めでたい? その4
「え~……ミラッパさん?」
「っぱ」
僕に名前を呼ばれたミラッパは、苦笑しながら頭をかいておられます。
その後方では、急遽かけつけてくれたルア率いるルア工房のみなさんが大破した厨房を修理してくれている真っ最中です。
「悪気がなかったのは理解しましたけど……一応けじめとして修理代は請求させてもらいますね?」
僕がそう言うとミラッパは目を丸くして、
「っぱぁ!? ちょ、ちょっとそれは勘弁してほしいっぱ。」
僕の前でそう言いながら必死に頭を下げてこられたのですが、その横に立っている魔王ビナスさんが
「えぇ、店長さん、容赦なく搾り取ってくださいな」
と、満面の笑顔で言われます。
で、そのさらに隣に立っているロミネスカスさんも
「むしろ迷惑料込みで修理代の10倍払わせてもいいくらいですわ。この脳筋娘はそれくらいしないと身にしみませんわ」
腕組みしたままうんうんと頷かれています。
で、完全に四面楚歌状態のミラッパは
「わーん、みんながミラッパに厳しいぃっぱぁ」
そう言いながらイヤイヤをされていますが……さすがにここまで破壊されてしまってはねぇ……
この日、ミラッパさんによって破壊されたのは、厨房全体の4分の1にも達しておりました。
スア特性の魔石コンロも、魔石ごとこなごなです。
「……あのサイズの火炎魔石……結構貴重なのに」
スアはそう言うと、転移ドアを展開して火炎魔石鉱脈があるという南の山脈に向かっていきました。
そんなスアを見送った魔王ビナスさんとロミネスカスさんは、
「この代金も、ミラッパさんの請求に上乗せしてくださいな」
「奥方様の人件費も含めてくれてかまいませんわ」
そう言いながら、ミラッパを見つめています。
その視線の先で、ミラッパはさらにヤンヤンと体をくねらせながら、
「やだやだ、そんなにお金払ったらダーリンとの夢のマイホーム計画が遠のくっぱ」
そんなことを言われていきまして……はぁ、もうなんとかしてくださいよ、内縁の旦那さん……
◇◇
結局、この日の弁当作成作業は、急遽5号店で行われることになりました。
5号店の地下にはパン工房がありますが、一応厨房も併設されていますのでどうにか作業をこなすことが出来ました。
ホント……ここがなかったらと思うと、ちょっとゾッとしてしまします。
ちなみに、作業を行ったのは魔王ビナスさん・ラテスさん・ロミネスカスさんの3人です。
僕も手が空いた際にお手伝いをしようとしたのですが、5号店の客足が途切れなかったのと、本店の厨房修理の打ち合わせまで入ったもんですからほとんど出来なかったんですよね。
あと、当然ですがミラッパさんには自宅待機をしてもらいました。
ちなみにこのミラッパさん。
魔王の父親を倒して新魔王としての資格をお持ちなんだそうですけど、その称号を手にする前に内縁の旦那さんとの間に隷属契約を結んでいたため、そっちの効力が優先有効化されているため、魔王としての能力は発動出来ないそうなんです。
ですが、魔王の娘として規格外のパワーをお持ちなんだそうでして、その結果起きたのが今回の厨房破壊騒動だったわけです、はい。
……ただ、この自宅待機中に、内縁の旦那さんをデートに連れ出したとかで、後で魔王ビナスさん・ロミネスカスさんとの間で大げんかになったそうなのですが。それはまた別のお話なわけです、はい。
◇◇
そんな大騒動から3日経ちました。
ルアが2日で厨房の修理を終えてくれましたので、今日から本店での弁当作成を再開することが出来ました。
「まったく、あっちにこいだのこっちにこいだの、ハニワ馬使いが荒いったらありゃしないわねぇ」
弁当などの補充商品輸送係の、ハニワ馬のヴィヴィランテスが厨房の入り口でブツブツ言っています。
「無理言って悪かったねヴィヴィランテス。おかげで本当に助かったよ」
「ふん、よくわかってるじゃない、感謝しなさいよ」
ヴィヴィランテスはそう言うと、ぷいっとそっぽを向きました。
