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5号店と食堂と高級食堂 その2

「ど、どして駄目なんでしょうか?」
 僕の言葉に、ナスアは困惑した表情を浮かべています。
「あくまでも、これは僕の意見ではあるけど……ポルテントチップは、確かに料理はまずいし値段も高いけど一応明朗会計になっていた……つまり、あそこに通っているお客さん達はあの料理のあの値段に納得して通ってるってことになる……まぁ、料理に納得しているというよりは、女の子のサービスに納得しているといった方が正しい気がするけどね」
 これは僕の正直な感想です。
 実際、ポルテントチップでは会計の際に、注文した品以外の過剰請求はありませんでしたし、代金もメニューに表示されていた通りでした。
 飲み放題だと言われたお酒に関しても、1杯目の代金しか請求されていませんでした。まぁでも、お酒に関しては他のお客さんをみていると、飲み放題のお酒で酔っ払わせてから「こっちのお酒の方がお勧めですけど、いかがですかぁ?」って、耳元で囁いて飲み放題とは別料金の高い酒を注文させてましたけどね。
 まぁ、そういうわけで……内容はともかく、きちんとした商売をしているといえなくもないわけです、実際のところ。
「……まぁでも、その女の子のサービスを目当てにやってくるお客ばかりだからね、客層が良いとはいえなかった。そのせいでこの一帯の治安というか雰囲気が悪くなって、このピアーグにもお客さんが来にくくなっているんじゃないかな?」
「い、言われてみれば確かに……店の前の街道にも以前は子供を連れた母親達の姿が多かったのに、最近はまったく見なくなった気が……」
 僕の話を聞いたナスアは腕組みしたまま考え込んでいきました。
「……この界隈には、あのポルテントチップの店のような、女の子の過剰サービスを目当てにした客しかよりつかなくなっていたということなのか……じゃあ、その客をどうにかして取り込むしかないのか……」
 そう言いながら、ナスアは自分の体を見つめていました。
 ……で、他の2人も互いの体を見回していますが……正直、ちょっと無理があるかなぁ……的なスタイルなんですよね、3人とも……
 もっとも、例え3人がキョルンさんとミュカンさん並みのナイスバディを誇っていたとしても、ポルテントチップから客を奪うことは困難でしょう。
 あのポルテントチップから客を奪うとなると、店外で客引きをしている女の子達に負けない数の客引きを準備しないといけません。
 その上で、店内でもあのサービスに負けないサービスをしないといけません。
 正直、それをやったらただの消耗戦です。
 女の子を雇うために湯水のように金を使わなければならなくなるのは確実です。
 同じ土俵で消耗戦を仕掛けた場合、負けるのは弱小側と相場は決まっています。
 実際、僕が元いた世界でも、同じコンビニとして他の大手全国展開チェーン店達に必死に立ち向かったコンビニおもてなしですが、まったく歯が立ちませんでしたからね。
「じゃあどうすれば……」
 僕の話を聞きながら、ナスアは絶望的な表情をしていました。
「一番簡単な手段は移転することだけど……」
 僕がそう言うと、ナスアは口を真一文字にギュッと引き締めました。
「……それはしたくないんです……ここは、私の一族が代々営んで来た店なんですもん……」
 うん、まぁ、ナスアはそう言うだろうと思っていました。
「じゃあナスア、こういうのはどうだろう?」
「はい?」
 
◇◇

 翌日。
 夜明前のピアーグの店内に僕はいました。

 本店での弁当作成作業を魔王ビナスさんにお任せして、ここにやってきた僕です。

「まず、これを見て」
 僕はそう言うと、コンビニおもてなしで販売している弁当をナスア達の前で広げました。
「うわぁ……す、すごく良い匂い」
「それに、すごく美味しそう」
 中身を見つめながら、ナスア達は目を丸くしていました。
「作り方は僕が教えます。材料や調味料もコンビニおもてなしから提供しますので、まずはこれを作れるようになってください」

