第11話(2)利害と思惑
南洋の決戦から二日後、大洋たちは長崎に戻ってきていた。隼子がベンチに腰を下ろし、三段重ねのアイスクリームをおいしそうに頬張る。
「なあ、隼子」
「うん? やらんで。自分で買うてこいや」
「違う、そうじゃない……」
隼子の隣に座る大洋が首を振り、溜息まじりに尋ねる。
「どういうことだ?」
「え? ああ、ここは佐世保が誇る伝統ある観光スポット、ハウス……」
「今いる場所がどこか位は俺も分かっている。何故ここにいるのかってことだ」
大洋の言葉に隼子は目をパチクリさせる。
「ん? 帰りに社長の話聞いてへんかったんかいな?」
「例の如く爆睡をかましていたからな」
「いや、起きろや」
「いや、起こせよ」
アイスを一舐めし、隼子が説明する。
「……ヴァ―ルアの襲撃によって、ロボットチャンピオンシップ……ロボチャン九州大会は中止になったのは覚えとるよな? その後大会運営の方から通達があってな、我が社がロボチャンの全国大会に出場出来るようになったんや」
「ちょっと待て。九州大会からの出場枠は全部で三だろう? 残っていたのは俺たちを含めて四チームだったはずだが?」
「事情はよう分からんが、一チームから辞退の申し出があったらしいで。よって、ウチらとあの傭兵コンビんとこと、残りのもう一チームが出場権獲得っちゅうわけや」
「そうだったのか……」
「我が社にとっては久方ぶりの快挙やからな。社長も大層ご機嫌で……つまりお祝いと慰労を兼ねての社員旅行ってわけや。日帰りやけどな」
「そうか……」
大洋が腕を組む。
「なんや? ひょっとして臨時ボーナスの方が良かったか? 残念ながら我が社の財政状況では望み薄やで。休み貰えただけでも良しとせんと」
「それは別に良い……もう一つ聞きたいことがある……何故あいつらまでここにいる?」
大洋が指を差した先には美馬とナーの姿があった。
「ええな~ここ! どことなくパッローナ感があるわ!」
「これが噂の佐世保バーガーか……美味いな」
異世界からやってきた(戻ってきた)二人はテーマパークを満喫している。
「あの二人、いや、一人と一フェアリーはてっきりGofEに行くのかと思ったが?」
「面倒やから二人でええやろ……その辺の事情はハカセに聞いてみたらどうや?」
隼子が後ろに振り返る。ベンチの背後にある芝生のスペースで、閃がどこから貰ってきたのかシャボン玉で一心不乱に遊んでいる。
「お~い、オーセン!」
「違う……もっとこう、シャボン玉と一体化するイメージで……雑念は捨てろ……」
「シャボン玉への取り組み方がマジ過ぎんねん!」
「あ、割れちゃった……も~何さ、ジュンジュン?」
「ええからちょっと来いや!」
「はいはい……よっと」
閃がベンチの後ろから飛んで、隼子と大洋の間に座る。
「閃、あの二人は何故こっちに来たんだ?」
大洋が美馬たちを指差す。
「あ~その辺はそれぞれの利害や思惑が絡み合った結果だね~」
「利害や思惑?」
「大洋が言った通り、ウチもあの二人はGofEが預かるかと思ってたんやが……」
「GofEも強固な一枚岩という訳ではないからね~」
「どういうことだ?」
「……実は約数十年前から異世界または平行世界に関する研究というものは、程度の差はあれど、各所で行われていてね。私もアメリカにいた頃はよく小耳に挟んだよ。もっとも都市伝説に毛が生えたもの位の認識だったんだけど」
「ああ、そんなんウチもちょっと聞いたことがあるわ」
「ひょっとして、この間の迷惑メールもそれに関することか?」
閃がやや驚いた顔を見せる。
「鋭いね、そういう研究をしている友人からでね。『君が向かっている海域に空間の歪みがわずかながら確認された』って趣旨のメールだったんだけどね。正直その時点ではまだ完全には信じられなかったよ。先月一度目にはしていたとは言ってもね」
「だが実際こうして異世界からの転移者が現れた……フェアリーのおまけ付きで」
「フェアリーと呼ぶにはまだ若干抵抗があるけどな……」
隼子が頬杖を突きながらアイスを舐める。
「そう、空間転移を可能とする機体だ。この21世紀は常識外れの出来事だらけだけど、中でも彼らの出現及び我々への接触は最上級の常識外と言っていい」
「まさに歴史的な瞬間に立ち会ったって訳だな」
「それで一枚岩ではないことにどう繋がるんや?」
「つまり……あの黒い機体やそれに付随する未知の技術を巡って、GofE、そして地球圏連合政府内での微妙なバランスが崩れてしまう可能性をザ・トルーパーズのリーダーは懸念し、彼らをあえて自由にさせるという判断を下した。恐らく日本の領土・領空・領海内という条件付きだろうけど、国内ならば他国も容易には手を出せないからね」
「小金谷さんが……」
「ただのダミ声のおっさんじゃないってことだよ」
「では、あいつら……美馬達にとっての利はなんだ?」
閃は腕を組んで首を傾げる。
「う~ん、これは推測でしかないんだけど、美馬くんはいわば十年前の世界からのタイムスリッパ―みたいなものだ。彼にとっては同じ人類とて容易に信用出来るものではない。GofEに身柄を預ければ、どうなるか予想はつかない」
「『GofEに合流したい』って言うてたやん」
「あれはその時のやむを得ない判断だったんじゃないかな、実際機体はほぼエネルギー切れだったし。母国の英雄FtoVの姿を見て、一旦合流へと心が傾いたけど……」
「だが、あいつらは現在ここにいる」
大洋の言葉に閃は頷いた。
「あの時の聴取の後に小金谷さんとの間で何か取引があったんじゃないかな。流石にその場からは私も締め出されちゃったから、内容は分からない。これも推測なんだけど」
「どう考える?」
「単純に考えれば、金銭のやり取り。もうちょっと真面目に答えれば、情報の共有」
「情報?」
「あの紫色の機体、『アルカヌム』のこととかさ……」
「ああ、奴を止めるのが使命だとかなんとか言うてたな……」
隼子が二段目のアイスを頬張る。
「それで俺たちにとって利はあるのか?」
「我が社にとっては、世界中の恐らく誰も知らないであろう異世界の技術を目にすることが出来る。地方の一中小企業にとっては大きすぎるメリットだよ。もっとも美馬くんやあのフェアリーの生体反応を感知しなければ、コックピットなどを開くことは出来ないみたいで、彼らの同席が無ければメンテナンスもままならないけど」
「そういや昨日見とったな……なにか収穫はあったんか?」
「またまたまた推測の域を出ないけど、興味深い発見があったよ……⁉」
「なんや⁉ 地震⁉」
大きな揺れとともにテーマパークの南方の地中から巨大な双頭犬がその姿を現した。
「怪獣⁉ くっ、こんな時に! ん⁉」
美馬とナーが逃げ惑う人々とは逆方向、つまり怪獣の方に向かって走って行く。
「行くぞ、ナー!」
「フェアリー使いの荒いやっちゃで……アーレア ヤクタ エスト!」
ナーが叫ぶと、何もない空間から彼らの機体であるテネブライがその姿を現した。
「召喚した⁉」
大洋たちが驚く。