第10話 異世界生活2日目
何だか夢を見ていた気がする...
どんな内容だったかはイマイチ覚えていないけれど、おそらく前世の夢だったような...
何だか懐かしいような、そんな気持ちになるのは何故なんだろう。
温かな朝日が窓から差し込んでくる。ちょうど光が顔に差し込む形となり、その眩しさから俺は目を覚ましてしまった。しかし無理やり起こされたときのような不快感はなく、むしろスッキリとした清々しい朝を迎えることが出来た。こんなに寝起きが良いのはいつぶりだろう。生まれ変わって体も健康になったからかもしれないな。
...てか、スキルで『健康体』っていうのを持っていたんだった。そりゃ健康だわ。
そんな感じで朝から脳内漫才みたいなことをするぐらいには寝起きが良く、ベッドから起き上がり窓のそばで陽の光を一身に浴びて伸びをした。何だかこんなことだけでも結構幸せって感じがするな。
完全に意識が覚醒した俺はベッドの上に座り、今日の予定を考える。一応は昨日と同じく冒険者ギルドへ行って依頼を受けようと思っている。しばらくは依頼を受けてお金を稼いでギルドランクを上げること、そしてレベルを上げたり各種スキルを習得して強くなることの2つを目標に掲げようと思っている。
ここで昨日のことを思い返していた俺は重要なことに気が付いた。
...そう、昨日から風呂に入っていないのである。
あんなに動き回ったのに風呂に入っていないのは少々汚いのではないだろうか。大丈夫かな、に追ってないかな...?ちょっと心配になってきた。昨晩は魔法のことやら疲れやらで完全に忘れていた。
てかそういえばこの世界に風呂ってあるのかな?こういう世界だと風呂は貴族たちぐらいしか使えないもので庶民は濡れた布で体をふく程度っていうのがよくある話だがここではどうなのだろう?
《アルクスにも風呂に入るという文化は存在しますが、一般的ではありません。また身体を清潔にする手段として水属性初級魔法『クリーン』を用いることが可能です》
...なるほどね。たぶん庶民は風呂なんて使わない、というか使えないんだろうな。
てかそれにしても水属性魔法にそんな便利なものがあるのですか!風呂に入れるなら入りたいけれど、しばらくは無理そうなのでここは『クリーン』で対処しておきますか。
俺はすぐに水属性魔法『クリーン』を自身の体に向けて発動させる。すると体全体が隅々すみずみまで洗われたあとのような爽快感を感じ、何だか体だけではなく心までスッキリとした気分になった。
これ手軽だし、めちゃくちゃ有能魔法じゃね?
この魔法は長い間お世話になることになるだろう、そんな気がする。
という訳で身だしなみ問題も解決したことなのでそろそろ朝食を食べに行くとしますか。俺は身支度を済ませると部屋から出て一階にある受付へと向かった。そこには朝から元気そうに仕事をしている猫耳店員さんがいた。
「あっ、おはようございます!よく眠れましたか?」
「おはようございます。はい、おかげさまでぐっすりと寝れました」
「それは何よりです~!今から朝食にされますか?」
「ぜひお願いします」
店員さんは元気よく返事を返すと受付の奥へと向かっていった。しばらく待っていると店員さんはトレイにパンやサラダなどの朝食をのせて来てくれた。
「お客さん、朝食はお部屋で召し上がりますか?それとも一階で召し上がりますか?」
聞くところによるとこの宿の一階にはたくさんの机といすが並べられた共有スペース的なところがあり、そこで食事をとることも可能だそうだ。俺はせっかく一階に降りてきたのだからそこで食べることにした。
「ではお席までは運びますね~!」
「あっ、大丈夫ですよ。自分で運びますので」
「えっ、でも...」
他にやる事があるだろうからわざわざ運んでもらうのは申し訳ないと思って断ったのだが、店員さんはなんだか悲しそうな表情を浮かべている。心なしか猫耳も垂れ下がっているように見える。
「店員さんも他のお仕事で忙しいと思うのでこれくらいはさせてください。泊めてもらってるうえに食事まで頂いてるんですから、これ以上は要求できませんよ」
「えっ、それは...お客さんなんだから当たり前じゃないですか?お金を払ってもらってるんだから普通は店員にやらせるものじゃ...」
