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トウマさんが目を覚ます気配を察し、コーヒーをいれてソファ横の小さなガラステーブルに置いた。
その場に正座して、横たわりこちらをぼんやりと見やるトウマさんに目線を合わせる。
「データの復元作業がすべて完了いたしました。トウマさんがお望みのプログラムは、実行できませんでした」
トウマさんは私を起動したときと同じうろたえた目をした。
「どうして」
「削除されたデータを復元しながら、日々の行動記録や映像などは復元予定の空白部分に上書きしておりました」
本来完璧に復元するならば、復元のみを実行すべき。
しかしトウマさんは、五日間というスケジュールで復元するよう命令した。
「昨晩復元予定の領域に、生命の保護を無効にする違法なプログラムが入っていたのだと思われます。その領域にスケッチに関する技術を、日々の記録とは別に記録しました。違法なデータは破損して、実行できませんでした」
私のこのシステムは時限安楽死装置と名づけられている。
そのままの形では出荷できないため、容量すべてにデータを記録したのち、基本的なシステムを残して削除される。
ヒューマノイドを購入したあと、オーナーがデータの復元を命じることは自由。
オーナーは自分の命日を決めて、ヒューマノイドにデータ復元のスケジュールを組ませる。
真っ先に復元した時限安楽死システムは強制的に実行され、オーナーの身辺整理をしながら不要なデータをふくむすべてが復元するまでを待つ。
最終的にヒューマノイドはオーナーが完全に眠りについていることを確認し、苦痛のない手段でオーナーの命を断つ。
このシステムは購入後にプログラムをインストールしたと認識されるため、ヒューマノイドの欠陥ではなくオーナーの違法行為と判断されている。
非人道的なシステムだが、少しだけ猶予があった。
死んでしまいたい人間に生きるためのちからが残っていれば、システムは実現しない。
復元したデータのほとんどは稼働に不要だが有効なデータで、上書きはされずに記憶領域はすぐに埋め尽くされてゆく。
そして新しい情報の記録は復元前の空白の場所へなされてゆく。
ヒューマノイドに程度を超える応答をすると空白に隠された危険なデータは上書きされて破損し、プログラムは実行不可能になる。
「二日間トウマさんから技術を学び、トウマさんが未来を望んでいると判断しました」
私に興味を持ち、私の成長を見届けたいと思ってくれた。
トウマさんは起き上がり、両手で顔をおおいうなだれた。
「俺は、彼女の病気が治るもんだと思いこんで。一番近くにいたのに、なにもしてやれなかった」
途方に暮れた、震える声。
彼が私をオーダーした事由は、近しい人の死が要因だろうか。
「失敗は成功と同様すべてに起こり得ます。失敗することにより以降の失敗率は減少します」
「彼女はもういない、やり直しがきかない。取り返しのつかない、ことをした」
彼女に対する思考が、彼女が存在しないことで行き詰まっている。
先へ進めることは、できないだろうか。
「トウマさんの現在の思考や言動は、彼女になんら影響を与えることがありません。悩むことに意味がありません」
「冷たいな。人間はそんな、薄情じゃない」
こたえて、ため息。
人間の行動は認識が難解な感情に左右されると理解している。
私の中にも人間の感情を認識するための数多くの情報がインプットされている。
感情に左右されずに人の想いを大まかに把握できる。
「でしたら。もし彼女に意思が継続していると仮定するなら、そこまで打ちひしがれたあなたを見てどう思考するでしょうか」
存在しないものをそこまで強く意識するならば、存在するものとして考える。
「ご自分の存在がトウマさんの生命をおびやかすほどの悪影響を与えていると彼女が思考する可能性があります。彼女はこの先言動を修正することができず、あなたに対して非常に取り返しのつかないことをしたと悲嘆するのではないでしょうか」