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第四十三話『永久に隠す想い』※三人称

 「―――これ以上、お前の好きにやれると思うな‼」
 宣言と共にミクルは一瞬で姿を消す。そして目で追えぬほどの高速移動でエリシャの背後を取り、必殺の威力を持つ魔槍の一突きを繰り出した。
 エリシャは切っ先の直撃をギリギリ回避し、逃げるように時計塔の上から跳躍した。態勢を立て直すため地面に着地した瞬間、ルインの必死な叫びが響き渡った。

 「―――ママ、そこから離れて!」
 「っ⁉」
 直感で後方に飛び退くと、さっきまでいた場所に投擲された魔槍が突き刺さった。さらに辺り一帯の大地が、魔力の爆発によってめくれるように弾けた。
 飛散する瓦礫から身体を庇う余裕もなく、ミクルはさらに加速してエリシャを追いかけた。

 逃げるエリシャとその後を追うミクル。二人は激しい戦闘を行いながら園内を駆け、周辺の建造物は巻き込まれ壊れていく。決して互角の戦いではなかったが、エリシャは足りない戦力差を技術と経験で補い続けた。
 援護に徹していたルインは、隠れながら二人の死闘を見守るしかできない。
 「―――すごい、これがママの……勇者一行の力」
 ルインの視線の先で二人は、遊園地のシンボルである観覧車にまで戦闘区域を移した。

 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
 魔槍による連撃の雨を、ミクルは眼下のエリシャへと繰り出した。切っ先から放出される魔力の波動は観覧車の鉄組を破壊していき、回避を続けるエリシャを追い詰める。
 「―――やればできるじゃないですか。ですがその程度で、まだ私は倒せません」
 宣言と共にエリシャは反転し、残った鉄組の足場で迎撃の構えを取った。そして新たな魔法詠唱をし、両手に光り輝く魔力の双剣を作り出した。
 
 両者の刃が衝突し、ギンッと甲高い音が園内に響き渡る。魔槍の威力を受け止めきれず双剣は二対とも砕け散るが、エリシャは即座に詠唱しもう二振り同じ剣を作り出した。
 「さっさと……落ちろ!」
 ミクルが叫びを上げ、連撃の速度を上げていく。だがエリシャは双剣を的確に操り、向かって来た攻撃をすべて受け流してみせた。再び双剣は砕けるが、エリシャは一切動じることなく淡々と詠唱を挟み迎撃を続けた。

 終わることなく続く戦いの応酬に耐え切れず、観覧車は形を保てずに崩壊を始める。
 落下していく瓦礫の中でも、エリシャとミクルは刃を交わした。
 一見すると有利なのはエリシャだが、その身体は魔槍から溢れる魔力に傷つき所どころ血が溢れていく。だがそれでも直撃はただの一度もなく、決着がつかぬまま二人は瓦礫と共に真下の大地に着地した。
 
 晴れた土煙の先でエリシャとミクルは睨み合い、手に持った武器を突きつけ合った。
 「……身体能力も魔力も防御力も、確実に私が勝っています。なのにどうして、こんな理不尽な状況になるんですか!」 
 「……本当にお馬鹿さんですね。確かにあなたは総合力で私より強いです。けれどそれは宝の持ち腐れ、その程度で勇者になるとよく言ったものです」
 「―――っ! ふざけるな‼」
 「ふざけてなどいませんよ。そもそもとして、あなたは何故勇者になどなろうとしたのですか? これほど恵まれた世界にいて、何の不満があると?」
 放たれたエリシャの言葉に、ミクルは一瞬言い詰まった。エリシャはその僅かな隙を逃さず、ミクルへと抱いていた思いを叩きつけた。

 「私たちが住んでいたアルヴァリエは、確かに剣と魔法の世界です。あなたがどんな夢を持ってそこへ行く気かは知りませんが、あそこは決して理想郷などではありません」
 「…………何?」
 「こことは違い、日常には魔物という脅威がいます。町の水はこっちと比べ物にならないほど汚く、料理だって発展の途上です。魔法と科学の優位点も、私からすれば大した差ではありません」
 「……だったら、この世界の方がいいって言うの?」
 ミクルは瞳の奥の怒りを微かに弱め、エリシャへとそう問いかけた。だがエリシャが示したのは肯定ではなく、首を横に振るう否定だった。

 「……レンタとルインがいないから言いましょう。正直な話、私はあっちの世界の方が好きなんですよ。それがなんでか分かりますか?」
 「…………それは、異世界が魅力的だから」
 「合っていますが、違うんです。理由は私がアルヴァリエで生まれたから。長い時を過ごした場所はそう簡単に捨てられない、それだけの理由なんです」
 エリシャは「レンタもそうでした」と言葉を続けた。そしてミクルへと伝えたのは、ガイウスとの決戦前にレンタが泣きながら言った望郷への思いだ。

 「……私も同じで、アルヴァリエには家族がいて友人もいる。ここには向こうの世界で好きだった景色はなく、咲くのを楽しみ育てていた花たちもいない。世界を越えるというのはすべてを捨てるということ。あなたにその覚悟はありますか?」
 今ならレンタの気持ちがエリシャには痛いほど理解できた。あの時の涙のわけを、ようやく本当の意味で実感することができたのだ。

 「だけど私は決して、アルヴァリエに帰りたいとは言いません。今言ったことはすべて、一生心の中にしまい込みます。墓場まで持っていってみせます」
 「…………それは、どうして?」
 「レンタは世界と私を天秤にかけて、最後には私を選んでくれました。だから今度は、私が彼の選択に応える番なんです」
 その言葉と瞳に宿るエリシャの覚悟に、ミクルは気圧されて後ずさった。

