めでたい? その2
魔王ビナスさん産休
このお知らせはあっという間にコンビニおもてなし全店ならびに関連店に広まっていきました。
あちこちのお店からお祝いの花束などが続々と届けられておりまして、いつもはお昼のお弁当追加発注対応が終了したら帰宅される魔王ビナスさんなんですけど、今日はその対応のために夕方遅くまでお店に残っておられました。
ちなみに魔王ビナスさんですが……
最初の旦那様だった魔王様はお亡くなりになられておりまして、その魔王さんとの間に娘さんがおられたそうなのですが
「さぁ、もう記憶に残しておくのも腹立たしいですわ」
と笑われていたので、その娘さんの事は誰も突っ込もうといたしません。
そして、現在は元勇者の方の内縁の妻の1人として他の妻の方々と一緒に暮らしているそうなんですよね、
……なお、定期魔道船の接客担当をしている勇者ライアナさんも一緒に暮らしておられるそうなのですが、魔王ビナスさんの内縁の旦那さんとは内縁関係にはないそうです……
とはいえ、その内縁の奥さん方は皆さん仲良く暮らしていられるというのですから、僕的にはちょっと理解しかねるといいますか……
僕はもう、スア1人いてくれればそれで十分ですしね。
と、僕がそんなことを思っていますと、僕の背後に転移魔法で出現したスアが、
「……大好き……愛してる」
そう言いながら、ぴとっと抱きついてきました。
そんな可愛いスアを、僕はしっかりと抱き寄せていきました。
◇◇
と、まぁ、スアと夫婦の絆を確かめあったところで本題に戻りましょう。
魔王ビナスさんの代員をどうにかしないといけません。
「コンビニおもてなしで料理が出来る……しかも短時間で大量に作ることが出来る人材となると……」
僕がそう言いながら呟いていると、そんな僕の眼前でシャルンエッセンスが満面の笑みを浮かべながら挙手していました。
そうでした。
最近のシャルンエッセンスは、元メイド長のシルメールに料理の特訓をしてもらっていますので、結構料理の腕前があがっているんでした。
……ですが
その料理は、はっきりいって素人料理に毛が生えたレベルといいますか、まだまだお店で販売出来るレベルではないわけでして……
僕は、心を鬼にしてシャルンエッセンスから視線を外していきました。
「リョウイチお兄様、きっといつかお役にたってみせますわああああああああ」
と言いながら駆けていくシャルンエッセンスの足音を聞きながら、僕は腕組みをして改めて考えこんでいきました。
とはいえ、弁当作成作業を手伝ってもらえそうな人となると、すぐには浮かんできません。
料理が出来るヤルメキスやケロリン達は、ヤルメキススイーツが絶好調なもんですから、最近は朝から閉店までフル稼働してしますので、到底無理です。
コンビニおもてなし食堂エンテン亭の猿人四人組のみんなも、エンテン亭が大繁盛しているもんですからこちらの手伝いに回ってはこれないでしょう。
食堂ピアーグは、店の営業と5号店の弁当作成で手一杯ですし……
「さてさて……これは困った……」
僕は腕組みしたまま首をひねっていました。
「店長さん、どうされました?」
「うわぁ!?」
考えを巡らせていた僕の眼前に、いきなり女性の顔が大写しになりました。
考え事に夢中になっていた僕は、おもいっきりびっくりしながら後ずさってしまいました。
で
そこに居たのは、ラミアのラテスさんでした。
ガタコンベから少し北の森の中にあるオトの街で食堂をやっているラテスさんです。
おそらく、少し前から僕に話しかけておられたんでしょうね。
僕が考え事をしていたもんですから、無反応だったせいで、顔を寄せてこられた……そんなところでしょう。
僕は、ラテスさんにお詫びを言うと、
「お久しぶりですねラテスさん。今日はどうなさったんです?」
そう声をかけていきました。
するとラテスさんは僕に向かってにっこり微笑まれました。
「実はオトの街のお店を改修することになりまして。1ヶ月ばかり暇になったもんですからルアのところに遊びに来たんですよ。それでご挨拶にと思いまして……」
そう言いながら、ラテスさんは首に巻き付けていた大きな荷物の中から菓子折みたいなものを取り出して僕に手渡してくれました。
それを受け取りながら、僕はある事を考えていました。
ラテスさんは食堂を経営しています。
そのお店唯一の料理人さんです。
以前コンビニおもてなしのお手伝いをしてもらったこともあります。