 はい。
 5号店で販売する弁当をですね、ナスア達に作ってもらおうとしているわけです。
 そうすることで、作業賃をナスア達に支払うことが出来ることになります。
 実際、僕に壁の改築業者を紹介してほしいと言ってきたナスア達ですが、施行する費用は持ち合わせて無くて「なんとか月々払いにしてもらうつもりだったんですよ」と、恥ずかしそうに言ってましたからね。
 まずは日銭を稼ぐ手段を、というわけです。
 それに、ピアーグで弁当を作ってもらえるようになれば、コンビニおもてなしでお昼過ぎに弁当が売り切れたとしても追加をすぐに作って届けてもらえます。
 ただ、それだけじゃナスア達の店にメリットが少ないです。
 これだけだと、お金は手に入りますが店に閑古鳥が鳴いている状況は改善されませんからね。
「で、同じ容器を使用して、ピアーグの特製弁当も作成して、コンビニおもてなしに納品してもらいたい。その弁当に使用する材料や調味料は、必要ならコンビニおもてなしで使用している物を使ってくれて構わない。使用した分だけ後で代金を支払ってもらえばそれで構わないよ。店で出す料理にも材料や調味料を使用してもらって構わないよ」
「確かに……どうせ仕入れるのなら、そちらの店で使用されている食材や調味料の方が断然魅力的ですし……」
 ナスアは、僕が弁当と一緒に持ち込んだ食材や調味料を確認しながら目を輝かせていました。
 ナスアは料理人としては一流なようです。僕の準備した肉が、レア食材であるタテガミライオンの肉だとすぐに見抜きましたし、調味料類に関しても、一舐めしただけでそのすごさを理解していましたから。
「そうやって、コンビニおもてなしの下請け作業をしてもらいつつ、ピアーグの宣伝も行おうという作戦だけど、どうかな?」
 僕は、昨日も説明した内容を改めてナスア達へ伝えました。
 すると、昨日の時点ではどこか半信半疑な様子だったナスア達は、
「「「はい!是非よろしくお願いします」」」
 そう言って一斉に頭を下げました。
 やはり、実際に食材や調味料を見てもらった影響は大きかったみたいです。 

 早速、僕達は厨房へと移動し、コンビニおもてなし弁当ならびにピアーグ特製弁当の作成にとりかかりました。
 コンビニおもてなし弁当は定番のタテガミライオンの肉料理メニューに加えて、日替わり弁当を数種類常に準備しています。
 ジャッケを使った魚弁当、野菜メインのヘルシー弁当、色々なおかずが入ったマクノウチ弁当。
 この4種類を焼き方を変えたり調理方法を変えたりして、お客さんに飽きがこないよう工夫をしながら提供しています。
 まずはナスアに、この基本4種類をしっかりマスターしてもらわないと……そう思ったのですが、ナスアはこの4種類の調理方法をすぐにマスターしていきました。
 筋がいいといいますか、僕が説明した内容をすぐに理解し、使用する調味料の種類や分量をすぐに把握し、実行していきます。
 覚えた内容を、調理の合間にささっとメモし、後で確認出来るようにすることも忘れていません。
 で、疑問があると、
「あの、店長さん、この調味料のことで質問よろしいですか?」
 と、自分が疑問に思ったことをしっかりと言葉で僕に伝え、納得出来るまで話を聞きます。
 中途半端で終わらせず、しっかり納得してから次に進んでいくわけです。
 ここで長年料理をしていたはずのナスアですが、それを鼻にかけることもありません。
 とにかく、一生懸命頑張ってくれているわけです、はい。
 で、残りの2人、名前をマーリアとライへと言いまして双子の姉妹なのだそうですが、この2人もナスアの横で一生懸命作業を行っています。
 マーリアは、ナスアほどではありませんが、それなりに調理をこなすことが出来ます。
 ライへは、料理は苦手なのですが、弁当におかずやご飯を詰める作業がとても上手です。
 僕も一緒に調理しながら、ナスア達の手によってコンビニおもてなしの弁当がどんどん出来上がっていきます。
 一緒に、ピアーグ特製弁当も出来上がっています、はい。

 この販売がうまくいったら、もう一つ考えていることがあるんですけど、まずはこの作業をきっちりやり遂げることが出来ないといけませんからね。
「さぁみんな、もう一息だ」
「「「はい!」」」
 僕の声に、ナスア達は笑顔で返事を返しました。
 その顔は、昨日僕の店にやって来たときとは比べものにならないくらい活気に満ちあふれていました。

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