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第1話 不幸の終わり、幸の始まり。


『幸せ』とは何なのか、何をすれば手に入るのか、どのようになれば幸せなのか。
誰しもが幸せになりたいと願うが、果たしてこれらに自信をもって答えられる人はどれだけいるのだろうか。





そういえば幼い頃、父がで口癖のように言っていた言葉があった。



「自分、そして周りの大切な人に優しくするんだぞ。『幸せ』ってのは・・・」



当時は言葉の意味がよく分からずにいつものことだとスルーしてしまっていた。そのおかげで最後の大切な部分が思い出せない。今になっても当時の父が何を伝えたかったのかは分からない。ただ一つ確かなのは『息子に幸せになって欲しい』、そんな父の親心から俺に何かを伝えたかったのだろう。



父さん、ごめんなさい。
俺は......




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「お疲れさまでした。」



.......誰だ?



突然、どこからか声が聞こえた。全く聞き覚えのない声が頭の中に響き渡った。
声の感じから女性なのかもしれない、そんな予想だけは出来る。



でも何かおかしい、この違和感は何なんだ。
...声が、出ない?それだけじゃない、体も動かせない。



目の前には真っ白な空間が広がっていて、どこまで広がっているのか全く見当がつかない。そもそも本当に見えているのか?意味が分からなさすぎる、何なんだこの状況は。



「黒川優人さん、あなたはお亡くなりになられました。」



声の主、彼女はさらっととんでもない情報を伝えてきた。頭の中がパニックになりながらもようやく整理が出来始めたところでふと浮かび上がってきたのはデジャブに近いような感覚だった。俺はこのような状況を以前に見たことがある。いや、語弊の無いように言うと「読んだことがある」だな。あの俺が好きだった異世界転生の物語に。



もしかして...と憧れていた展開に近いこの状況に俺は期待から来る高揚感、そんなことあり得ないと希望を持つと碌なことにならないという経験からくる懐疑心、この2つの相反する感情が胸中に渦巻いている。



「あっ、申し訳ありません。この状態だとお話ししにくいですよね、少々お待ちください。」



彼女がそう告げるとすぐに懐かしいというべきか、慣れ親しんだ感覚が戻ってきた。やせ細った腕に筋肉の少ない足、そして引きこもり特有の日に焼けていない真っ白な肌。俺は、『黒川優人の体』を取り戻すことに成功した。



「あ、あ、喋れる...」



いつもの慣れ親しんだ自分の声だ。この非日常的な状況でようやく安心できる自分の日常が戻ってきた。これで少し気持ち的に落ち着くことが出来た、そのように感じる。



そんな時に目の前に1つの光が現れる。その光は次第に人の形を作るように大きくなり、発光が収まるとそこには一人の女性が立っていた。美しい金色の髪にシルクのように綺麗な肌と白いワンピースのような服。そして何よりも母性の塊のような温かな表情。そんな彼女を見ると心が一気に謎の安心感で満たされていくのを感じた。



「あ、あなたは...?」



俺は自然と目の前の彼女が誰なのか、他にも聞きたいことは山ほどあるが今はそれを一番聞かなければならない気がした。すると彼女は少し微笑んでから口を開けた。



「私はイリス。私の世界『アルクス』、優人様が生きていた地球から見ると異世界にあたる世界の管理者をしております。」



イリスさん、イリスさんというのか。
てか私の世界?管理者?1つの疑問が解消されたのにまた疑問がさらに増えてしまった。とりあえず疑問は少しずつでも解消しないとだな。



「先ほど私が死んだ、と言っていましたが...この状況、説明はしてもらえますか?」



目の前にいる彼女がどのような人物か自分にとって敵か味方かさえも分からない。
もちろんだが彼女が何を考えているのかも分からない。ここはまず情報を集めなければいけない。この状況は一体どういうことなのか、それにイリスさんが敵なのか味方なのか。



「ふふっ、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。私はあなたに危害を加えるつもりはありません。それに今の状況についてしっかりと説明させていただきます。」



(...あぁ、この人は信用していいんだ)



なぜか分からないが俺は不思議と彼女、イリスさんは嘘を言ってない、信じていいんだと思った。

普通だったら初対面の人を会ってすぐに信用するなんてあり得ない。けれどイリスさんが喋るたびに心が温かな気持ちで満たされていく、そんな気がする。もしかしてイリスさんの感情が俺の心に直接伝わってきている、のか?なぜそう思うのかも分からないけれど、そんな気がしてならない。



