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第三十三話『雪夜に立つ二つの影、魔王の血族ルイン』※ルイン視点

 「――――それじゃあ遊ぼうか。小さなお嬢ちゃん」
 そう告げると同時にミクルは高く跳躍した。両手にどす黒い魔力をまとわせ、狂気の笑みと突き刺すような殺気を放ちルインへと近づく。
 繰り出される攻撃を受ければ致命傷は確実。だがルインは一切取り乱さず、即座に魔力で作り上げた糸を操った。糸は突進してきたミクルの身体に巻き付き、その行動を阻害する。そしてルインが糸をぎゅっと引き絞ると、ミクルは勢いを失って中空に制止した。

 ミクルは突然の事態に困惑し暴れるが、拘束はそう簡単に解けない。
 「暴れても無駄。ルインが作り出した糸は鋼鉄以上の強度を誇る。下手に抵抗すれば、その身体が輪切りになるだけ」
 「ふーん、小っちゃいくせに結構やりますね。でも、こんな糸で私の身体が傷つけられると本当に思っているのですか?」
 「…………」
 そんなものはルインも承知の上だ。ミクルは魔王の魔力で守られていて、この程度の攻撃は大した痛手にならない。今この瞬間にもミクルは力任せに腕を動かし、魔力で編まれた糸をブチブチとちぎり始めている。

 ルインは白い息と共にため息をつき、憑りついている魔王へと声を掛けた。
 「前はルインで、今はその子。倒されても倒されても宿主を変えて無様に生き続けて、少しは恥ってものが無いの? 魔王ガイウス」
 ルインがそう告げると、急にミクルの目から光が消えてガクリと意識を失った。そして再び顔を上げると、その目には赤黒い光が怪しげに揺らめいていた。
 『久しいな。我が血族ルインよ。奴らとの家族ごっこは楽しかったか?』
 ガイウスは小馬鹿にしたように喋り、フフフと耳障りに笑っていた。ルインは今の『家族ごっこ』発言に苛立つが、顔には出さず平静を保って返答した。

 「……おかげさまでね。ルインにしては、それなりに良い夢が見られたかな」
 『フフフ、何もかも忘れていれば良かったのに愚かな奴だ』
 「そうもいかない。だってあなたを殺すのは、血族として譲れない使命だから」
 今この場に立ち魔王を討つ。それがルインの目的であり、レンタとエリシャから離れた理由だ。もし刺し違えることがあっても、大切な二人を巻き込むよりはずっといい。
 (――――それに勝ち目が薄くても、勝算がないわけじゃない)
 この世界に魔王と共に来たのは、ルインにとって千載一遇の好機だった。

 魔王ガイウスは幾度となくその身を勇者に討たれ、百年という間隔で復活を遂げる。不滅とされる怪物だが、それには一つのカラクリがあった。
 それは自分の血に憑依魔法を施し、生まれてくる子孫の人格を乗っ取るというものだ。宿主が死ねば他の素質ある者に移り、時が経つまで潜んで力を回復していく。魔族の姫たるルインもその依り代に選ばれ、人格を奪われて魔王ガイウスとなっていた。

 もし何らかの理由で憑依が外れた場合、依り代となった者は記憶を失う。そしてガイウスが暗示として植え付けた「目にした者を親と思え」という意思に従い、無垢な姿を餌として誰かしらの庇護下に入るよう行動する。
 その目的は才能ある肉体を温存することと、狙った相手の寝首を掻くためだ。その悪辣な計画により、ガイウスと敵対していた魔族の国がたったの一夜で滅んだ過去がある。

 (……この憑依の術式は、ルインじゃ解けない。記憶と身体の主導権を取り戻してガイウスを倒しても、ルインか別の誰かに移るだけ。……でも、それはあっちでの話)
 魔力や眷属が存在するアルヴァリエで、ガイウスを消滅させることは絶対に叶わない。だが逆に言えば、この世界でならばどちらの条件も満たされない。
 「――――その娘ごとあなたを殺し、完全に身体を乗っ取られる前にルインも死ぬ。これならもう、お前は復活することができない」
 血族が犯した過ちを終わらせる。そのためにルインはここへ来た。