「たしかにそう考える人も多いですね。でも少なくとも僕は店員さんにはお金を払ったのだから何でもしろという傲慢な態度を取るつもりはありません。むしろ感謝の気持ちをもって接したいなと思ってます」
そういうと店員さんはまるで鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くして数秒の間フリーズしていた。
僕は前世からもそうだが店員に横柄な態度をとる客は嫌いだった。たまにコンビニなどでそのような客を見かけることがあったがいつも不快に感じていた。そのような客を見るたびに俺は反面教師として「絶対にあんなふうにはならないぞ」と心に誓ちかっていた。
この世界ではおそらくこの反応だと客は神様みたいな感じに捉えられているのだろう。それかそうしないと店が立ち行かないのかもしれない。この世界ではそれが常識だとしても俺は自分が毛嫌いするような奴らと同じような態度を取りたくはなかった。それは絶対に曲げたくない。
「あ、ありがとう...ございます。......やっぱりお客さんは変な人ですね!」
店員さんはなんだか嬉しそうな恥ずかしそうな表情を浮かべていた。それにエプロンの裾から少し見えるしっぽが左右に揺れているのが見えた。喜んでもらえたのなら何よりだな。
そういうわけで俺は朝食がのったトレイを彼女から受け取ると共有スペースへと向かった。そこには2人ほどの人、というより獣人が僕と同じくトレイにのった朝食を食べていた。もしかしてここの客層は獣人率が高いのかな?
そんなことを考えながら、俺も空いている席に座ると美味しそうな朝食を頂くことにした。特に食事中は誰かと談笑するわけでもないので、先ほど掲げた目標を達成するために何を具体的にしようかということを考えることにした。
──まずはお金を稼いでギルドランクを上げること。
お金を稼ぐことは冒険者稼業では地道に依頼をこなしていくしかないのだが、その依頼当たりの効率を上げるためにはやはりギルドランクを上げて難易度の高い依頼をこなしていくに限る。やはりそのためギルドランクを上げることが優先事項となるだろう。
しかし急ぎすぎてもかえって回り道をしてしまうことになる。その理由はいたってシンプルで『目立ってしまう』からだ。悪い意味ではもちろんのこと、良い意味でもあまり目立ちたくはないのだ。
常識はずれなスピードでのランクアップは他の冒険者からの嫉妬や懐疑の目を持たれるだろう。その中から直接的あるいは間接的にでも俺にちょっかいをかけてくる輩も出てくるかもしれない。そうなってはいろんなことを気にしないといけなくなるので気苦労が絶えなくなるに違いない。
それにそうならなくてもギルドは急に頭角を現した実力者をどう扱うだろう?
好待遇を約束する代わりに自由を束縛されるかもしれない。
弱みに付け込んであれこれ要求してくるかもしれない。
何にしろ権力者というのは自分の思い通りにならないことを心底嫌うので出来ることなら一生関わりたくはない。それに上位ランクを目指すのであればいつかは接触することになるだろうが、まだこちらに力がない状況で絡んでこられるのは避けたい。
というわけでランクを上げるペースは慎重にかつ効率的に行う必要がある。何とも難しい条件だが後々のことを考えたらそっちの方が面倒になるのは確実なのでやるしかない。
他にお金を稼ぐ手段として何か商売を始めてみるという手もあるのだが、これに関してはあまり気乗りはしない。何故なら俺はビジネスには向いていない、前世の経験を踏まえての結論だった。仕事をすることは特に問題ないのだが自らお金を生み出すということに関しては苦手というか性に合っていないと感じていた。
なので今は冒険者で稼げるなら稼ぎたいと思っている。もし他にも稼げる手段が出てきたらその時に考えることにしよう。
──そしてもう一つが強くなることだ。
昨日レベルが上がってみて分かったことだが、俺のステータスの成長率はかなり高い。称号の効果は実際に目にしてみると凄まじいものであったのだ。こうなると各種スキルの入手も比較的簡単に手に入れられるのではないかと予想できるのでレベルアップと同時に考えうる必要なスキルは手にしておくのがベストだろう。
