プレオープン その1
いよいよコンビニおもてなし5号店がプレオープンしました。
店の前で列を成して待ってくださっていたお客様の数は、昨日ドンタコスゥコ商会で事前販売を行った際の倍以上ですね。
そのお客様達が、一斉に店の中になだれ込んでこようとしています。
ですが、この事態はしっかり予想していました。
僕は、背中に背負っていた棒を取り出しました
握る部分から上が赤くなっているその棒ですが、そのスイッチを入れると棒の赤い部分が光りはじめました。
僕が元いた世界でいうところの【誘導灯】です。
交通整理の人が夜間に使用するあれです、はい。
ですが、これはただの誘導灯ではありません。
赤い部分が光ると同時に、その赤い光を見た人々の興奮状態を沈静化させ、それを使用している者の言葉の内容が脳に直接伝わる魔法がかけられているんです。誘因とか催眠ではなく、あくまでも言葉を伝えるだけの魔法です。
で、これ、当然スアの魔法です。
昨夜スアとああでもないこうでもないと試行錯誤して作り出した逸品です、はい。
まぁ、僕は意見しか出してないんですけどね。スアの魔法のおかげなわけです。
「皆さん、立ち止まってください!順番に店内におはいりください。走らないでゆっくりお願います!」
誘導灯を高く掲げて声をあげる僕。
その誘導灯の光を見たお客さん立ちは、僕の言葉をしっかり理解してくださったようで、ゆっくりと店内に入り始めました。
誘導灯の光が届いていない後方のお客さん達が
「おいおい、前はどうしたんだ?」
「なんか動かなくなったぞ」
と、ざわつき始めたのですが、そのあたりには店外で試食を配布しているルービアスが絶妙のタイミングで駆け寄っていきまして、
「皆様、ただいま順番にご案内しておりますので、とりあえずこの試食でも食べながらお待ちくださいです」
にっこり微笑みながら、試食品がのせられているトレーを差し出しています。
そのおかげで、若干険悪な雰囲気になりはじめた後方のお客さん達も、
「お、こりゃ気が効くじゃねぇか」
「ほう、こりゃなんだ? 初めて見るが」
「これはですね、コンビニおもてなしの名物の一つ、イルチーゴのショートケーキでございます」
そんな感じで、ルービアスと会話を交わしながら試食を口に運んでいます。
今日は主にヤルメキススイーツを試食として配布していたのですが、
「うん!? 甘い!なんて甘いんだ、こりゃ!?」
「こんなに甘い食べ物、初めてよ」
皆さん、大絶賛です。
まぁ、そうなりますよね。
この世界では混ざり物のない砂糖は超貴重品なんですけど、その増産に成功しているコンビニおもてなしでは、それをふんだんに使用しています。それを、スイーツ作成の腕をメキメキと向上させているヤルメキスがスイーツに仕上げているわけです。コンビニおもてなしのスイーツの甘さといいますか、その味はこの世界随一といっても過言ではないと僕は自負しています。
で、そんな後方のお客さん達の声を聞きつけた前方のお客さん達も興味津々なご様子でして
「お、おい……あのしょおとけぇきとかいうやつ、絶対に買いだな」
「そうね、なんか美味しそうだものね」
そんな会話があちこちから聞こえてきました。
店内には、昨日ドンタコスゥコ商会の亜人店員達がやってくれていたように、店内がやや混雑している程度までお客さんを入れています。
そのお客さん達は、店内を物珍しそうに見て回っています。
そんなお客さん達の周囲を、スアのアナザーボディ達が今日も忙しそうに動き回っています。
そんな中、お客さん達がまず真っ先に向かうのが、弁当やパン、スイーツをまとめて陳列しているコーナーです。
何しろ、美味しそうな匂いが充満している店内の、その匂いの出所ですからね。
僕が元いた世界で営業していた頃には、こういった商品の匂いは換気扇などを使用して店内に充満しないようにしていたのですが、この世界ではあえ充満させています。
そのおかげで、店内に入ったお客さん達はまずこのコーナーへ、匂いを頼りに駆け寄っていくわけです。
「うわぁ、やっぱここの弁当はうまそうだなぁ」
「パンもふっかふかじゃないか」
「これが、さっき表で配ってたしょおとけぇきってやつか……ほ、ほかのもうまそうだな」
と、お客様達は歓声をあげたり、目移りしたりしながらカゴに品物を入れています。
同時に、その横に設置されている飲み物コーナーに陳列されているスアビールにも、こぞって手を伸ばしています。
昨日一昨日の試験販売でも、このスアビールは大人気でしたからね。
「おい、一人5本までだろ! 本数は守れって」
「カゴにいれた奴はどけろよ、早くかわれ」
ってな具合で、お客さん達も押し合いへし合いしています。
そのため、ここにはスアのアナザーボディの1体がほぼつきっきりでお客さん達をけん制しつつ、商品がなくなる度に追加し続けています。
