第四十話『終わらぬ夢の世界、救世の英雄の戦い』
俺は女神と共に園内を駆け、予定通り魔力供給を断つ魔法陣設置していった。
行く先々では浮いて高速回転するティーカップの乗り物や爆走するゴーカートなど、ありとあらゆるものが殺意を持って向かってくる。俺は女神が魔法陣を設置するまでの間、時間稼ぎの壁役として戦闘を行っていた。
「――――はぁっ‼」
女神から授かった加護を手に纏わせ、俺は真正面から飛んできた木製の小舟を殴り砕いた。だが息つく間もなく、四方八方から植木鉢や時計などが飛来してくる。それらすべてを防御して受け流し、俺は焦る思いで女神に声を掛けた。
「女神様! あとどれぐらい掛かりますか!」
「もう少しよ! これで最後だから、何とか持ちこたえて!」
「了解です!」
そう返事をした瞬間、広場の方で激しい爆発が巻き起こった。
風と煙に混じり流れてくるのは魔王の魔力で、微かにエリシャとルインの魔力も感じる。俺たちを信じて戦ってくれている二人のため、俺はこれまで以上に気合を入れ直した。
「――――さぁ、くるなら来い! 全部相手してやるよ!」
挑発に応えるかのように、煙の中から何かが高速で飛んできた。それはアトラクションの装飾に使われていたであろう金属製の剣で、回避すると地面にビンと鋭く突き立った。
俺はそれを蹴るように足で引き抜き、掴み取って感触を確かめた。
「……軽い、アルミ製ってとこか? まぁどっちにしても、これなら使えそうだ」
言いながら女神の加護を使い、俺は剣の耐久を強化した。そして二撃三撃と来る小道具の波状攻撃を、剣による連撃ですべて叩き落とした。
「こんなもんか? お前ら、まだいけるだろ?」
剣を横薙ぎに振るい、遠巻きに見ているマスコットたちに言い放った。
マスコットたちは怯えたように後ずさり、小道具による攻勢も一瞬止んだ。そして睨み合いを続けていると、どこからかドシンドシンという地響きが聞こえてきた。
建物の影からゆっくり姿を現したのは、全長五メートルほどの熊型バルーンだ。懐かしく記憶に浮かぶのは、イベントなどで置かれていた中に子どもが入って跳ねて遊ぶ奴だ。
魔王によって改造されたのかバルーンには存在しないはずの足が生え、入り口となる腹のチャック部分は巨大な口になり歯や舌が見え気色悪かった。
「……勝手に動いているのを見ると、さすがに不気味だな」
あくまでバルーンの性質は残っているようで、身体はブヨブヨ不規則に揺れていた。耐久性もそれなりなら助かるが、確実に魔法的な防御は働いているはずだ。
バルーンは一定距離まで近づくと手を振り上げ、俺は叩き潰そうとしてきた。
走って攻撃を避けると、さっきまで立っていた石畳がドンと砕け散った。それを横目に見つつ跳び、俺は伸びた腕の上に乗って一気にバルーンの顔へと走り込んだ。
「普通にやっても壊れねぇだろうけど、首元のそこは……案外脆そうだ!」
バルーンは俺を振るい落とそうとするが、巨体のせいもあって動きが遅い。
追撃として迫ってきたもう片方の腕を滑り込むようにしてかわし、もう一度跳躍して落下の勢いをつけバルーンの首元に渾身の力で剣を突き立てた。
「――――――――⁉」
狙い通り弱点だったようで、バルーンは大量の空気と共に断末魔を響かせた。徐々に身体もしぼんでいき、それに合わせて魔法による改造も解け元の姿に戻っていった。
「さぁ次は……ん?」
すぐに新たな攻撃が来ると思ったのだが、何故かマスコットたちは遠巻きに俺たちを見ているだけだった。巨大バルーンみたいな増援が来るのを待っている様子にも感じず、俺は不思議な思いでマスコットたちと見つめ合った。
「レンタちゃん! こっち終わったわよ!」
疑問の答えが出るより早く、女神が魔法陣の設置を終えて俺の肩に乗ってきた。そして俺たちが走り出しても、やはり追いかけて来る様子はなかった。
(魔王の魔力が弱ったせいか? ……そう思うことにするか)
今は余計なことを考えている時間は無い。不意打ちに細心の注意を払い、俺と女神は最後の目的地である遊園地の最奥に建てられた博物館を目指した。
ようやく建物に近づいてくると、道の脇に塗装のはげた看板があった。
そこには昭和博物館と書かれており、遠目から見たシルエットも原色多めの塗装でどこか古めかしかった。そこへ行くには橋を渡るようで、俺は追っ手がいないことを確認して進もうとした。
しかし橋に足を踏み入れた瞬間、急に女神が叫んで俺を制止させた。
「――――レンタちゃん、下がりなさい!」
「どうしまし……っな⁉」
視線を横に向けた瞬間、広場の方から赤黒い魔力の塊が高速で飛んできた。それは俺が渡りかけていた橋を破壊し、近くにあった遊園地の外壁へと衝突して爆発した。辺りには凄まじい量の煙と風が舞い、俺たちは吹き飛ばされないように姿勢を低くして耐えた。
「……今のは魔王の攻撃か?」
俺たちを狙ったものかと思ったがそうではないらしい。ミクルがエリシャかルインを狙って放った攻撃が、たまたまこっちまで飛んできただけのようだ。
今も戦闘音は激しく鳴り響いており、それはエリシャとルインが無事なことの証明でもあった。俺は二人を失わぬため、早く博物館へと向かわねばと強く決意した。
「さすがにこの橋は無理か、迂回路は……あそこだな」
川には作り物のワニが泳ぎ、空中にはホウキに乗った魔女とカラスの人形が高笑いを上げて飛び回っている。俺は邪魔されることを懸念し、近くの階段を下って広場の裏手を回ることにした。
必然的に戦闘区域に近づくことになるが、最前線で戦っている二人よりはよほどマシなはずだ。
思い描いた通りのルートに沿って走っていると、近くで戦闘による爆発が起きた。それによって割れた石畳などが飛散し、防御するより早く俺の顔目掛けて飛んできた。
「――――っ⁉」
直撃を悟って目を閉じるが、不思議と痛みも衝撃も襲ってこなかった。何が起こったのかと目を開けると、何故か俺を守るようにして遊園地のマスコットが壁になっていた。
「……もしかして、俺を守ったのか?」
「……………」
マスコットは返事なく身体を傾かせ、トサッと軽い音を立てて崩れ落ちた。
頭部分は外れて転がっていき、そのまま起き上がることはなかった。俺を襲おうとして偶然守った結果になっただけかもしれないが、俺は命を救ってもらったことを感謝した。
「…………助かったよ、ありがとう。お前らも勝手に起こされて、いい迷惑だよな。もう少しで眠れるから、待っててくれ」
倒れたマスコットから視線を外し、俺は真正面にある博物館へと走っていった。