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トウマさんが日常を取り戻すためには、さらに時間が必要だった。
精神が安定しているときはスケッチを教えてくれたり軽い散歩をしてくれる。
しかしとてつもなく大きな喪失感は彼の中から長らく去らなかった。
たびたび彼はソファに横たわり、毛布にくるまり震えていた。
けれど、後悔の言葉をこぼすことはない。
「一生この辛さに耐えなければならないのかな」
憔悴して途方に暮れるトウマさんに、私は情報を検索して提示する。
「悲しいできごとは、時間によって癒されます」
短期間で持ち直す人もいれば、何年も苦しむ人もいる。
トウマさんが苦しみから解放されるまでの時間は算出できない。
「今は新しい記憶が表層にあるため、現在の動作に安易に紐づけられて負荷がかかるのでしょう。ですが時間の経過とともに、使用頻度の低いデータは動作に影響を与えない領域に圧縮されて、隔離されます。不要なものは、削除されます」
トウマさんは私をけだるく見やる。
「俺はヒューマノイドじゃないよ」
「過去に同じ傷を負ったかたの経験に、そのような情報があります。トウマさんの体験も不要なものではありません。圧縮して必要なときに引き出すことで、有用なデータとなります」
私の中の不要なデータも有用なもの、トウマさんの傷の深さの痕跡。
把握してふさわしい対応で寄り添うのが、私の役目。
私のスケッチの技術はゆるやかに向上した。
直線は曲線になり、均等だった筆圧に強弱がついてゆく。
私のスケッチがトウマさんのスケッチに近づく速度で、トウマさんも気力を取り戻す。
トウマさんが私をえがくスケッチも、表現力が増しているように感じる。
彼に関しては技術が向上したのではなく、元来のものに戻りつつあるのかも知れない。
元気になったら小さな絵画教室でも開こうかと、トウマさんが笑顔で言った。
彼の心が更生しただけでなく躍進をはたしたのだと把握して、私自身も彼を知ってゆき補佐する精度が向上したのではないだろうかと、ヒューマノイドとしての喜びを感じた。
了