相当数準備していたスアビールですが、すごい勢いでなくなっています。
この調子だと、今日一番最初に売り切れるのはスアビールになりそうですね。
こうして、食べ物・飲み物コーナーで目当ての品物をカゴにいれたお客さん達は、その足で店内を見て回り始めます。
店内は自由に見てもらっているのですが、スアの薬品のコーナーにはおもてなし診療所の暗黒大魔道士テリブルアが、ルアの武具のコーナーとペリクドさんのガラス商品のコーナーにはそれぞれの工房の職人さんが1人づつ立っていまして商品の説明を行っています。
特に、スアの薬品に関しては、効果がきつい・即効性の強い・副作用のある薬品に関しては必ずテリブルアの使用上の注意説明を受けてから販売する方法にしています。
で、ステルアム印の薬品なわけです。
「す、ステルアムって……あの伝説の魔法使いが作った薬なのか、これ?」
「ま、マジで?」
販売コーナーの上部に、『私、ステルアムがつくりました』の文字とともにスアがにっこり微笑んでいるポップを掲示しているのですが、それを見るなりお客さん達は目を丸くしながら薬品をドンドン買い物カゴに突っ込んでいます。
で、その都度テリブルアがストップをかけて、
「説明聞いてよね、この薬は一日1本までな。で、こっちの薬は……」
そう言いながら、各薬の使用上の注意が書かれた紙を手渡していきます。
この紙、スアに内容を聞きながら僕がパソコンで作成した物です。
店内のポップ類もすべてパソコンで作成しています。
ネットとかは全く使えないパソコンですけど、元いた世界で経費削減のために店内ポップ類を全部このパソコンで自作していた技術が、まさかこの世界でも活かせるとは夢にも思っていませんでした。
これも、太陽光発電システムを導入していたおかげです、はい。
で、このスアのポップを作成する際に
「……スアタクラが作りました、に、して」
って、スアに散々駄々をこねられたんですよね。
確かにそれが今のスアの本名ですが、ステルアムの名前の方が一般的な知名度は高いわけですし、一目でお客さんにアピール出来るように、と、スアに我慢してもらった次第です。
一応、ポップの下部に、『ステルアム―現・スアタクラ」と表記しているんですけど、予想通りそこを気にする人は皆無だったわけです、はい。
スアの知名度は抜群なわけですが、知名度でいえばペリクドさんも負けていません。
何しろ、ペリクドさんのガラス製品は、王都の貴族の間でも愛用者が多いという話ですからね。
「お、おい、このガラス製品ってブラコンベのペリクド工房の品なのか、おい?」
ここの販売コーナーの上部にも『私、ペリクドがつくりました』の文字とともにペリクドさんがニカッと微笑んでいるポップを掲示していまして、それを見ながらお客さん達はこれまた目を丸くしている次第です。
で、工房のお弟子さんが、
「はい、そのペリクド工房の品ですよ!今はこのコンビニおもてなしでしか買えませんよ!」
そう声をあげているのですが、その声を聞きつけたお客様達がどんどん集まっています。
ルア工房の商品の販売コーナーの上部にも、『私、ルアがつくりました』の文字とともにルアがニカッと笑いながら腕組みしているポップを掲示しているのですが、さすがにスアやペリクドさんほどの知名度がないルアだけに、ポップの効果はいまいちな感じですが、そこに陳列されている武具や農具、調理器具などを何気なく目にしたお客さん達は、一瞬にして立ち止まっています。
「……な、なんだこの盾……ま、まさか、龍の鱗製なのか?」
「この農具……なんて鋭いんだ……それでいてすごく軽い……」
「このお鍋いいわねぇ、取っ手が付いててすごく使いやすそうだわ」
皆さん、感嘆の声をあげながら品物を手に取っています。
そんな感じで、ルアのコーナーもジワジワお客さんが増えている感じです。
レジを一手に引き受けているのはシャルンエッセンスです。
そのシャルンエッセンスの指示に従って、トルソナ・グリアーナ・ジナバレアの3人が、3つのレジを回しています。
シャルンエッセンスとジナバレアがそれぞれ1人で1つのレジを、トルソナがグリアーナとペアで残り1つのレジを回しています。
昨日加わったばかりのジナバレアですが、その適応力は僕やシャルンエッセンスの想像を遙かに超えてまして、そつなく笑顔で対応し続けています。
開店当初はシャルンエッセンスとペアでレジをしていたジナバレアなのですが、その適応能力の高さのおかげでレジを1つ任せる事が出来ています。
そのおかげで当初予定していたレジが2つから3つに増加出来たおかげで、お客さんの回転も速くなっています。
まだプレオープンしたばかりのコンビニおもてなし5号店ですが、こんな感じで早くも大盛況です。