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めでたい? その3

 と、いうわけで、早速ラテスさんが本店での弁当作成作業に入ってくださることになりました。
 魔王ビナスさんがいつから産休に入るかはまだお聞きしていませんけどもうしばらくは出勤してくださると思いますので、その間に一緒に作業を行ってもらって少しでも慣れてもらおうと思っている次第です。

 夜明け前に起き出した僕は久しぶりに本店の厨房へと移動しました。
 5号店が開店してからは向こうにかかりっきりでしたからね。

 厨房に顔をだすと、すでにスイーツ作成作業に取りかかっているヤルメキスとケロリンの姿がまず目に入ってきました。
 ヤルメキスが洋菓子系の、ケロリンが和菓子系のスイーツを手慣れた手つきでどんどん作成しています。
 で、僕に気が付いた2人は、
「あ、お、お、お、おはようでごじゃりまする」
「あ、お、お、お、おはようざございますケロ」
 2人揃って笑顔で挨拶をしてくれました。
 ……なんかケロリンってば、ヤルメキスの話し方がすっかり伝染している感じですね。
 まぁ、今は一緒の屋敷で暮らしていますので、致し方ないのかも知れません。

 そして、そんな2人の向かい側。
 弁当調理場には、魔王ビナスさんとラテスさんの姿がありました。
 すでに、魔王ビナスさんにあれこれ教えてもらいながら作業を始めていたらしいラテスさんは、火にかけた中華鍋を振りながらお肉を炒めているところでした。
 っていうか、いつもより少し早く来たつもりだったんですけど、もうみんな全開モードのようですね。
 そんな中、魔王ビナスさんとラテスさんも僕に気が付かれたようで、
「あら、店長さんおはようございます」
「あ、おはようございます店長さん。早速頑張らせてもらってます!」
 にっこり微笑んでいる魔王ビナスさんの横で、ラテスさんも笑顔で力こぶを作っておられました。
 僕は、そんな2人に笑顔で挨拶を返すとその近くへと歩み寄っていきました。
 見たところ、ラテスさんの手つきは問題ありません。
 非常に手慣れた感じで中華鍋を振りながら料理をどんどん作成しています。

 ……ですが

 その隣で作業している魔王ビナスさんのスピードがちょっと尋常でありません。
 ラテスさんのスピードを1としますと、魔王ビナスさんは10の速度で手を動かし続けておられます。
 これはラテスさんのスピードが遅いわけではありません。
 魔王ビナスさんが早すぎるんです。

 魔王ビナスさんは、頭に生えている魔族の角が1本折れています。
 そのせいで、魔王ビナスさんは魔王としての能力を100%発揮することが出来なくなっているとお聞きしています。
 ですが、その状態でにもかかわらずこの速度での作業が可能なのです。
 以前、僕が一緒に作業していた時にはここまでとは思っていなかったのですが、こうして比較対象と並んで作業している様子を見ると、そのすごさが改めてわかったといいますか……

 ……こりゃ、魔王ビナスさんが抜ける穴は、ラテスさん1人では埋めれそうもないな……
 
 僕は、眉をしかめながら思わず腕組みしていきました。
 その時、僕はあることに気が付きました。
 魔王ビナスさんとラテスさんの後方に見慣れない女性が1人立っておられるのです。
 魔法使い集落のみなさんと似た衣装を身にまとっておられるのですが、魔法使いの皆さんが身にまとっておられる魔法使いの衣装とは若干異なる衣装を身にまとっておおられるその女性は、なにやら料理の指南書みたいな本を読みながら、時折ふんふんと頷かれています。
 そんな中、その女性と僕の視線があいました。
「あなたが店長さん?」
 そう言いながら、その女性は本を腰につけておられる魔法袋の中に片付けながら僕の方へ歩み寄ってこられました。
「私、ロミネスカスと申します。魔王ビナスと同じく、ウインダの内縁の妻ですわ」
 そう言いながら、その女性~ロミネスカスさんは僕に手を伸ばしてこられました。
 僕はその手を握り返しながら、
「あ、この店の店長のタクラと申します」
 そうお答えしました。
 ロミネスカスさんは、僕よりやや年上といった感じですね。
 眼鏡をかけておられて、見るからにインテリな雰囲気です。
 そのロミネスカスさんは、僕と握手を交わすと、
「今日から、こちらで調理作業のお手伝いをさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
 そう言いながら、軽く頭を下げられました。

 ……はい?

