第11話(3)救世主の戦い
「で、あれはなんや、双頭の犬……オルトロスか?」
「尻尾が蛇ではないから違うな……」
ナーの言葉を美馬が冷静に否定する。美馬の服のポケットから電子音がする。
「な、何の音や⁉」
「落ち着け、これの発する音だ……昨日連絡用にと、白衣の女から渡された」
美馬が小型の端末を取り出す。
「通話は……これか」
美馬は端末の通話ボタンを押す。閃の声が聴こえる。
「あ! 美馬くん、聴こえている⁉」
「ああ」
「そう、悪いけどその正体不明の怪獣の相手をしてもらえる?」
「元からそのつもりだ。たとえどこの世界にいようとも、俺の為すべきことは人々の平穏と世界の安寧を守ることだからな」
「カッコ良い! 流石は救世主!」
「からかうな……」
「とにかく頼むね! 応援はちょっと遅れるかもしれないけど!」
そう言って、閃は通話を切った。ナーは肩を竦める。
「意志の疎通にテレパシーも使えんとは……人間ってのは不便な種族やな~」
「出来る種族の方が珍しいだろう……」
「で、カイジュウってのはなんや、要はモンスターか?」
「まあ、そんなところだ」
「あんな大きいのはパッローナでは流石に数十年に一度現れるかどうかやな~こっちの世界では当たり前なんか?」
「例えるなら少し規模の大きい自然災害みたいなものだな。どうやらここ最近は出現頻度が異様に上がってきているようだが」
「ほお~それはまた難儀なことで」
「無駄話はここまでだ、奴を仕留める。指示を頼む……」
「ほいほい、ちゃっちゃっと終わらせるで!」
テネブライが腰からサーベルを取って構える。
「街……っちゅうかテーマパークって言うんやったか? あそこに近づかせんようにするのと、脚を止めるって意味でもまずバルカンで威嚇射撃やな」
「分かった!」
テネブライは頭部のバルカンを発射する。双頭犬の足もとに弾丸が降り注ぎ、双頭犬はやや高度を取っているテネブライを仰ぎ見る。
「よし、注意を引けたぞ!」
「次は威嚇じゃなく、当ててまえ!」
再びテネブライがバルカンを発射する、しかし、この射撃を双頭犬はステップを踏むかのように軽快な動きで躱す。
「ちっ、避けられたか!」
「なかなかすばしっこいのお! 距離を詰めてサーベルで斬り付けろや!」
「ああ!」
テネブライは高度を下げ、滑空するように飛び、双頭犬との間合いを一気に詰める。
「もらった!」
「……パラエ!」
「⁉」
テネブライはサーベルで双頭犬に斬り付けたが、双頭犬の眼前に結界のようなものが生じ、サーベルを弾き飛ばした。勢いよく飛び込んだ反動で、テネブライは体勢を大きく崩す。そこに双頭犬が襲いかかる。
「しまった! ぐっ!」
相手の体当たりを喰らい、テネブライは吹っ飛ばされ、仰向けに倒れ込んだ。美馬はすぐさま機体を起こして、距離を取った。美馬の傍らに立つナーが叫ぶ。
「な、なんやねん⁉」
「いや、突然女の叫び声が聴こえたかと思ったら、あの犬の前方にバリアのようなものが生じた……」
「確かに何か聴こえた気がするけど……あれちゃうか~? さっき自分が使こうていた板切れからちゃうか⁉」
「端末の通話は切ってある……違う女の声だった」
「か~! 流石モテモテの勇者様は違うの~! 一度聞いた女の声は間違えんってか!」
「そこまで記憶力は良くない……」
「モテモテを否定しろや! なんか腹立つな~!」
「僻むのは後にしてくれ、引き続き指示を頼む……」
「だからそれが腹立つっちゅうねん! ま、まあええわ」
落ち着きを取り戻したナーは双頭犬を見る。
「あーいうバリア的なもんはな、より強力なエナジーをぶつけることによって、ブチ壊せるって相場が決まってんねん!」
「同意だ、だが現状のテネブライの出力ではなかなか難しい……」
「それやねんな~この世界には姫さんのペンダントや幻のクリスタルもないからの~さて、どうしたもんかな~」
ナーが頭を抱える。そこに双頭犬が迫り、牙を剥き出しにして飛び掛かってくる。
「ちいっ!」
美馬はサーベルを横にして、噛み付かれるのを防いだ。しかし、もう片方の犬が横からテネブライの右腕に噛み付こうと首を伸ばしてきた。
「くっ! ⁉」
噛み付かれるのを覚悟した美馬だったが、そこに銃弾が飛んできて、双頭犬の片方の眼に命中する。双頭犬は悲鳴を上げ、テネブライから離れる。
「すまん! 遅くなった!」
「その声は……金色の機体のパイロットか……」
「そうだ!」
大洋が元気良く答える。
「そのモスグリーンの機体は昨日補給してもらった際に見かけたな……」
「うちの会社自慢の量産機、FS改だ! 大松さんが偶然トレーラーで運んできていたんだ! 旅行の帰りに寄るところがあったそうだからな!」
「金色の奴はどうしたんや⁉」
ナーの問いに大洋が答える。
「今、隼子たちが急いで取りに向かっているが、正直間に合うかどうかは微妙だ!」
「悪いけど、その機体じゃ役不足やで!」
「百も承知だ! とにかく全力を尽くす!」
「い、いや、そない言うてもな~」
「不満を言っても始まらない。今は偶然に感謝しよう……」
美馬が静かに呟く。
「前向きなんは結構やけどな!」
「少し落ち着け、あいつの攻撃が命中した……強力なエナジーを秘めていた訳ではない、至って平凡なライフルが、だ。これはどういうことを意味する?」
「……バリアは一方向にしか張れんっちゅうことか!」
「その可能性が高い」
「そうと分かれば、やりようはあるで!」
ナーの言葉に美馬が微笑む。
「頼もしいことだ、指示を頼むぞ。おい、お前も聞こえているか⁉」
「お前じゃない! 大洋だ! 疾風大洋という名前がある!」
「! ……それはすまんな、大洋。今から指示をさせてもらうが良いか?」
「世界を六度救った救世主の言葉を聞かない馬鹿はいない!」
「「⁉」」
テネブライとFS改のモニターが繋がり、画面に映った大洋の姿に美馬たちは驚く。
「どうした⁉」
「い、いや、どうしたはこっちの台詞だ……何だその恰好は?」
「フンドシ一丁で戦うのが俺のスタイルだ!」
「ば、馬鹿がおったー⁉」
ナーがこの日一番の叫び声を上げる。