5号店と食堂と高級食堂 その4
コンビニおもてなし5号店のプレオープン2日目も、大勢のお客さんの入店とともに始まりました。
「はいはいお客様~、慌てず走らずごゆるりとなのですよ~」
今日のお客様誘導係のルービアスがその行列の前に立ちはだかりまして、笑顔で誘導灯を振り回しています。
昨日はこの役目を僕がやっていたのですが……ここにひとつ落し穴がありました。
いえね、僕は身長が190cm越えてます。
ルービアスは140cmそこそこなんです。
僕が誘導灯を頭の上で振れば、それだけ遠くの皆さんにまで見えるので、誘導灯に仕込まれているスアの魔法による鎮静効果が広範囲に広まっていたのですが、ルービアスだと、目の前の方々にしかこれが伝わっていないもんですから、後方のお客さん達がどんどん押し寄せてきていまして入り口付近の押すな押すながすごいことになっているわけです、はい。
(さすがにこれはまずいかな……)
そう思った僕はルービアスと交代しようとしたのですが、
「うぬぬ、かくなる上はぁ!」
そんな僕の目の前ルービアスは、ふん!と気合いを入れました。
すると、そのお尻のあたりから巨大な尻尾が……そう、僕が元いた世界で言うところの鰻の、この世界で言うところのウルムナギの尻尾が出現しました。
ウルムナギが長年生きたことにより人型になれるようになった猫又ならぬウルムナギ又のルービアスは、出現させた尻尾を床に押し当てると、そのまま自らの体を上空に押し上げていきました。いわゆる尻尾立ち状態とでもいいますか……
そのおかげで、ルービアスの体が後方のお客さんからもよく見えるようになり、その手の誘導灯の効果も広範囲にわたっていったのです。
ルービアスの機転のおかげで入り口付近の押しくら饅頭状態もすぐに解消されていき、僕も安堵した次第です。
お客さんは、昨日よりも多いです。
プレオープンとして昨日一日営業したおかげで、それが口コミで広まった感じですかね。
お客さん達は、
「おぉ、これが噂のうまい弁当か」
「このパンも相当柔らかくて美味しいって隣の奥さんがいってたのよ」
そんな会話を交わしながら、商品をカゴに入れています。
一番人気はやはり弁当やパン、ヤルメキススイーツのコーナーです。
どの商品も昨日以上の速さでなくなっています。
この時間帯の客層は、自宅の朝食を買い求める主婦の方や出勤途中に朝ご飯とお昼を買い求めるお客さんが大半を占めている感じですので、当然の結果といえなくもありません。
特に、出勤途中らしい人々の数は相当なものです。
これはやはり立地によるところが大きい気がします。
何しろ、このコンビニおもてなし5号店が建っている場所はナカンコンベ商店街の中心に近く、その商店街内の各店へ出勤していく人達の道すがらにあるわけです。それだけに、お客さん達も「ちょっと寄っていくか」的な感じで5号店に寄ってくださっている感じですね。
とはいえ、店に入るのに行列が出来ていては「ちょっと寄って」いこうという気持ちを阻害してしまいかねません。
そのため、今日は店の外にリヤカー屋台を出しまして、そこで弁当とパンの販売を行っています。
リヤカー屋台は、ジナバレアに担当してもらっています。
昨日の販売でジナバレアは非常にフランクにお客さんに話しかけては、その巧みな話術と屈託のない笑顔で1日にしてコンビニおもてなし5号店の人気者になっていたんです。その抜群の社交性をかったわけです。
「はいはい、弁当販売はこっちでもやってまっせ~、お急ぎの方はこっちで買ってってや~」
ジナバレアが笑顔で声をあげると、出勤途中に弁当だけを購入しようしていたお客さん達が大挙してリヤカー屋台の方へ移動していきます。
そのおかげで、入店するために出来ていた行列がすごく短くなりました。
で、リヤカー屋台では、胸に『売り子さんに触れたらあかんで』と手書きされた白地のシャツを着ているジナバレアがお客さん達と笑顔で会話を交わしながらどんどん弁当を販売しています。
