聞かせるように、自制した。
今少し戦い方の変化と魔瘴気がわかったところで、レンの絶対優位性は微塵たりとも崩れない。
彼の逆鱗に触れて、ダークボルトでも喰らった日には、最も簡単に消滅してしまうほどの力量差だ。
ゆえに、慎重に彼の言動を探る必要があった。
とはいえ、レンはなかなかしゃべらない。あのような力を持っていても慎重な方であるのだ。
彼のもつ逸話として、神族を襲撃した際に彼らの町を殲滅したところ、慎重さは尋常でない。
念には念をといい殲滅したあと、町を更地にして、周囲の村も殲滅し同じく更地にしたほどだ。
今でもそこは草木の一本も生えず、砂漠化しているという。
もうひとつ少しだけ気になるのは、リーナがいないことだ。
リーナの方時も離れたくない素振りから、今回もどこかにいると踏んで、警戒していていた。
ところが、いつまで経っても現れない。
「姉さんがいないのもおかしいですね……」
強力な力をもつにもかかわらず、非常に面倒見のよいリーナは皆から”姉さん”と呼ばれ、わりと多くの悪魔から親しわれていた。
あの二人の間に何かが起きたとすれば、この行動も理に叶うとこの男は見ている。
今回はどこか違うと、直感が警戒しているかのような素振りを見せていた。
どれをとっても何もかもが、イレギュラー続きであった。そのためこの男は、チャンスと思いつつもどこか変な不安感にもかられていたのは事実。
「やはり、まだまだ情報が足りないですね……」
とその時である。
バリバリバリバリッ!
この青い晴天を黒い雷がこの男のスレスレを行き去った。
額から汗がこぼれ落ちる。
少しだけ触れた衣類が消滅しただけで、体には損傷がなかった。
「ハハハハ……。本当に私はついていますね。死なずにすみました」
油断した途端にこれだ。この戦場に似た緊迫感が、この男を襲っていたのはいうまでもない。
遠くで空に向けて、ダークボルトを放ったレンが見えた。
ただし、まだこちらの正体には、気がつかれていない様子もわかった。
「もう少し慎重に行きましょうかね。命あっての物種ですからね……。いやはや存在を察知するのは、さすがとしか言いようがないですな……」
男は、颯爽と塔を降りてレンの後をおった。
「私が歓喜できる瞬間は、まだまだ先の様子ですね……」
こうして”絶望”と呼ばれるこの男は、ニヤついた顔をレンの方角に向けていた。
まだまだ、これからはじまったばかりである。
まるで楽しみだと、言わんばかりの顔つきだった。