やってきたある男 VS コンビニおもてなしオールスターズ その1
……というわけで、魔王ビナスさんがわずか1日で出産を終えて戻ってこられました。
女の赤ちゃんのミクナスちゃんは、ビナスさんの魔王の血と内縁の旦那さんの勇者の血の影響でしょうか生後1日でもうしっかりと首が据わっていてはいはいまで出来ます。
スアも、
「……魔王と、勇者の子供って……ハイブリッド過ぎる」
と言って目を丸くしていました。
「そういえば、魔王ビナスさんの旦那さんって、この世界じゃない別の世界の勇者だったんですよね?」
「はい、そうですわ」
「……この世界の勇者って何をしているんだろう……その子孫とかいたりしないのかな?」
僕はふとそんな事が気になりました。
ララコンベに勤務している元門の番人のララデンテさんは、生きていた頃にこの世界の勇者にあったことがあるそうなんですけど、
「まぁ、よくは知らないよ。なんせいきなりやってきて門を壊してさ『もう守らなくていいよ』って言っていなくなっちまったんだからさ」
ララデンテさんも、その程度しか情報をお持ちでないんですよね。
「……勇者マックスは、ちょっと変わり者だったし……」
「へぇ、スアも会ったことがあるの?」
「……ううん、き、聞いただけ……噂でそう聞いただけ、よ……そんな昔に私生きてないよ……私、若いし……」
スアは僕の言葉にあわあわしながら首を左右に振っていました。
かなり違和感がありましたけど、まぁ、そういうことにしておきましょう。
その勇者……マックスというらしいのですが、その人は今でも生きていて……噂では不老不死に近い存在らしいです……で、この世界に唯一残されている魔法界との門を監視しているとか言われているそうなんですけど、そもそもその門がどこにあるのか詳しく知っている人も、見た事がある人もいないわけです。
その子孫がいるかどうかも特に伝承はないそうですし、となるとミクナスちゃんはこの世界唯一の勇者と魔王のミックスブレンドってことになるのかもしれませんね。
「まぁ、とにかく、元気に育つんだよ、ミクナスちゃん」
僕がそう言うと、魔王ビナスさんにおんぶされているミクナスちゃんはにっこり笑ってくれました。
◇◇
せっかくなので、ラテスさんとロミネスカスにも引き続き本店で調理作業を手伝ってもらっています。
そこに、ミクナスちゃんをおんぶした魔王ビナスさんも加わっているわけです。
もっとも、他の2人がかなり戦力になってくれているもんですから、魔王ビナスさんはいつも以上にのんびり作業を行っておられまして、合間にミクナスちゃんにミルクをあげたり、一緒に遊んであげたりしておられます。
食品を扱いますからね、消毒作業などは魔法でバッチリしてくださっていますのでそちらの心配もありません。
「店長さんが増員してくださったおかげで、本当に助かっていますわ」
魔王ビナスさんもそう言ってくださっていたのですが……
その日のお昼過ぎのことでした。
「て、て、て、店長さん! た、た、た、大変でごじゃりまするぅ!」
ヤルメキスが血相をかえてコンビニおもてなし5号店に駆け込んできました。
「ど、どうしたんだヤルメキス!?」
「そ、そ、そ、それが、み、み、み、ミクナスちゃんが変な男に連れ去られそうになっているのでごじゃりまするぅ!」
「はぁ!?」
ヤルメキスの言葉を聞いた僕は、思わず目を丸くしました。
いや、だってミクナスちゃんは魔王ビナスさんがつきっきりで相手をしているんですよ?
そんなミクナスちゃんをどうやって!?
「そ、そ、そ、それがですねぇ、魔王ビナスさんがおトイレにいかれている間、わ、わ、わ、私がミクナスちゃんを抱っこしていたのでごじゃりまするけど、わ、わ、わ、わけもわからないうちに手の中からミクナスちゃんが消えてしまって、も、も、も、もうしわけごじゃりませぬううううううううう」
そう言うと、ヤルメキスはその場で床にめり込まんばかりの勢いで土下座をしていきました。
ですが、今はそんなことをしている場合ではありません。
僕は、店内へ視線を向けると、
「グリアーナ! 一緒に来てくれ!」
店内で一番力のある鬼人の剣士、グリアーナへ声をかけました。
「合点承知!」
そう言うとグリアーナは僕の後に続きました。
「シャルンエッセンス、ファラさんにも声をかけてくれるかい? 僕とグリアーナはすぐに向こうに向かうから」
「お兄様、了解ですわ!」
僕の言葉を受けたシャルンエッセンスがおもてなし市場へ駆けていく横で、僕とグリアーナは転移ドアをくぐって本店へ向かいました。
「って……え?」
僕は、そこで目が点になりました。
店の外でですね、
「ミクナスを返しなさい!」
と、怒髪天の形相をした魔王ビナスさんが見るからに、『それこんな街中で使ったらまずいでしょう!?』的な魔法をぶっ放しまくっているんです。
で、その前方には外套を被っている男がミクナスちゃんを抱っこしています。
その男は魔王ビナスさんの攻撃魔法を軽々と交わしています。
「ったく、少しくらい話を聞いてくれって」
そう言いながら、男は逃げ惑っています。
その光景を見ながら、グリアーナは足をガタガタ震わせていました。
「……あ、あの魔法の中に突っ込むのでござるか?」
そう言いながら震えまくっているグリアーナですが……その気持ちはわからないでもありません。
魔王ビナスさんは、完全に暴走モードに入っています。
下手をしたら巻き添えを食いかねません。
ですが……
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないだろう? なんとかしてミクナスちゃんを助けないと」
僕はそう言うと駆け出しました。
正直、策なんてありません。
とにかく、まずは近づこう……それだけです。
その時でした。
「ビナス、加勢するわ!」
「ぱぁ!」
魔王ビナスさんの左右から、ロミネスカスさんとミラッパさんが飛び出してきて、その男に飛びかかっていきました。
ロミネスカスさんはかなり優秀な魔法使いで、ミラッパさんは魔王の娘です。
そして魔王のビナスさん。
この3人が大暴れって……ちょっと、これまずくないか?
