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5号店開店 その9

 レジの指導は、基本的に店長補佐のシャルンエッセンスに任せて、僕はそれを後ろで見ていました。
 シャルンエッセンスの指導具合もチェックしておこうと思ったわけです。
「よろしいですか?まずここに品物を置いてですね、そしてここに……」
 新たに雇用したトルソナ・グリアーナ・ジナバレアの3人を前にして、シャルンエッセンスは身振り手振りを交えながらテキパキと指導を行っています。
 口調も丁寧で、言葉もわかりやすく、そして常に笑顔で3人に接しているシャルンエッセンス。
 ホント、2号店の店長を頑張ってすごく成長したんだなぁというのが、よくわかります。
 そんな一同の指導が行われている中、地下のパン工房からテンテンコウ♂達が戻って来ました。
「店長、すごくいい!このパン工房の施設すごく使いやすいです!」
 蝸牛人のため両性具有のテンテンコウは、♂の際は常にローテンションなのですが、そんな♂バージョンのテンテンコウが喜びを爆発させながら僕の元に駆け寄ってきました。
 その手には、焼き上がったばかりのパンがのせられた皿がありました。
「この子達もね、すごく頑張ってくれた」
 パンの皿を僕に差し出しながら、テンテンコウ♂は嬉しそうに笑っています。
 その後方で、トレイナとトラーナが嬉しそうに笑っていました。
 ちなみにトレイナとトラーナの双子姉妹なのですが、パン工房で作業するのに邪魔になるとの理由で長かった髪の毛を2人揃ってばっさりやっちゃったもんですから、ただでさえ見分けにくかったのがさらに見分けにくくなってしまっています。
 で、そんな3人が試作したパンを頂いたのですが、
「うん、美味しく出来てるね」
 僕は笑顔でそう言いました。
 他の皆にも食べてもらったのですが、
「ホントにこの店のパンはうまいなぁ」
 笑顔でバクバク食べているグリアーナをはじめ、みんな美味しそうにパンを口に運んでいます。
 で、コンビニおもてなしのパンを始めて口にしたジナバレアも
「うわぁ、こらうまいわ!そら試験販売に人が殺到するわけやねぇ」
 びっくりしたような声をあげながら笑顔でテンテンコウの肩をバンバン叩いていました。
 
◇◇

 レジの使い方をはじめとした接客の説明が終わり、パン工房の試験運転も無事済みましたので、僕達は最後にもう一回店内の片付けをしてから転移ドアへ向かいました。

 この転移ドアの脇にはボタンがあります。
 そのボタンには「スアソック」と書かれています。
 これ、この5号店にスアが施している防壁魔法をON・OFFするためのボタンなんです。
 このボタンを押すと、店の建物の各所に設置されているスア製の魔石が起動しまして防壁魔法が展開されます。で、建物に無理矢理侵入しようとする人間が現れると魔法防壁がそれを拒み、同時に骨人間達が出現して排除・捕縛に乗り出す仕組みになっています。
 また、外に面しているドアや窓が開きっぱなしになっていると、注意音が鳴って教えてくれる仕組みにもなっています。
 で、このセキュリティシステムはほぼ完成していますので、商店街組合のレトレに話をして商店街の店に売り込めないか相談してみようと考えています。
 このナカンコンベでは空き巣や強盗が割と多いと聞いているのですが、この世界の防犯というと自警団や衛兵による警らか、自腹で傭兵を雇うくらいしか手段がありません。魔法使役者を雇って防壁魔法を展開する方法もありますが、それって結構高く付くんですよね。スアの開発したこのシステムは、魔石を設置するだけで魔力が10年持続し、お値段10万円/僕が元いた世界換算、1年だと1万円と、人を雇うのに比べて非常に安価で提供出来ますので、このスアによる防犯システム「スアソック」って案外需要があるかもな、と思っている次第です。ルア工房に施行を代行してもらえばルア工房にも仕事を回せますしね、その際の工事費などはルア達に任せておけばいいかな、と、そんなことも考えていたりします。