 一瞬ルインの脳裏に、レンタとエリシャの優しい顔と声がチラついた。だがそれを振り払い、再び殺気を込めてガイウスを睨んだ。もう別れは済ませたのだから、心を殺して行動するべきだと己に強く言い聞かせた。
 「……話は終わり。あなたは、もう消えて」
 ルインは五本指から伸ばした糸の魔力を高め、拘束した状態でミクルの身体を切り裂こうとした。さらにいくつもの魔法陣を無詠唱で展開していき、確実に対象を仕留める準備を進めていく。今日まで温存してきた魔力は、すべてこの瞬間のために使うと決めた。

 しかし全力の構えのルインを見ても、ガイウスは表情を変えなかった。
 『確かにお前が言う通り、この世界でなら我は死を迎えることとなるだろう。だがそれが分かったところでどうする? お前に我が傀儡が殺せるかな?』
 「……何を言ってる。戦うのはあなたのはず」
 『今までだったらそうしていたが、この娘は少々特別だ。……どれ、予行演習としてお前ほどの相手ならちょうどいいだろう』
 そうガイウスが言った瞬間、ミクルはハッと目を覚ました。そしてキョロキョロと辺りを見回し、虚空に顔を向けて話し始めた。

 「あの……御使い様。あそこの女の子はどうした方がいいのですか?」
 ガイウスらしき声は聞こえなかったが、ミクルはうんうんと頷いていた。そして話の内容に納得したようで、ニコッと微笑んでルインを見た。
 「ごめんね、お嬢ちゃん。私はどうしても異世界に行きたいの。邪魔をするなら痛手を負わせることになるけど……いいかな?」
 「痛手? 邪魔だっていうなら、ルインを殺せばいいだけ」
 挑発するように言うと、ミクルはえっと驚いたように言った。

 「殺すって人聞き悪いですね。似たような境遇の子に、そんな酷いことしませんよ」
 「……どういう意味?」
 「そのままです。だってあなたも、私と同じで親から見放されたじゃない」
 「―――っ‼」
 反射でルインは待機させていた魔法陣を一斉起動した。出現するのは巨大な氷槍で、それらは逃げ場なく周囲を埋め尽くしていく。

 (お前にっ! あの二人の何が分かる‼)
 ルインは激情に駆られたまま、氷槍を連続で放った。拘束されたミクルは、何も出来ず針のむしろになる。……だが、氷はすぐにひび割れ始めた。
 「――――さぁ、それじゃあ始めましょうか!」
 明るいミクルの声と共に、どす黒い魔力が大量に放出された。その圧に耐え切れず魔法で生み出した氷は破壊され、跡形も無く解けて消えた。さらに溢れた闇は一か所に収束を始め、急速に渦を巻いて突如弾けた。

 霧散した闇の中から現れたのは、漆黒の外装を見に纏うミクルだった。鎧のところどころには、血管のような紅い光が不気味に脈動している。
 ミクルは変わり果てた自分の姿を眺め、身体を震わせて感嘆の声を上げた。
 「この光の輝きこそ、まさに選ばれし者の姿! 異世界に行くまで力を使うことはないと思ってたのに、こんな早く戦うことができるなんて素敵!」
 「……光?」
 「見て分からない? これが私の勇者としての姿ですよ!」
 今ミクルの目には、神々しい光に包まれた鎧が見えていた。ガイウスの洗脳と認識阻害の魔法により、自分の身体から発せられる禍々しい闇に気づけていない。
 ルインは今の発言からおおよその状況を察し、本当に束の間の夢だなと呆れた。

 「もういい。あなたは夢のまま、ガイウスもろともルインが殺してあげる」
 話しは終わりだと態度で示し、指から伸ばした魔力の糸を周囲に隙間なく張り巡らせた。ミクルは逃げず赤黒い槍を構えて突撃し、ルインはそれを真正面から迎え撃つ。
 雪夜に魔力と火花が散り、発生した衝撃波は大気を激しく震わせた。

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