5号店と食堂と高級食堂 その3
無事5号店用の弁当を全て完成させた僕とナスア達は、ライへが詰め終わった弁当をみんなで魔法袋へと詰め込んでいきました。
正直、初日からすべての予定数を作成出来るとは思っていなかったのですが、ナスアとマーリアの料理の腕と飲み込みの速さは僕の予想をかなり超えていまして、初日にしてきっちり予定数を仕上げることに成功した次第です。
で、この後ですが……
僕は、ライへと一緒にコンビニおもてなし5号店へ移動。
ナスアとマーリアには、いつも通りに食堂ピアーグを営業してもらいます。
で、コンビニおもてなし5号店で弁当が枯渇しそうになったらすぐにライへにピアーグへと戻ってもらい、そこで弁当の追加作成をしてもらう予定にしています。
ある程度予備は作成していますが、昨日はその予備すらあっという間に売り切れてしまいましたからね。
「じゃ、その時は頼むね」
「お任せください。このナスア、しっかりやって見せます」
僕に向かって笑顔で答えるナスア。
昨日と違ってやる気に満ちあふれています。
そんなナスア達に見送られてピアーグを出ようとした僕とライへなのですが、店の出入り口を出るなり思わず立ち止まってしまいました。
……いえね、そこには結構な数の人達が集まっていたんですよ。
その人達は、僕とライへを見るなり、
「なぁ、この店もうやってるのか?」
そう聞いて来ました。
すると、ライへが
「あ、は、はいです。もうすぐ開店するですが……」
おずおずとした口調でそう答えたのですが、その言葉を聞くなりその場に集まっていたお客さん達が一斉に歓声をあげていきました。
「いやぁ、さっきから良い匂いさせまくってたからさ、この店」
「朝飯にちょっと食べさせてもらおうと思ってたんだよ」
口々にそんなことを言っている皆さんなのですが、どうやらこの皆さんはピアーグで行っていたコンビニおもてなし用の弁当の調理の匂いに釣られて店の前に集まったようですね。
そういえばピアーグは、向かいに高級食堂ポルテントチップが開店して以降、ずっと閑古鳥が鳴いているといっていましたから、こうして調理の美味しそうな匂いが店からすることもなかったのではないでしょうか。
その騒ぎを聞きつけたナスアとマーリアは、慌てて店を開店させました。
「すごい……お客さんがこんなにいっぱい……」
その光景を見つめながら、ナスアは目に涙を溜めながらも、笑顔で厨房に戻っていきました。
ちなみに、高級食堂ポルテントチップですが……
その営業スタイルゆえに、深夜遅くまで営業しているため、開店はお昼前11時頃なんです。
そのため、今のような朝早い時間は営業していないんですよね。
今朝のこの出来事は、ある意味今後のピアーグの営業スタイルの試金石になり得る出来事だったといえなくもありません。
で、お客さんが大挙して訪れたものですから最初はライへにもピアーグの手伝いをしてもらおうかと思ったのですが、
ナスア曰く
「今後もこのスタイルで営業していくのですからさ、これくらい私とマーリアでやってみせますよ」
そう言って微笑んでいましたので、2人に任せることにしました。
で、僕とライへはコンビニおもてなし5号店へと戻っていったのですが……
今のライへは、この世界では珍しい乗り物に乗っています。
後輪が2輪になっている電動バイク「おもてなし君1号」です。
これ、コンビニおもてなしがまだ僕が元いた世界にあった頃、同業大手他社のコンビニに押されまくって窮地に立たされた僕が、「お電話一本で品物をお届けします!」ってサービスを始めた際に導入した物なんです。
サービス開始直後こそそれなりに売り上げに貢献してくれたこのサービスなのですが、すぐに同業大手他社も同様のサービスを始めたもんですから……後は聞かないでください……えぇ、初期投資分すら回収出来ませんでしたとも……
で、そのおもてなし君1号を、今はライへに運転してもらっています。
