23章 スローライフ崩壊
「コンコン、コンコン」
「はい」
「アカネさん、こんにちは」
家を訪ねてきたのは、マツリだった。
「マツリさん、こんにちは」
「いろいろなところを探し回ったのですが、どこにもいませんでした。どこに行かれていたのですか」
プライベートをどのように過ごすのかは、個人の自由である。他人にプライベートを勘繰られるのは、大いに心外だった。
「アカネさんに大量の仕事依頼が来ています。現時点で300件くらいあります」
こちらにやってきてから、1ヵ月そこそこしかたっていない。1日当たり、10件近くのオファーがあったことになる。
「アカネさん、明日はイベントが予定されています」
「どんなイベントですか?」
「アカネさんが回復魔法をみんなの前で披露するというものです。対象者は実際に怪我をしている人たちとなります。中には重病の方も含まれています」
自分のいないところで、勝手にイベントを考えないでほしい。こちらにはこちらの事情というものがある。
スケジュールを勝手に組み込まれたからか、いつにもなく不機嫌だった。20時間労働の仕事でさえ、そんなことはほとんどなかった。
「そんな話は聞いていません」
「アカネさんが引っ越してきたので、開催されることになりました。皆さんの前で、回復魔法を披露していただきたいです」
アカネにとってはメリットのないイベントなので、できることなら辞退したいところ。ダンジョンで稼いだお金さえあれば、優雅な生活を送ることができる。
「私はゆったりと暮らしたいのですが・・・・・・」
「セカンドライフの街」においては、のんびりとしたセカンドライフを送りたい。できることなら、仕事は一秒たりともしたくない。1日に20時間も働くのは、もうこりごりだ。
「メインが登場しないと、イベントが成り立ちません」
アカネはダンジョンに何度も潜れば、十分なお金を稼ぐことができる。それさえ繰り返していれば、リッチな生活を送れる。他人と関わらずとも、生きていていける立場なのである。
アカネが渋い顔をしているからか、マツリは眉をひそめていた。
「重症の方がたくさんいらっしゃいます。そういう人たちを助けるために、参加していただけませんか」
参加を拒否しようものなら、裏切り者、薄情者のレッテルをはられることになる。アカネにとっては、芳しくない状況だ。
本音はやりたくないものの、マツリの話を受けることにした。こんなことになるなら、魔法は使えなくてもよかった。特殊能力というのは、状況によっては悪い方向に作用することあるようだ。
「わかりました。参加させていただきます」
「アカネさん、ありがとうございます。これで多くの命を助けることができるでしょう」
明日のスローライフは完全に潰れた。自分の夢見た生活を壊されたことで、ストレスは100倍、いや1000倍に膨れ上がることとなった。
回復魔法を披露したあとも、いろいろな仕事をこなす必要がある。1日に20時間働かされていた職場よりも、過酷なセカンドライフを送ることになりそうだ。
アカネにとってさらに不都合なのは、どんなに仕事をしたとしても疲れない体であること。それゆえ、24時間労働を強いられることもありえる。年中無休労働が、現実のものとなろうとしていた。