イリスさんは俺に今の状況について詳しく話してくれた。
途中でかなり質問もしたが彼女は嫌な顔一つせずにすべて答えてくれた。



彼女の説明を簡単にまとめるとこういうことだそうだ。



俺、黒川優人は脳卒中が原因で享年35歳で急死したそうだ。一人っ子で父は幼い頃に交通事故で、母は5年前にがんですでに亡くしていた。そのため知り合いも少なかった俺は自宅であるアパートの部屋で一人誰にも看取られることなく死んだらしい。

そしてイリスさn、いやイリス様は『アルクス』という科学ではなく魔法文明が発達した世界の管理者、その世界の人からは女神様と呼ばれる人らしい。生活レベル的には地球での産業革命以前ほどらしい。そして俺はアルクスという異世界に転生できるらしい。

ちなみに今回は赤ちゃんからのスタートではなく15歳程度の年齢の肉体をもらって転生...?転移...?まあ取り合えずそんな感じで新たな人生がスタートするらしい。

憧れの剣と魔法の異世界で暮らせるなんて...!一人寂しく死んだと聞いたときはなんだか虚しい気持ちになったが、夢だった異世界転生が叶うんだと思うとそんな気持ちは吹っ飛んだ。暗い前世のことを嘆くよりも次の人生を楽しもうじゃないか。本当にイリス様ありがとうございます!



ただ両手を上げて喜んでいるだけではいけない。一見いい話に見えるものでもよく話を聞いてみれば全く嬉しい話ではない事があるからだ。イリス様が嘘をついているとは思えない、そして悪意があるとも感じない。しかしここで一番重要な疑問を聞いておかなければいけない。それは、



「「なぜ俺は異世界に転生させてもらえるのか?」」



というシンプルかつ重要な質問である。憧れの異世界に転生できても魔王とか邪神の討伐みたいな使命を背負って勇者として生きなければいけないとなると最悪の場合だとどっかの国に飼い殺し状態にされて幸せな人生なんて確実に歩むことが出来ないことになる。

まあ異世界転生させてもらえる立場でこれ以上ぜいたくを言うのは傲慢だと思うので最悪そういう使命みたいなものがあっても仕方ないとは思うけれどね。ということでこの疑問に対してイリス様から返ってきた答えを簡潔にまとめると次のようなものだった。



死んで魂のみとなった者は魂の管理者のもとへ還り、その後は前世とは別の世界へと転生するという。俺はイリス様の世界『アルクス』と非常に相性が良かったためにここへ来たらしい。そして前世でかなりの苦難や苦行を体験し、非常に多くの経験値を積んだために魂のレベル?的なものが上がったので次の人生ではかなりの優遇措置(チート能力・記憶保持など)をしてくれるのだそうだ。

ちなみにアルクスには冒険者や勇者、そして魔王も存在するらしいのだが俺は別に何かをして欲しいとか勇者になれ、といった使命はなく自由に好きなように生きてほしいとのことだった。





「では、アルクスに転生するにあたって何かご所望のスキルなどはありますか?あまりにも強力すぎるものは多く与えることが出来ませんが、可能な限りご希望に沿いたいと思っていますので遠慮なくおっしゃってくださいね」



よしっ!お待ちかねのチートスキルタイム!!!ここで憧れの異世界生活がどういうものになるか決まるといっても過言ではない。ここは慎重に選んでいかないといけないな。

まず前提として、俺は異世界で前世では出来なかった『幸せで充実した人生』を送りたいと考えている。非常に具体性に欠ける目標だが具体的な方針についてはちゃんとアルクスという世界を知ってからでも遅くはないだろう


だから出来る限りではあるがこの目標を達成するために必要なスキルをもらいたいと思う。前世のオタク知識やいろんな経験をフルに活用して考えに考え抜いた結果、次の4つのスキルをもらうことになった。



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一つ目は『健康体』
・・・あらゆる肉体に対する疾病や状態異常を無効化し、自己回復力が大幅に向上する。



前世の教訓からやはり何をするにもこれは確実に必須だと思う。どんなことをするにもまずは体が資本だからな。体調が悪くなったり病気にならないということは常に最高の状態を維持できるということ。それに老衰以外では死なないということでもある!つまりは長生きできるというわけだ!