「そうそうその調子、その右手のグリップをひねるとスピードがあがる。で、そのレバーを引っ張ると止まるからね」
「す、すごいですね、これ。馬みたいに走るなんて……」
今は低速で運転してもらっていまして、その横を僕が併走しています。
ライへには、このバイクでコンビニおもてなしと食堂ピアーグの間を行き来してもらう予定にしています。
と、いいますのも……
「お、おい、なんだありゃ?」
「あんな乗り物、初めてみるぞ!?」
ライへが乗っているバイクは、この世界には存在しません。
それだけに、街道を行き来している皆さんの目を釘付けにしています。
つまり、宣伝効果ばっちりなわけですよ。
で、おもてなし君1号の車体には、コンビニおもてなしとピアーグの名前をペイントしてあります。
このバイクで両店の間を行き来していれば、お互いの店の宣伝にもなりますしね。
で、まずはライへにこのバイクに馴れてもらうことが大事なわけです。
思った以上にスムーズにおもてなし君1号を運転出来たライへとともに、僕は5号店の裏手へと移動していきました。
おもてなし商会用の荷馬車係留所の一角にある小屋の中にバイクを入れますと、その中にある充電用コンセントタップに、バイクの充電用コンセントプラグを接続し充電し始めました。
この充電用コンセントタップですが、コンビニおもてなし本店から引っ張っている電気オーブン用の電源から流用しています。
実際、電気オーブンの使用電力に比べれば微々たる物ですからね。
で、僕とライへが小屋から出ると
「あら店長、おはようございます」
おもてなし商会の中で荷物を運び込んでいたらしいファラさんが僕に挨拶をしてくれました。
「ファラさんおはようございます。おもてなし商会もそろそろ営業開始ですか?」
「本営業はもう少し先になりますけど……明日にはあの女が戻ってくるそうですので、それに合わせて準備をしているところですわ」
そう言うと、ファラさんはその顔に不敵な笑みを浮かべました。
ファラさんがこの顔をしたということは……そうです、あの女=ドンタコスゥコに間違いありません。
今は、西にある辺境都市バトコンベへ行商に行っているドンタコスゥコですが、戻って来た彼女と値段交渉バトルをする気満々ってことですね、これは。
「さぁ、ドンタコスゥコ、ここでも私の連勝記録を伸ばさせていただきますわよ」
そう言って笑うファラさん。
この店を開店するのに色々と手を貸してくれた恩もあるので、少しくらい優しくしてあげてほしいな、と思わなくないのですが……
「……店長、何か?」
「……いえ、が、頑張ってください」
眼光鋭く見据えられた僕は、心の中でドンタコスゥコの奮闘を祈ることしか出来ませんでした。
5号店の中に移動すると、すでに開店準備はバッチリ整っていました。
僕とライへは、唯一空っぽのままになっていた弁当コーナーに、持って来たばかりの弁当を陳列していきました。
その一角には『ピアーグ特製弁当』って描かれているポップで飾られた一角もあります。
ライへは、そこに嬉しそうにピアーグ特製弁当を並べています。
「いっぱい売れるといいね」
「はいです」
僕の言葉に、ライへは嬉しそうに微笑みながら頷きました。
「店長、すでに店の前に行列が出来てます」
そんな僕に、ルービアスが声をかけてきました。
今日は、お客さん整理を担当する予定になっているルービアスは、昨日僕が使用していた誘導灯を片手に張り切っている様子です。
で、店の外ですが……店のガラス壁に流し続けているパン工房の映像と、換気扇から流れ出しているパン工房の匂いが絶妙なハーモニーを奏でているもんですから、多数のお客さんを店の前に呼び寄せているようです。
「よし、ちょっと早いけど今日も開店しようか」
僕の声に、皆が笑顔で返事を返してくれました。
こうして、5号店2日目の営業が開始されました。