 「……でもそれは、あなた達の話ってだけで」
 「そうです。これはあくまで私たちの話です。だけどあなたに、それだけの思いが背負えますか? 親から逃げて、異世界を理想郷だと夢見るだけのあなたに」
 「…………っ」
 ミクルは言い返せなかった。エリシャの言葉はミクルの内面を見透かしていて、どんな言葉も叩き伏せる凄みがあった。
 「―――逃げ出した先に楽園があると夢を見るのは、もうやめにしなさい‼」
 強く放たれたエリシャの言葉に、ミクルは胸の内にあった夢が砕けていくのを感じた。

 そうして立ち尽くしていると、ミクルの脳裏にガイウスの呆れた声が響き渡った。
 『―――奴の言葉など無視しろ。勇者ミクルよ、お前には果たすべき使命があるのだぞ』
 「…………御使い様、私はどうすればいいのですか?」
 『怒りにすべて身を任せるのだ。今抱いている葛藤も悩みも、全部まとめて消し飛ばせばいい。その手助けは、我が特別にしてやる』
 ガイウスはそう語り掛けると同時に、洗脳魔法を強めてミクルの激情を一気に高めた。ミクルは頭痛に苦しむように頭を抑え、目の前にいるエリシャを憎悪の眼差しで睨んだ。

 「……そうだ。全部邪魔なら、消し飛ばせいいだけ」
 歪められた怒りの感情に従い、ミクルは魔槍の力を限界まで高めた。
 「―――視界に映るものすべて、今から消し飛ばしてやる‼」
 宣言と共に魔槍の切っ先をエリシャに向け、赤黒い魔力を湯水のように放射した。
 光線状となった魔力は射線にあるものすべてを消し飛ばす。エリシャはすぐに回避しその場を離れるが、魔力の放射は横薙ぎに迫っていった。

 「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ‼ 全部私の前から消えてしまえ‼」
 エリシャは建物から建物へと跳び、魔力放射から逃れ続けた。そして園内を回るジェットコースターのコース上に跳び移り、そこからさらに高速で駆けていく。
 放射の薙ぎ払いの速度が上がっても、エリシャを捉えることは叶わなかった。結局はミクルの限界が近づき、対象を捉えられぬまま攻撃は中断された。

 大部分を破壊されたジェットコースターは崩れていき、辺りには視界を覆うほどの土煙が舞った。ミクルは一旦場を離れ壁に背をつき、ぜぇぜぇと荒く息をついた。
 「はぁ……はぁ……。私は最強で……勇者で……」
 一度に力を使い過ぎたせいで、ミクルの視界は朦朧として揺れた。すると突如脳裏に響いてきたのは、魔王が心底落胆したような声だった。

 『……ふむ。もうこれ以上は、時間の無駄だな』
 「御使い様……何を言ってるの? 私はまだ、こんなものじゃない!」
 悲鳴のように言って顔を上げると、真正面には弓矢を構えたエリシャが立っていた。その出で立ちはボロボロだったが、何物にも汚されぬ気高さと存在感を放っていた。

 エリシャは静かに力強く弓の弦を引き、緑光を放ってミクルへと告げた。
 「―――翠嵐翡翠ノ剛弓。悠久の風により、過ちの道を進む者を救いたまへ」
 詠唱と同時に放たれた一矢は、凄まじい風と共にミクルへと向かう。着弾と同時に緑の竜巻が起き、その威力に耐え切れずミクルは地に膝をついた。

 すぐに立ち上がろうとするが、ミクルは自分の身体が重くなったことに気づいた。いつの間にか周囲を満たしていた魔力が消え、纏っていた装備が大部分の力を失ったのだ。
 「何ですか……これ?」
 『……やられたな。勇者レンタと女神め、異界の門から魔力供給を断ったのか』
 「勇者レンタ……? 勇者は私ですよね、何を言っているんですか?」
 ガイウスによってグチャグチャにされた感情のままに、ミクルは救いを求めようとした。だがガイウスは興味失ったように、ゴミを見るような冷たい声で応えた。

 『これ以上お前を遊ばせている時間は無い。少しは使えると思ったが、しょせんは魔力も無い生温い国に生きる家畜だったか』
 「なに……を」
 『まだ身体の支配は完璧ではないが、数分程度なら可能だろう。その僅かな間を持って、この一帯ごと邪魔者を消し去ってくれる』
 そうガイウスが言い終えると同時に、ミクルの意識はふっと落ちた。すぐに視界は回復するが、ミクルは自分の身体が思うように動かせなくなっていた。

 「ふむ、ぎこちなさはあるが、やはり悪くない」
 魔王はミクルの身体の主導権を得て、即座に勇者の力を解放した。手には七色の魔力を発する聖剣が握られ、刃から溢れる魔力は大気をビリビリと揺らした。

 「さすがは翠嵐の射手と我が眷属だ。その腕前と執念に敬意を表し、光の裁きによって貴様らを消し去ってやろう」
 聖剣の威力を高める魔王ミクルへと、エリシャは緑光の矢を放った。だが周囲に渦巻く七色の魔力に阻まれ、一発も命中することなく地に落ちていった。隠れていたルインも姿を現して糸で行動を阻害しようとするが、矢と同じように七色の魔力に弾かれた。

 「無駄だ。この最強の力の前に、すべては無力に落ちる」
 魔王は確実な勝利を収めるため、空中へと飛んで二人を見下ろした。高所から放つ全力の一撃ならば、この遊園地一帯を消し飛ばすことも容易かった。

「―――ではさらばだ。我が覇道の礎として、この地で華々しく散るがいい」

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