 で、このスアソックのボタンを押しました。
 すると、それまで壁と同じ色をしていたボタンが青く光り始めました。
 これ、無事にセキュリティシステムが作動したサインなんですよね。
 外に面している窓やドアが開いていると赤く光って問題のある箇所を声で教えてくれる仕組みになっています。
 そのままガタコンベへと戻った僕は、みんなをおもてなし酒場へと連れて行きました。
「せっかくだしさ、みんなの歓迎会をしようか」
 トルソナとトレイナとトラーナの3姉妹とグリアーナ、そして今日加わったジナバレア達がやって来てから、まだ何もしていませんでしたからね。明日からのプレオープンを前にして食事会でも、と思ったわけです。
 僕の言葉に、皆も笑顔を浮かべてくれました。

 移動前に厨房を覗いてみたのですが、すでに厨房の拡張工事も終了していました。
 以前パン焼き用のオーブンが置かれていた場所が作業場所に改修し終わっていまして、弁当とスイーツを作成するためのスペースが広くなっていました。
 ホント、ルア工房は手際がいいです。
 ナカンコンベに支店を出すわけですけど、きっと繁盛すると思います。

 おもてなし酒場へ移動すると、イエロとセーテンがご機嫌な様子で常連客達と酒を酌み交わしていました。
 そんなイエロを見つけたグリアーナが
「い、イエロ!ここであったが百年目!今日こそ飲み比べで勝ってやるからな」
 そう言いながらイエロの元に向かって駆け出しました。
「こないだあっさり潰れたキ、大丈夫キ?」
「せ、セーテン殿、過去の話はやめていただきたい!あ、あの日は、その……ち、ちょっと体調が……」
「まぁまぁ、いいではござらぬか。一緒に楽しく酒を飲むでござるよ」
 そんな感じで、イエロとセーテンに肩を組まれながら、グリアーナは酒飲みグループの輪の中に加わっていきました。
 なので、僕はトルソナ姉妹達とジナバレア、シャルンエッセンスの5人で席に座りました。
 テンテンコウは、この時間からはブラコンベのおもてなし食堂エンテン亭での仕事がありますので、そっちに向かいました。
「とにかく、みんなよろしくね」
 おもてなし酒場の雇われ店長をしてくれているネプラナさんが持って来てくれた飲み物で乾杯した僕達は、テーブルに並んだ食べ物を口に運んでいきました。
 基本的に、イエロ達が狩ってきた肉の焼き物類がメインですが、狩猟するのが困難とされている魔獣の肉ばかりを贅沢に使用した料理ばかりですので、どれもかなり美味です。
「うわ……お肉がすごく美味しい!」
「こんなに美味しいお肉、はじめて……」
「……(コクコク)」
 トルソナ3姉妹は感動した面持ちで顔を見合わせながら頷き合っています。
 その横でジナバレアはスアビールをすさまじい勢いで飲み干しています。
「かーっ!染みるわぁ!こらたまらん。姉ちゃんお代わりや!」
 早くも2杯目を要求していくジナバレア。
 みんな、いい笑顔です。
 僕とシャルンエッセンスも、そんな皆を笑顔で見回しながら酒と食べ物を口に運んでいきました。

 なお、すでにこの時、グリアーナは早くもぶっ倒れていました。

◇◇

 翌日。
 昨夜、美味しい料理をしっかり食べたグリアーナ以外の一同はやる気満々の様子で5号店の開店準備を行っていました。
 グリアーナも、スア製の二日酔い用の飲み薬を飲んだことで回復したらしく、店内の掃除を一手に引き受けてくれています。
 今日はプレオープンということで、本店のルービアスにも来てもらっていまして、店外で客寄せの試食販売もしてもらう予定にしています。
 で、そのルービアスはすでに店外で元気な声をあげています。
 そんなルービアスの客寄せに加えて、昨日までの2日間で行った試験販売の成果もあってか、店の外には早くも長蛇の列が出来ています。
「さぁ、みんな。そろそろ開店するよ」
「「「はい!」」」
 僕の声に、みんなが元気に答えてくれました。
 程なくして、店の正面入り口の扉を僕が開け放ちました。
「皆さん、お待たせしました! コンビニおもてなし5号店、只今よりプレオープンです!」
 僕の声とともに、お客さん達の中から歓声と拍手が一斉に沸き起こりました。

 さぁ、いよいよ5号店の営業開始です。

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