こんな感じで憎まれ口を叩いているヴィヴィランテスなのですが、厨房の入り口にはそんなヴィヴィランテスが持ってきてくれた『厨房修理完了記念』の花束がおかれていました。
ヴィヴィランテスってば、5号店開店の時や、定期魔道船就航の時にも花束を贈ってくれたんです。
なんのかんの言いながらも、ホントあれこれ気にかけてくれているいい奴なんですよね。ヴィヴィランテスってば。
そんな中、
「では、明日産休を取らせていただきますわ」
午前のお弁当作成作業を終えた魔王ビナスさんは笑顔でそう言われました。
この3日間の間に、小柄なその体のお腹部分が見事にぽっこり大きくなっています。
そんな魔王ビナスさんに向かって僕達は拍手を送っていきました。
「元気なお子さんを産んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
魔王ビナスさんは僕の言葉に笑顔で頭を下げられました。
ラテスさんも
「お休みの間、しっかりがんばりますので」
そう言いながら力こぶを作っています。
その横で、ロミネスカスさんも
「ま、私は家でも一緒だし、出産にもウィンダと一緒に立ち会ってあげるから……それに、ここも任せておきなさい。あやからないとね」
そう言いながら拍手をなさっていました。
そんな笑顔のみんなの後方で
「な!? なんですってぇ!? ちょっと、そんなの聞いてないわよ!」
ヴィヴィランテスが目を丸くしながら転移ドアへ向かって駆け出していきました。
うん、きっと新しい花束を準備しにいったんでしょう。
ホント、こういうところで律儀なんですよね、ヴィヴィランテスってば。
そんなみんなに見送られながら、魔王ビナスさんは産休のために転移ドアをくぐってご自宅のあるブラコンベへ帰っていかれました。
もちろん、ヴィヴィランテスから花束を受け取ってからですよ。
◇◇
翌々日のことです。
いつものように厨房脇にある転移ドアをくぐってナカンコンベの5号店に向かおうとした僕。
「店長さん、おはようございます」
そんな僕に、魔王ビナスさんの声が……
「って、えぇ!?」
僕は、目を丸くしました。
……でも、見間違いではありません。
厨房の中には、間違いなく魔王ビナスさんが立っています。
その背中には、コンビニおもてなしで販売しているおんぶ紐をつかって赤ちゃんを背負っているではありませんか。
「ちょ!? び、ビナスさん、何してるんですか!?」
「何、って、お仕事に復帰しただけですけど?」
「で、でも、出産なさったのって、どう考えても昨日ですよね?」
「はい、そうですけど?」
「ふ、普通産休って、もっとお休みになる必要がありません? お体の具合とか……あと、ほら、赤ちゃんの首がすわるまでは……」
僕があたふたしながら言葉を続けていると、魔王ビナスさんは
「ご心配くださって本当にありがとうございます。ですが私のような魔王族は出産程度であれば1日お休みすれば体力も回復いたしますわ。それに、赤ちゃんだって、ほらこの通り……」
そう言いながら魔王ビナスさんは背負っている赤ちゃんを僕に見せてくれたのですが……確かに、もうすっかり首が据わっている様子でして……しかも結構大きいんですよ。
その時、僕はあることを思い出していました。
いえね、魔王ビナスさんって、一昨日産休に入るときに、
『では、明日産休を取らせていただきますわ』
って言われたんですけど……これ、よく考えたら、『明日1日だけ産休をとらせていただきます』と言っているように聞こえなくもないなとおもったりしたわけで……
僕は、にっこり笑っている魔王ビナスさんの背中を見つめました。
そこには、大きな女の赤ちゃんがすやすや寝息を立てていました。
「ミクナスと申しますの」
魔王ビナスさんにそう呼ばれたその女の子は、額の左右に白い角が1本づ突き出していました。
とりあえず僕は、その女の子に向かって。
「こんにちは。ミクナスちゃん」
そう笑いかけていきました。
……その笑顔が若干引きつっていた気がしますけど、そこはご勘弁頂きたい。