 ロミネスカスさんはそう言われていますけど……僕、事前に何も聞いてないんですけど……
 そんな感じで僕が目を丸くしていると、
「あぁ、店長さんすいません。詳しくは私がご説明させていただきますわ」
 そう言いながら、作業の手を止めて僕のところへ歩み寄ってこられました。
「この度、私が旦那様のお子を身ごもったと聞いたロミネスカスさんがですね、それにあやかりたいとむごごご」
「ちょっとビナス! そ、それは言わないでって言ったでしょ!!」
 ロミネスカスさんは、大慌てなさった様子で魔王ビナスさんの口を押さえています。
 ……まぁ、なんといいますか、思いっきり聞こたんですけど、ここはあえて聞こえなかったふりをするのが優しさというものでしょう。
 そんな感じで、にこやかに微笑んでいる僕。
 そんな僕に、ロミネスカスさんは苦笑しながら
「あ、あの……ビナスがいなくなったら大変だろうと思いまして、その間のお手伝いをさせていただこうかと……」
 そう、僕に言われました。

◇◇

 ……正直、ここで作業したからといって子宝に恵まれる、と、胸を張って言うことは出来ないわけですが
「とにかく、ぜひともここで働かせて頂きたいのです」
 と、ロミネスカスさんが強行にご希望なさるもんですから、とりあえずラテスさんと一緒に作業を行ってもらってみました。
 すると、ロミネスカスさんもなかなかの料理の腕をなさっていました。
 速度はラテスさんと同じぐらいで、腕前もなかなかのものです。
「えぇ、これくらい出来ませんと、あの人の内縁の妻はつとまりませんから……ライバルも多いですし」
 ロミネスカスさんはそう言いながら鼻たーかだかなご様子です。
 確かに、これは戦力になる……とは思ったものの、やはり処理速度がなぁ……僕がそんなことを思っていると、ロミネスカスさんは、
「……そうですね……最低でもビナスと同じくらいの速度で作業出来ないとお話になりませんわね」
 そう言うと、右手の人差し指を一振りなさいました。
 すると、ロミネスカスさんの調理スピードが一瞬にしてすさまじく速くなったのです。
 これは、あれですかね……加速魔法みたいなのを使用されたんでしょうね。
 そんなわけで、ロミネスカスさんは、その隣で調理なさっている魔王ビナスさんとほとんど同じスピードで料理し始めたのです。
「うわ……す、すごいなこれは」
 僕は、その光景に唖然としながらも、そのすさまじい光景を目の当たりにして目が離せなくなっていました。

 ……その時です。

 お2人の後方にいきなり魔法陣が出現しました。
 その中から1人の女性が飛び出してきたのです。
「あ~!? やっぱりここにいたっぱ! 2人ともずるいっぱ!!」
 若そうなその女性は、魔王ビナスさんとロミネスカスさんに向かって文句を言いながら、中華鍋を手に取られました。
「ミラッパだってダーリンの子供がほしいっぱ。だからここで料理をしてあやかるっぱ」
 そう言うと同時に、その女性~おそらくミラッパさんとおっしゃるのでしょう。
 中華鍋を持った手を豪快に振り回していきまして、
「大車輪~~~~~ミラッパ料理ぃ~~~~~~~~~~」
 そんな豪快なかけ声とともに、中華鍋を調理台に叩きつけていきました。

 次の瞬間、魔王ビナスさん達が作業していた魔石調理台がすべて崩壊していきました。
 ミラッパさんが叩きつけた中華鍋によって破壊されたのは間違いありません。
 ミラッパさんは、粉々になった調理台を見つめながら、
「っぱぁ? このお店の料理台って、不良品っぱいっぱ?」
 そう言いながら首をかしげていました。

 僕は、そんなミラッパさんを見つめながら
『と、とんでもない人までやってきたぞ……』
 そう思いながら、乾いた笑いを浮かべていました。

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