第7話(1) 駅ナカ三者会談
「う~~~む」
「どうしたの、竜乃ちゃん?」
私は腕を組みながらうなり声を上げる竜乃ちゃんに声を掛けます。
「ビィちゃん! 何でだ⁉ 何でアタシだけ点が獲れねえんだ⁉」
「お、落ち着いて、他のお客さんも居るから……」
私たちは今、県南地域で行われた練習試合を終え、仙台に戻る電車内の向かい合わせの四人席に座っています。聖良ちゃんが淡々と呟きます。
「昨日の試合と合わせて、攻撃陣でゴールが無いのは竜乃だけだしね」
「し、しょうがないよ、先週の試合と合わせてまだ3試合目位なんだし……」
「ビィさん、わたくしは2試合目でゴールを決めましたわ!」
窓際の席に座り、外を眺めていた健さんが誇らしげに振り返ります。
「ぐぬぬ……おい、カルっち! 何でこいつにPK譲ってんだよ! キッカーはカルっちって決まってただろ⁉」
竜乃ちゃんは通路を挟んで反対側の席に座る輝さんに問いかけます。輝さんは窓の外を眺めながら面倒そうに答えます。
「……点差もついていたし、蹴りたいって言ったからね……自ら名乗り出る度胸を買ったの」
「それってヒカルの機嫌次第じゃね?」
輝さんの前に座っていた成実さんが笑います。
「くっ……」
「で、でもシュートチャンスを作り出していたのは凄いよ、練習の成果が出ていたと思うよ」
「そ、そうか?」
「竜乃~枠に飛ばさなきゃ意味ないヨ~昨日も今日も派手に宇宙開発してたしネ~」
通路を挟み、竜乃ちゃんの隣に座るヴァネッサさんがからかいの言葉を掛けます。ちなみにこの場合の宇宙開発とは、シュートを豪快にゴールの上に外すことを指します。
「な、ナルミンのよりはマシだったろ!」
「い、いや一緒にすんなし! 私は精々月まで! 竜乃の奴は火星まで届きそうだったし!」
成実さんも積極的に何本かミドル(中距離)シュートを放っていましたが……正直精度に欠けていました。輝さんがふっと笑います。
「成実のミドルが入ったら、夏でも雪が降りそうね」
「アハハハ、レアイベント扱いカヨ」
「む~ヒカルまで……私は本番に強いタイプだし」
成実さんが口を尖らせます。
「皆さん」
振り向くと、そこにはキャプテンが立っていました。
「仲良くされているのは大変結構なのですが……公共の場ですので、もう少しお静かにお願いしますね」
「「は、は~い」」
キャプテンに注意され、皆バツが悪そうに首をすくめました。キャプテンが席に戻ります。
「ピカ子さん、ご覧になって! あれは名取川かしら?」
「広瀬川よ! ってかピカ子って言うな!」
あくまでもマイペースな健さんに聖良ちゃんがツッコミます。輝さんたちが半ば呆れたように呟きます。
「電車に乗るのが生まれて初めてとか……どれだけお嬢様なのよ……」
「今朝リムジンで乗り付けてきたのはビビったゼ……」
「相手も唖然としてたし……」
仙台駅に着き、改札口を抜けた辺りで、キャプテンが皆に声を掛けます。
「皆さん、昨日今日とお疲れさまでした。明日はミーティングのみにして、練習は休みとします。今晩も含めて、体をしっかりと休めて下さいね。それでは解散とします」
皆が三々五々と別れる中、私はキャプテンに声を掛けられました。
「丸井さん。良かったら少しお茶でもしませんか?」
「は、はい……」
私とキャプテン、そしてマネージャーの三人は、仙台駅の東口と西口を繋ぐ自由通路を見下ろせるカフェに入りました。窓際の席に腰掛け、軽く雑談を交わした後、キャプテンが本題を切り出します。
「さて……昨日今日の2試合、お二人はどう見ます?」
「昨日は3対1、今日は4対1で2連勝……良い結果を出せたと思います」
「私もそう思います」
「ふむ……確かに私も攻撃面は驚くほどよく機能していたと思います」
「丸井さんが入ったことによってパスは良く回るようになりましたし、ヒカルちゃ、……菊沢さんの精度の高いキック、姫藤さんのドリブルは良いアクセントになっていると感じます。秋魚先輩も調子良さそうですね、2試合連続ゴールですから」
