第137話 ファイアドラゴン
「この辺りかな」
「あたしの探知には何も入ってきてないけど、フェイの方はどう」
「僕の探知にも入ってないよ。でも、この炭化した木やその向こうのガラス化してる地面からすれば、そんなに前じゃないと思う」
僕とミーアは魔の森の深層の更に足を踏み入れている。前回、深層調査団の護衛としてきたときよりも更に奥、仮に竜の領域と呼んでいる場所だ。そして狙いは
「この辺りがファイアドラゴンの狩場なのは間違いないだろうね」
途中で狩ってきた上位魔獣を3体そこに置き、僕たちは更に別の場所に移動する。ファイアドラゴンの狩場から少しばかり離れたばしょにまた別に狩ってきた小型魔獣を置き、探知範囲内でそこに戻るのにそれほど時間の掛からない場所に移動して待機。
そうして待つこと4日目。僕の探知に魔獣の反応があった。撒き餌に引っかかってくれたようだ。僕達は風下から様子をうかがう。その新種上位新種魔獣は僕たちが餌として置いた小型魔獣を腹に収めるのに夢中で僕たちに気付く様子はない。ファイアドラゴンの狩場はやや風上だけれど、誘導するにはちょうどいい。僕もミーアも愛用の弓を手にしている。それでも矢に取り付けてあるのは鉄の鏃だ。ファイアドラゴンの狩場の方向に移動し、風上から狙う。ミーアが右前足を、僕が左目を。
矢で傷ついた魔獣が僕たちに気付き、迫ってくる。僕たちは慎重に間合いを測る。魔獣が僕たちに敵意を持ち続けるように。それでいて攻撃は届かないように。
そうして魔獣を誘導することしばし、ファイアドラゴンの狩場に誘導することに成功した。その狩場の半ば近くまで誘導したところで、矢を射る。今度は手加減なくそれでいて致命傷とならないように、四肢に矢を突き立て自由を奪う。ここまですれば、次からは比較的短時間で次々と魔獣がやってきた。その日のうちに10体を超える自由を奪った魔獣をファイアドラゴンの狩場に生かしたまま転がすことが出来た。
その状態でひたすら待つ。あまり近くにいては警戒されるかとも思ったけれど、竜が人間を警戒することは無いかと思い直し、直接攻撃対象とならないようにするため森の中にこそ潜む様にするものの狩場からあまり離れず目視である程度確認できる位置で待機する。
そうして更に待機すること3日。
「最初の魔獣がそろそろ動きが鈍いな」
僕のつぶやきにミーアが返してくる。
「そもそも、このやり方で釣られてくれるの。ウィンドドラゴンの時にも思ったんだけど、真竜って結構頭良いでしょ」
「頭が良いのは確かだね。でも、それと同時に自分が負けるわけがない、自分を傷つけられるものはいない、少なくとも人間に傷つけられるなんて全く思っていないのも間違いないだろ」
そんな話をしているところに
「ギュゥラララー」
頭の上から聞こえて来た。
「来たみたいだね」
僕たちはオリハルコンの鏃をつけた矢を取り出した。ここからはおしゃべりは無し。風下から近寄りファイアドラゴンの狩場と森の境目で様子をうかがう。いた。血の赤の鱗で全身を覆い、背に翼を持つファイアドラゴンで間違いない。そして思った通り周囲への警戒は薄い感じだ。よほど腹が減っているのだろうガツガツと僕たちが置いた魔獣を口にしている。
僕がミーアに目を向けるとミーアも僕に視線を向けていた。アイコンタクトをし頷き合う。ファイアドラゴンが餌の魔獣に目を向けた。そのタイミングで僕が右目、ミーアが左目を狙い射る。僕たちに攻撃されるなどと思っていなかったのだろう。矢は狙いたがわず両目を貫いた。そこで僕たちは剣を抜いた。僕は両手剣を、ミーアは両手に片手剣を持ちファイアドラゴンに襲い掛かる。オリハルコンの剣特有の金色の燐光を放つ刃をもってその翼を切り落とす。暴れるファイアドラゴンの尾の付け根を狙い全力で振り切る。今の僕達の剣はわずか数合で尾を切り取った。尾を失いバランスを崩したファイアドラゴンの後脚を左右から切りつける。やみくもに放たれるブレスと火竜の魔法に周辺の木々は焼き尽くされ、地面は溶解した。ウィンドドラゴンにより受けた祝福で僕達の身体は人としての限界を超えて強化されているけれどブレスだけはいけない。僕たちはそれらの合間を縫いその四肢を狙う。尾を失い、四肢にダメージを負ったファイアドラゴンは、それでも巨体をうねらせ暴れる。それでも徐々にそのダメージにより動きが鈍ってきた。念のため僕が囮になる、ファイアドラゴンの正面から剣を一振りする。そうして完全にファイアドラゴンの敵意が僕に向いたところで、ミーアがその両手に持つ剣をファイアドラゴンの首に振り下ろした。僕へ向けてのブレスの予備動作に入っていたファイアドラゴンだったけれど、さすがに耐えきれずミーアに振り向く。そのスキを逃さず両手剣をその持ち上がった喉に突き刺し切り開く。僕とミーアのどちらかにも敵意を固定できずにいるファイアドラゴンに対し僕たちは冷静に剣を振るう。一見一方的な戦闘に見えるけれど、相手は真竜。わずかな油断が1度のミスがあればあっという間に僕達が蹂躙される側になるだろう。最後まで気を抜くことは出来ない。終始先手を取りながら剣を振り、夕方空が茜色に染まる中ファイアドラゴンの首を落とすことが出来た。ファイアドラゴンはその見えない目で最後のひと睨みをすると息を引き取った。そして、ウィンドドラゴンを倒したときと同じ何かキラキラとしたものが飛び散る。違いと言えばウィンドドラゴンの時にはほとんど無色だったそれが鮮やかな赤色なことくらいだろう。それを自らの意思で受け入れる。試しに火竜の魔法をイメージし放つ。やはりとんでもない範囲の森が焦土と化した。