僕が冷や汗を流していると、一同の周囲が魔法壁で覆われていきました。
「こ、今度はなんだぁ!?」
唖然としている僕の脳内に、いきなりスアの思念波が飛び込んできました。
「……とりあえず、街を魔法壁で覆った、わ……これで街に被害はでない、わ」
「スア、ナイス!」
僕は思わず右手の親指をたてました。
……ですが、この魔法を維持するのが精一杯とのことで、スアが参戦出来そうにありません。
この中に、新たに参戦してきたのは、イエロとセーテンでした。
「狩りから戻って来たら何事でござるか?」
「男! 覚悟するキ」
2人はそう言うと魔王ビナスさん・ロミネスカスさん・ミラッパの間を縫うようにして突進していき、その男からミクナスちゃんを奪い返そうと襲いかかっていきます。
ですが
この5人が本気でかかっているというのに、この男はその攻撃をすべてかわし続けているのです。
「……ちょ、ちょっとこの人、すごいんじゃないか?」
僕は、その光景を見つめながら冷や汗を流していました。
すると、ここで勇気を振り絞ったグリアーナが
「い、イエロ師匠! 拙者も参戦するでござる!」
一度自分の頬をぶっ叩いてから駆け込んでいきました。
これで、1対6です。
「店長!? 敵はやつですか!?」
ここに、今度はファラさんが登場しました。
ファラさんは、ミクナスを抱えている男を見つけるや否や、自分の姿を龍人(ドラゴニュート)へ変化させました。リヴァイアサンに変化したのでは大きすぎると判断したのでしょう。
龍人化したファラさんは、その両手から鋭い爪を伸ばして男に襲いかかっていきます。
「……推参」
さらに、その男の後方から突っ込んできたのは、オデン6世さんでした。
デュラハンのオデン6世さんはすさまじい勢いで突きを繰り出し、男の腕からミクナスちゃんを救いだそうとしました。
ですが、男はそれを間一髪で交わしていきます。
「おっとぉ!もう一枚いるよぉ!」
すると、そんなオデン6世さんの背後から、奥さんのルアが飛び出してきました。
猫人特有の素早さで男に襲いかかっていくルア。
しかし、男はその攻撃をもかわしていきます。
「だ、だからちょっと話を聞いてくれって!」
その男は、そう言いながら、みんなから少し離れた場所に着地しました。
(……え?)
その男が着地したのは、僕の目の前でした。
その男は、前方に勢揃いしているコンビニおもてなしオールスターズを前にして右手を伸ばし、ミクナスちゃんを抱えている左腕を後方に引いています。
……つまり、ミクナスちゃんが僕の目の前に……
僕は、手を伸ばしました。
すると、ひょうし抜けするぐらいあっさりとミクナスちゃんを抱き寄せることが出来ました。
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
その光景に、コンビニおもてなしオールスターズの皆さんが揃ってびっくりした声をあげています。
当然、その男もびっくりした顔をしています。
「お、お前、いつからそこにいた? 全然気配を感じなかったぞ!?」
って、言ってますけど、そんな男に僕は、
「いや、その……さっきからここにいましたけど……」
引きつった笑顔でそう言うのが精一杯でした。
想像ですけど……他のみんながすごい魔力とかバンバン使ってたり、すごい殺気をガンガン放っていたもんですから、ノー魔力ノー馬力の僕はあまりにも弱すぎてこの男の人のセンサーにひっかからなかったんじゃないんですかね……
とにかく、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいきません。
僕はコンビニおもてなしに向かって駆け出しました。
「あ、ちょ、ちょっと待てって!」
すると、その男が追いかけてくる気配がします。
「謹んでご辞退申し上げ奉ります~」
僕は必死の表情で走っていました。
すると、そんな僕の前に、
「まったく、とんだヒーローね、しょうがないからのせてあげるわ」
そう言いながら、ハニワ馬のヴィヴィランテスが疾走してきました。
僕は、そんなヴィヴィランテスに飛び乗っていきました。