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二つ目は『インベントリ』
・・・別空間に生物以外のあらゆるものを収納可能になる無制限の収納スキル。



これはゲームやアニメが好きな人ならお馴染み!異世界転生系の物語ではよくあるスキルである。アイテムを別空間に大量に保持できるという説明不要な便利スキルである。そして今回、容量無制限やアイテムの時間停止機能などの他にもいろんな付属機能をつけてもらった。マジで便利すぎる!これぞチートスキルの代名詞!!



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三つ目は『鑑定』
・・・対象の生物やモノのステータスなどの情報を読み取ることが出来る。



これも説明不要なぐらい定番のスキルだと思う。俺はアルクスという異世界の常識にはもちろんだが疎いわけだからどんな些細な情報でも非常に重要になってくる。それにアルクスは魔物なども存在する危険な世界らしいので情報一つで命を失う可能性だってある。そのためにこのスキルは必須と言っても過言ではない。



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四つ目は『全知辞書(アカシックレコード)』
・・・全知辞書(アカシックレコード)に登録された情報にアクセスできる。



一番チートなのがこのスキルだと思う。鑑定とは違い、人やモノを対象として情報を読み取るのではなく簡単に説明すると俺の質問に答えてくれるというスキルである。ただ特定の条件を満たす情報にしかアクセスできないらしい。ちなみに異世界転生系の小説でよくあるナビゲーター的なスキルと違って本当に質問に答えてくれるだけである。





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「ではこの4つのスキルを授けさせていただきますね。あっ、あとあちらの言葉が分かるように『多言語理解』というスキルをサービスで追加させていただきます。その他にも以前の人生で培われたものがスキルとして追加されておりますので後ほどご確認下さい。」



「イリス様、ありがとうございます。せっかく頂いたこのチャンスを無駄にすることなく、今度の人生こそ幸せな生き方をしてみせます!!」



「私も優人様が幸せに生きていかれることを心から願っております。いつでも見守っておりますよ」



いや、せめてプライベートは見ないでいただきたいです...
言葉にはしていないが何となく俺の思いを察したイリス様は微笑んで、大丈夫ですよと軽く笑顔で語りかけてくれた。本当にこの方とお話ししていると心が浄化していくようだ。あれ、俺の心って浄化されるほど穢れてたのか?



まあそんなことは置いておいて、これで念願の異世界転生か...。楽しみな気持ちが大半だがやっぱり不安もある。

新しい世界で新しい人生を歩んでも果たして本当に幸せになれれるのだろうか、やはり前世と同じように自分には無理なのではないか、そんな心配が密かに心の片隅にあるのを感じる。ネガティブは死んでも治らないのだな。本当に我ながら幸せにはとことん向いてない性格だと思う。



「優人様大丈夫ですよ、あなたなら必ず幸せな人生を歩めます。しかし、不安がどうしても消えないのであれば私を頼ってください!これでも一応女神としてアルクスでは信仰されておりますから神様として頼りになると思いますよ。各地にある神殿で祈って頂ければまたお会いできますのでぜひ訪れてみてくださいね。」



イリス様は俺の不安な気持ちを見抜いたのか優しく微笑みかけてくれた。こんな素敵な女神様に背中を押してもらって、それでも不安になるなんてあるわけないよな!誰かに背中を押してもらったのなんていつぶりだろうか。久しく忘れていたな、こんな気持ち。



「ありがとうございます、イリス様。必ず幸せな人生を歩んでみせます。神殿にも必ず足を運びますのでその際はよろしくお願い致します。」


「ええ、いつでも足を運んでくださいね。...では、これより転生を行いたいと思います。転生後は人のいない安全な場所にお送りいたしますね。すぐ近くに街があるところにいたしますのでまずは町へ向かわれると良いと思います。では......あなたの新たなる人生に多くの幸があることを願っております。」



イリス様がそういうと視界が徐々に明るくなっていき、真っ白になったところで記憶は途切れた。



ここから始まる新たな人生、果たして俺は幸せになれるのだろうか。
それは神のみぞ、いやイリス様にも分からないかもしれないけれど精一杯生きてみようと思う。

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