バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

21章 念願のスローライフ1

 ダンジョンに潜っている間は、一度も入浴することができなかった。風呂好きな女性にとっては、大きなストレスとなっていた。一日に二〇時間勤務の会社に勤めていたときですら、入浴を毎日続けていた。仕事づくしだった女性の、数少ない楽しみだった。

 アカネは浴室に運ぶと、奇麗さ、豪華さにびっくりすることとなった。現実世界のワンランク、ツーランク上をいっている。

 お湯を入れるボタンを押した直後だった。お風呂の装置が、やや小さめの声を出す。

「ご主人様の好みのお湯の温度は三八・五度。その温度にお湯を自動調整します」

 個人の好みの温度を自動で設定してくれる。人間を予測して、お風呂をいれるなんてすごすぎる。

 アカネは服を更衣室に乱雑に脱ぎ捨てたあと、自分の身体を少しだけ見る。一八歳になったからか、二〇代後半のおばさんとは張りが異なる。家に例えるなら、一度も住んでいないくらいに
奇麗だった。

 お湯に右足をつける。好みの温度となっているからか、テンションは大きく上がることとなった。

「最高の気分。ルンルルン」

 あまりに気持ち良かったので、一人で歌を口ずさんでしまうこととなった。

「バイ・・・・・・」

 不吉な言葉だったので、口ずさむのをやめた。若くで死んでしまった女性にとって、「バイバイ」の4文字はあまりにも不吉すぎる。

「ありがとう、おか・・・・・・」

 気持ちが辛くなるような、歌詞ばかり浮かんでくるのはどうしてなのかな。二七歳にして、あの世に旅立ったことを後悔しているのかな。

 アカネの瞳から、二粒の涙が流れる。一粒は父親に向けて、もう一粒は母親に向けてのものだった。

 弟、妹の分の涙も流れると思っていたけど、そういう展開にはならなかった。瞳からこぼれる液体が、枯れてしまったかのようだった。

 アカネが慕っていた先輩の顔が浮かんできた。1日20時間労働にもかかわらず、仕事を手伝ってくれた。自分もつらいはずなのに、後輩の面倒を見ようとする姿に心を打たれた。自分だったら、後輩の面倒を見ずに帰っていた。

 新品のタオルで身体を洗う。冒険でたまった汚れ、精神的な疲れを吹き飛ばしてくれるかのようだった。

 身体を洗い終えた後、湯船に身体を預ける。あまりの心地よさに、眠ってしまいそうになった。空気がなくても生きられるので、お風呂の中で睡眠をとってもいいかなと思えた。一度でいいから、お風呂の中で寝てみたかった。

 アカネはゆったりと瞼を閉じようとすると、どういうわけかお湯の温度が急上昇し、大きなアラームが鳴らされた。

「ご主人様、お風呂の中で寝るのは危険です」

 生命の安全を確保するために、このようなシステムになっているのかな。セカンドライフのお風呂の設備は、現実世界よりもはるかに優れているようだ。

 アカネはお風呂からあがると、新しい服に着替える。久しぶりだったからか、気分はいやおうなしに高まることとなった。

 一ヵ月間にわたって着用していた服は、置きっぱなしのままだった。気分が向いたら、洗濯すればいいかな。新品の服を購入したときには、ゴミ箱いきになっているかもしれない。

しおり