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5号店と食堂と高級食堂 その1

「シャルンエッセンス、すまないけど店の片付けと補充作業を頼むね」
「おまかせくださいリョウイチお兄様」
 なんかもう、すっかり僕の呼称が「リョウイチお兄様」で固定されてしまったシャルンエッセンスですけど、この呼び方ならスアがやきもちを発動することもありませんし、何よりシャルンエッセンスのやる気・元気が段違いに高まりますので、営業時間以外はこの呼称で僕の事を呼ぶことを許容しているんですよね。
 そんなシャルンエッセンスに見送られながら、僕はナスア達とともに5号店を出て街道を役場方面に向かって歩き始めました。
 役場前を通過し、歩いて行くことしばらく。
「ここです。ここが私達の店なのさ」
 ナスアが立ち止まり、街道の右手にある店を指さしました。
 そこにはこじんまりとした2階建ての建物がありまた。その2階部分に年季の入った木製の看板が掲げられていまして「ピアーグ」と大きな文字で書かれています。

 ……ですが

 僕の目は、ナスアの店の真向かいにある店に釘付けになっていました。
 その店は、ナスアの店の3倍はあります。
 まだ日が暮れてはいませんが、店頭のあちこちには早くも無数の魔法ランプが掲げられ、点灯されていまして七色の光を放っています。そんな店の前では、かなり際どい衣装を着た若い女の子達が客引きをしまくっています。
 その目立ちまくっているど派手な演出もさることながら……僕が一番唖然としたのは、その店の看板でした。
 店の2階部分に掲げられている真新しい看板は、巨大な魔法ランプで照らされているのですが、そこに書かれている店名がですね、

『高級食堂『ポルテントチップ』』

 ……って……
「……これ、どうみてもポルテントチーネのとこの系列店じゃないのか、おい」

 ポルテントチーネ……
 まぁ、僕の店とも若干因縁が出来ちゃってるイケイケどんどんなお色気お姉さんですけど、そのポルテントチーネが率いているポルテントチップ商会は現在、賃金未払い・下請けへのピンハネ・営業妨害などなど多種多様な違法行為の嫌疑によってレトレ達ナカンコンベ商店街組合と王都商店街組合による共同査察を受けている真っ最中のため、関連店は全て営業停止中のはずです。

 僕はその店を見上げながら、頭の中に無数のクエスチョンマークが乱舞していきました。とにかく、後でレトレに事情を聞いておいた方が良さそうですね、こりゃ。
 そんなことを考えている僕の横にナスアが歩み寄って来ました。
「ここさ、以前は酒場を併設した宿屋だったんだ。それがさ、なんか急に柄の悪い宿泊客が増加したせいで他の客がよりつかなくなっちゃってさ……そのまま閉店しちゃったんだ。その後をポルテントチーネとかいう女が買い取ってこの店を作ったのさ……」
 そう言うと、ナスアは悔しそうに唇を噛んでいます。
「……こういっちゃなんだけど、料理の味じゃ全然負けてないと思ってる……なのにさ、このど派手な見た目と客引きのせいでさ、ウチの店の常連さんまで軒並み奪われちまってて……」
 そう言いながら、ナスアは肩を振るわせていました。
 ナスアの話と、ポルテントチーネの今までの所行を合わせて考えると、宿屋に居座った柄の悪い客の背後にポルテントチーネが関わっていたとしか思えないんですけどねぇ……これもレトレに話しておいた方がよさそうだなぁ……

◇◇

 そんなナスアの話を聞いた僕は、今、高級食堂ポルテントチップの店内にいます。
 客としてです、はい。
 まぁ、いわゆる敵状視察ですね。

 僕が店に入ろうとすると、
「いらっしゃいませ社長さん」
「一名様、ご案内ですぅ」
 露出の高い衣装を着た女の子達が媚を売りまくりながら僕の腕に左右から抱きついて来ました
 そのでっかい胸で僕の腕を挟み込み、そのまま店内に案内してくれたわけです……が、スアのすとーんなストレート胸板をこよなく愛している今の僕にはほぼ効果はなかったんですけどね。
 ただ、普通の男性ならこれだけで鼻の下をのばすこと請け合いです。

 店内は、店外同様に魔法ランプがこれでもかと設置しまくられていまして、店内を過剰気味に照らしまくっています。そんな明るい店内を、店外で客引きをしていた女の子達よりもさらに露出の高い衣装を身に纏っている女の子達が歩き回っています。で、その女の子達は、お客さんに呼ばれると即座にそのテーブルへ移動し、前屈みになりながら御用聞きをしているのですが……どうやら、意図的のその胸の隙間を見せつけているんでしょうね、その部分にお客さんの視線が釘付けになっています。女の子達はそうすることで何度も自分達をテーブルに呼ばせて注文を取っているのでしょう。
 で、そのメニューなんですが……とにかく高いです。
 一番安い定食でも、3000円/僕が元いた世界換算しています。
 しかも主食が別料金です。
 でもまぁ、それを食べないことには視察に来た意味がありませんからね。
「すいません、注文を」
 僕はそう言って手をあげました。
「はい、ありがとうございます」
 すると、すぐ近くを歩いていた兎耳の女の子が笑顔で僕のテーブルに駆け寄ってきて、グイッと前屈みになりました。
 わざとゆるめになっているらしい服が前に垂れていき、そのふくよかな胸の隙間がこれでもか!と強調されています。
 ですが、スアのすとーんな ~中略~ 兎耳の女の子のお色気に対し、眉一つ動かすことなく定食を注文した僕。
 ほどなくして、
「お待たせしましたぁ」
 兎耳の女の子が満面の笑顔で定食を持って来ました。
 気のせいか、先程よりもさらに露出の高い衣装に着替えているような気がしないでもないのですが……
 で、その女の子は、際ほどと同じく必要以上に前屈みになりながら料理を僕の前に置いていきました。
 すると、今度は先程以上に服が垂れていき、今度は下着を着けていない胸が、ほぼ丸見えなっています。
 ですが、スアのすとーんな ~中略~ 兎耳の女の子のお色気に対し、眉一つ動かすことなく定食を食べ始めた僕。
 なんか兎耳の女の子が、
「……あのお客さん、お色気が通じていないです……」
 って呟いていた気がしますが、気にしません。
 で、肝心な料理の味ですが……