現時点であれば手に入れておきたい効果を持つスキルや魔法を挙げておこう。
1. 探知・感知系
これは危険を察知できるもの、周囲の敵を把握できるものなどがあれば非常に便利になるだろう。敵の脅威度のようなものも分かればそれに越したことはない。それに地図を作れるようなスキルがあればなお良し。
2. 防御・回復系
現状あるのはストレス耐性と精神攻撃耐性、そして健康体のみだ。物理に対する耐性はないのでこれは早急に獲得したい。それに出来れば"耐性"ではなく"無効"であったら最高だ。あとは回復のスキルや魔法も使えるようになっておきたい。
3. 攻撃系
現状では剣術と体術、そして初級魔法ぐらいだ。攻撃手段に関しては様々な種類を持ち合わせておくべきだと思う。特定の攻撃が利かない相手だってこの先いるかもしれないのでバリエーションは増やしておくべきだろう。そして必殺技的な高威力を誇るものを最低限1つは所持しておきたいものである。
とりあえずはこのような感じだろうか。まだ他にもあるだろうがそれは随時ずいじ考えるとしよう。
そんなことを考えているうちに俺は朝食を食べ終わった。俺はトレイを持って席を立つと受付へと返しに行った。するとそこには始めて見るガタイのいい猫耳の生えたおじさんが座っていた。おそらくあの子の父親らしき人だろう。俺は恐る恐る近づきトレイを渡すことにした。
「あの、すみません。これ返却します」
「...おう」
そのおじさんは一言だけ発するとトレイを受け取ってバックヤードへと消えていった。何だか気まずい雰囲気だったがまあいいか。それにしても親子かと思ったけど雰囲気もそうだけど見た目も似てないし、もしかして違うのかな...?
俺は部屋へ戻って少しだけ休憩することにした。30分ほど休憩した後、装備を整えてから宿を出発しギルドへと向かうことにした。
ギルドに到着すると昨日と同じように多くの冒険者で賑にぎわっていた。椅子に座って談笑をしている者、依頼掲示板を前に唸っている者など今日もギルドは活気があった。
受付カウンターの方を見ると昨日と同じくレイナさんと他2人の受付嬢さんが業務を行っていた。俺は依頼を受注しようと受付に向かうとちょうどレイナさんは他の冒険者の対応をしているところだった。仕方がないので他の空いているところでお願いしようと周りを見渡していると偶然、金髪ショートヘアの受付嬢と目が合った。
彼女は俺と目が合うとニコっと微笑み手招きをした。その誘いのまま俺はその受付嬢のカウンターへと向かい依頼を受注することにした。
「冒険者ギルドへようこそ!私は受付嬢のアンと申します!本日はどのようなご用件ですか?」
「あのー、薬草採取と木の実採取の依頼を受けたいんですが...」
「はい、かしこまりました!ではギルドカードを出していただけますか?」
す、すごい笑顔だ...
何か良いことでもあったかのようなそんな感じがする。とりあえず俺はギルドカードをアンさんに渡して依頼受注の手続きをしてもらう。昨日と同じ手順で手続きが終わるとアンさんがギルドカードを返しながら笑顔で話しかけてきた。
「あなたがユウト君、ですよね。昨日のことはレイナから話は聞いていますよ!今日も期待してますね!」
「あっ、そうなんですか!ありがとうございます。頑張りますね」
だからもしかしてずっと笑顔だったのかな?俺が今日も昨日みたいにたくさん納品するかもしれないからそれが楽しみだったのかもしれない。受付嬢にも営業みたいなノルマがあったりするんだろうか...
まあ今日もそこそこの数を納品するのは決まっているしご期待には沿えるだろう。だってまだインベントリに残っているのだから。ただ今日ももちろん採取はするつもりだ。この依頼はEランクになるまでしかやるつもりはないが、レコベリ草もコンデの実もおそらくどこかで有効活用できそうな気がするので納品しなかった分はインベントリに保管しておく予定だ。
ギルドを出てすぐ俺は昨日と同じくフーリットの森へと向かった。
今日は昨日とは違って時間もたっぷりあるのでいろんな場所を探索できそうだ。