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うつむいていたトウマさんは顔を上げて、私をにらんだ。
「彼女は、取り返しのつかないことなんて、してない」
すぐにふたたびうつむき肩を震わせ、感情をむき出しにむせび泣く。
「失礼いたしました」
彼を傷つける発言をしたのか、過去の経験と現在の感情が紐づけられたのか、たずねることは一層彼をたかぶらせると思いためらった。
ややあって落ち着き大きなため息をついたトウマさんは、泣き笑いの表情でつぶやいた。
「彼女を振り返ったら、優しかったことと楽しかったことしか、思い浮かばないんだ。彼女は素晴らしいひとだった。俺を殺させるなんて、できない」
私はトウマさんを死なせるためにここに来た。
けれど危険なデータが再現しなかったから、実行されたならそれは悲しいことであると判断できる。
今現在トウマさんの生命をおびやかしている彼女も、きっと意思があったなら同じ気持ちになるだろう。
「トウマさんが彼女に感謝して今を大切にすることで、彼女の徳が上がるように思えます。生きるお手伝いをさせて下さい」
彼が死なないことで彼女の存在は『取り返しのつかないことをした人』ではなく、『代えのきかない殊勝で崇高な女性』となるのではないか。
彼女が生きたことで彼は他人を深く愛する感情を体験し、挫折を乗り越える機会を得たのではないか。
情報が増えることで、彼ののちのちの行動がよりよい方向に補正できるようになるのではないか。