 えらく早く出て来たなと思いましたが、これ、完全に作り置きですね。
 おかずも主食のパンも冷め切っています。
 おかずの肉の野菜炒めはほとんど味付けがなされてなく、ぱっさぱさ。
 スープも、白湯とかわりありません。
 主食のパンもがっちがちでとても食べられたもんじゃありません。
 飲み物としてエールが添えられていますが、これまた超粗悪品です。
 混ざり物が多いのでしょう、口に含んだだけでジャリッとなんか変な感触がしました。
 ただ、アルコール度だけは高いらしく、一口飲んだだけで体が熱くなりました。
 で、このエールを口に含むと同時に、先程の兎耳の女の子が、今度は酒瓶を持って駆け寄ってきました。
「お酒のお代わりはいかがですかぁ? このお酒はサービス品ですよぉ」
 そう言う兎耳の女の子ですが……とうとう胸と下半身しか覆っていない衣装姿になっていました。
 で、その胸を僕にわざと押しつけて来ているのですが……なるほどねぇ、こうやって色仕掛けで酒をすすめて、とっとと酔っ払わせて料理を味わう隙を与えない作戦なのでしょう。
 ですが、スアのすとーんな ~中略~ 兎耳の女の子のお色気に対し、眉一つ動かすことなく
「あ、酒のお代わりはいいです」
 そう断り、料理を口に運んでいきました。
 なんか兎耳の女の子が
「……私、自信なくしそうだよ」
 って呟いていた気がしますが、気にしません。

◇◇

 きっちり定食だけ食べた僕は、女の子達に見送られながら店を出ました。
 ポルテントチップの女の子達にナスアの店の関係者とばれないように街道をわざと大回りしてから裏街道に入りナスアの店の裏へと周り、あらかじめ打ち合わせていた通りそこから店内へと入っていきました。
 そこで僕は、今度はナスアに定食を作ってもらいました。
 特別な物ではなく、いつも店で出している定食を、と、申し添えています。
 ナスアは、僕がテーブルに座ってから調理を開始しました。
「いつもそうしてるのかい?」
「当たり前さ。出来たてを食べてもらいたいしさ」
 そう言って笑うナスア。

 ピアーグの店内はとてもシンプルな作りです。
 魔法ランプは必要最低限しかないため店内はあまり明るくありませんが、暗くて困るほどではありません。テーブルと椅子が綺麗に並べられている店内は、しっかり掃除がされているらしく清潔感いっぱいです。
 
「さ、これがウチの定食さ。食べてみてよ」
 そう言ってナスアが持って来てくれたのは、主食のパンとおかず、スープの三点セット。これにお冷やがついています。
 おかずは、野菜サラダと肉と野菜の炒め物です。
 偶然でしょうか、ポルテントチップと同じおかずですね。
 で、それを口に運んだ僕は、
「あ、美味しい」
 思わず声を出しました。
 うん、これ、本当に美味しいです。
 手前味噌になりますが、コンビニおもてなしの弁当やエンテン亭よりは劣っています。
 ですが、ポルテントチップの料理とは比べものにならないくらい美味しいです。
 肉にもちゃんと下味がついていますし、野菜にもいい塩梅に塩味がついています。
 火の通り具合もばっちりです。
 スープも、いわゆるコンソメに近い味で整えられていまして、中には刻み野菜が入っています。
 パンは、この世界特有の硬いパンなのですが、ポルテントチップの物よりは遙かに柔らかいです。
「あ。そのパンはスープと一緒に食べてね」
 そう言われた通りにしてみると、硬いパンがいい感じで口の中でほぐれていきます。
 そのハーモニーが絶妙です。
 ナスアが、この硬いパンを美味しく食べるために試行錯誤した成果なのでしょう。

 で、全部食べ終えた僕は、
「ご馳走様。確かにすっごく美味しかったよ」
 僕はそう言いました。
 そんな僕の言葉を聞いたナスアは、他の2人と手を取り合って喜んでいます。
 ですが、そんな3人を見つめながら、僕は首をかしげました。
「……確かに美味しいんだけど……店を改築したくらいじゃ、ポルテントチップには勝てないだろうなぁ……」 僕は、そう言いながら腕組みしていきました。

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