そのラテスさんが1ヶ月暇にしておられる……
「ラテスさん」
「はい?」
「あの、折り入ってお話があるのですが……」
そう言うと、僕は今までの経緯をお話していきました。
ラテスさんは僕の話をふんふんと頷きながら聞いてくださっていたのですが、
「……つまり私に、その魔王ビナスという方の代わりにお弁当作成をしてほしい、と……そう言われているのですね?」
ラテスさんは真剣な表情で僕を見つめておられます。
そんなラテスさんに、僕は大きく頷きました。
「そうなんです……出来れば、こちらにおられる間……」
僕がそう言うと、ラテスさんは両手を握り合わせながら、
「感激です! ぜひやらせてください!」
笑顔でそう言ってくださいました。
「私、田舎の食堂でばっかり料理をしているじゃないですか、たまにはコンビニおもてなしさんみたいなところでおもいっきり料理の腕を振るってみたくなるんですよ!」
そう言うと、ラテスさんは僕の腕を握りまして、
「で、いつからですか? 明後日? 明日? それとも今からですか? このラテス、めいっぱい頑張っちゃいますよ!」
気合い満々の表情でそう言ってくださいました。
◇◇
以前、本店の厨房にラテスさんが入られた際には、その長い蛇の下半身が邪魔になってしまっていたのですが、今の本店の厨房はパン工房が5号店の地下に移動している関係で以前よりかなり広くなっています。
そのおかげで、ラテスさんの蛇の下半身が今回は特に気になりませんでした。
「うわぁ、ここ広くなりましたね、これなら私も作業しやすいです」
早速厨房を視察したラテスさんは、目を輝かせながら頷かれています。
そんなラテスさんに僕は、
「急にお願いしてすいません。ルアには僕からもよく謝っておきますので」
僕がそう言うと、ラテスさんは
「あ~……それは別にいいと思いますよ。何しろ私が1ヶ月遊びに行かせてよって話をしたら露骨に嫌そうな顔をされましたから……ほら、ルアも一応まだまだ新婚さんですしね」
ラテスさんはそう言いながら苦笑なさっておられました。
「なら、1ヶ月の間の宿泊場所もこちらで準備いたしましょうか?」
「え? ホントですか!? それすっごく助かります」
ラテスさんは、そう言って再び目を輝かせました。
というわけで、ラテスさんには本店の隣にありますおもてなし酒場の二階の宿屋の1室を提供させていただくことを考えました。
今のおもてなし酒場は、ルアの妹のネプラナさんが店長として住み込みで働いてくださっているのですが、このネプラナさんは元々オトの街の住人でして、ラテスさんとも幼なじみの親友なんですよね。
最初は、客室を1室提供しようとしたのですが、
「いいじゃん、アタシと一緒の部屋で」
ネプラナさんがそう申し出てくれたもんですから、ラテスさんはネプラナさんが住居として使用されている宿のお部屋で一緒にすごすことになりました。
とまぁ、奇跡的にトントン拍子で話がまとまったおかげで、僕はどうにか安堵出来たわけです。
ただ、一つだけ困ったことが……
と、いうのがですね、おもてなし酒場の宿に併設されているお風呂がですね、ラミアのお客様を想定してなかったもんですから、ラテスさんでは入れないんですよ。
……と、いうわけで
「じゃ、みんな、今日はラテスお姉さんと一緒にお風呂に入ろうね!」
笑顔でそう言いながら、ラテスさんは我が家のお風呂に、我が家の子供達を連れていかれました。
我が家のお風呂は男女兼用で、かなり大きい作りにしてありますから、ラテスさんでも問題なく入れるわけです。
で、ラテスさんが
「せっかくお邪魔するんですから子供さんのお相手もさせてくださいな」
そう言ってくれたもんですから、こうなったわけです、はい。
ちなみに我が家のお風呂のお湯は、スアが転移ドアを応用して、辺境都市ララコンベの温泉の源泉から直接引き込んでくれている、本物の温泉なんです。
「うわぁ、ここのお湯、気持ちいいねぇ」
「はい、お風呂気持ちいいです!」
感嘆の声を上げておられるラテスさん。
同時にパラナミオ達の嬉しそうな声も聞こえてきます。
子供達と一緒にお風呂に入る役目を取られた格好になってしまった僕的には少し寂しい思いをしていたのですが、そんな僕の手をスアがそっと握ってくれました。
「……今日は2人で……」
そういうスアを、僕はそっと抱き寄せていきました。
まぁ、たまにはこういうのも、ですね。