リヤカー屋台の上には相当数の弁当を積んでいたのですが、みるみるうちにその山が小さくなっています。
ライへに頼んで、店内用に準備していた弁当を急遽リヤカー屋台の方へ回してもらい始めたのですが、追加する端から売れていくもんですから、結果的にリヤカー屋台の弁当は減り続けています。
程なくして、
「店長さん、もうお弁当のストックがありませんです」
ライへが魔法袋に手を突っ込みながら困惑した表情を浮かべました。
「よしライへ、すぐにピアーグに行って弁当を追加作成してもらってきてくれるかい」
「はいです。わかりましたです!」
ライへは元気に返事をすると、店の裏に向かって駆けていきました。
程なくして、店の脇から電動バイク「おもてなし君1号」に乗ったライへがピアーグに向かっていく姿が見えました。
この後、30分もしないうちにライへは結構な数の弁当を持って戻ってきました。
なんでも、コンビニおもてなしの盛況ぶりをピアーグのお客さんから聞いたナスアが、先に弁当を作成して待っていてくれたらしいのです。
その弁当のいくつかは、あえて魔法袋に入れないで、おもてなし君1号の前カゴに入れて帰ってくるように指示していたのですが、そのカゴの中から漂う弁当の匂いに釣られて新たなお客さん達がライへの乗っているバイクを追いかけるようにしてコンビニおもてなし5号店へとやってきていました。
狙い通りです、はい。
ライへに聞いたところ、
「ピアーグの方もすごくお客さんがいらしていましたです」
そう言って嬉しそうに笑っていました。
意図せずして始まったピアーグの早朝営業ですが、こっちも大成功のようですね。
こんな感じで、コンビニおもてなし5号店はお昼過ぎまでお客さんの列が途切れることがありませんでした。
で、お昼を過ぎると少し混雑が解消されるのですが、この時間からは客層が少し変わってきます。
ルア工房の武具目当ての冒険者や衛兵さん、ペリクド工房のガラス製品目当ての好事家の方々、中には魔女魔法出版の魔道書を買いにやってきたらしい魔法使役者の方々の姿まであります。
この方々は、あえて混雑している時間帯を避けて、この時間帯に店にやってきてくださったようです。
このナカンコンベは人口が多いだけにいろんな方々がおられるんだな、というのをこういったところでも実感した僕です。
夕暮れ時、閉店前に今度は夕飯代わりに弁当やパンを買い求めに来るお客さんで一度ごった返した後、今日も閉店時間を迎えました。
今日は、店は閉めましたが、ジナバレアがやっているリヤカー屋台での営業を閉店後もしばらく続けたところ、かなりの数の弁当が売れました。
今後も、店を閉めて店内の清掃・商品補充作業をしている間、店外でのリヤカー屋台販売を交代で継続してもいいかもしれません。
僕は、店の片付けが一段落したところで店の裏手にあるおもてなし商会へと移動していきました。
コンビニおもてなし5号店に併設されているおもてなし商会の執務室の前にファラさんが立っていました。
で、その前にある荷馬車係留所には見覚えのある荷馬車隊が係留されています。
で、さらによく見ると、ファラさんの前で地団駄を踏んでいる小柄な女性が1人……
「くそうですねぇ、また今回もしてやられたですねぇ」
「ふっふっふ、ナカンコンベに場所を移したからって、このファラ様は一切手加減しないんだからね」
ファラさんは、そう言いながら地団駄を踏み続けている小柄な女性~ドンタコスゥコの前で高笑いを続けていました。
どうやら仕入値の交渉対決は、今日もファラさんに軍配があがったようですね。
以前はガタコンベにあるコンビニおもてなし本店で繰り広げられていたこの光景ですが、今後はこの5号店名物になっていきそうです。
……果たして、ドンタコスゥコがファラさんに勝てる日はくるんでしょうか……
僕は、地団駄を踏み続けながらもどこか楽しそうなドンタコスゥコと、同じく高笑いをしながらもどこか楽しそうなファラさんを見つめながら、そんなことを思っていました。