「秋魚の場合はアフロ効果ですかね」
キャプテンは笑いながらそう言って、コーヒーを口にします。マネージャーが尋ねます。
「龍波さんはどうですか、このままスタメン、先発起用を続けますか」
「……動きの質は確実に良くなっていると思います。もう来週には地区予選が始まりますからね。この一週間の更なる伸びに期待したいです。存在感は間違いなく強いので、こういう言い方は少々心苦しいですが……最悪、デコイ(囮)役として頑張ってもらおうかなと……」
「竜乃ちゃんならきっと凄いゴールを決めてくれますよ!」
私は少し語気を強めて、会話に口を挟みました。キャプテンはふっと微笑みます。
「そうですね、訂正します。派手なゴールを期待しましょう」
「伊達仁さんはどう起用するお考えですか?」
「センスも運動神経も人並み外れていますからね……。どこのポジションでもすぐに適応できそうな気がします。ただ、龍波さんもそうですが、まだ初心者の域は出ていません。二人を揃って長時間ピッチに立たせるのは、まだまだギャンブルですね」
「彼女の性格的にベンチスタートを受け入れたのは意外でした」
「それはですね、電車と徒歩で現地集合! と言っていたのにリムジンで乗り付けてきた団体行動のとれない罰! ……ではなく、『貴方はいわゆるジョーカーです』と伝えたら、『切り札ですか⁉ 悪くない響きですわね!』と言って納得してくれました。言ってみるものですね」
「ははは……」
「そういえば、地区予選の組み合わせですが……」
「ああ、明日のミーティングで言おうと思っていましたが、こちらになります」
そう言って、キャプテンがバッグから対戦表を取り出しました。
「仙台実業、青葉第一、梅島ですか……三位でも予選通過の可能性がありますよね?」
「そうなんですか?」
「プレーオフを勝ち抜けば……ですがね。出来れば二位以内に入って突破を決めたいですね」
「青葉第一には知り合いがいますが、精々メンバー表位しか入手できないと思います。恐らく昨日も今日も三校とも各地で試合をしているとは思いますが、流石に映像までは……」
「……映像、ありますよ」
「「ええ⁉」」
「伊達仁グループの全面協力を頂き、この土日の市内各所で行った高校サッカーの試合はほぼすべて映像で記録しています。そして我々が対戦するBブロックの三校のデータはこちらのUSBに入っています。という訳で美花さん、明日まで分析を宜しく」
「かしこまりました!」
マネージャーは敬礼しつつ、キャプテンからUSBを受け取ります。驚いている私に対し、
「やり方がズルいとお思いですか?」
微笑をたたえながら、キャプテンが私に尋ねます。私は首を横に振ります。
「い、いえ、そんなことは……ただ、逆もあるんじゃないですか?」
「その点についてもご心配なく。昨日も今日も対戦したのは県北チームと県南チーム……地区予選では当たりません。試合会場や結果などについても全くのフェイクをSNSに流しておきました。情報操作はバッチリです。念の為に黒子さんたちにも昨日今日の試合会場を見てもらっていましたが、他校の生徒が偵察にきた様子は全くないようです」
「そ、そうですか」
私はキャプテンが、本来健さんの身の回りの雑務などをこなすべきである女性たち、通称“黒子さん”たちを既に意のままに操っていることに驚きました。
「伊達仁グループを味方に付けたということは、“県ベスト8までに負けたら部費削減”っていうことはもう気にしなくてもいいのでは?」
マネージャーが素朴な疑問を口にします。するとキャプテンは苦笑を浮かべました。
「話し合いの中でそんなことも話題にしてみましたが……彼女曰く、『わたくし負けることが大っ嫌いですの!』ということだそうです。後ろ向きな話題は好まないようですね」
「そ、そうですか……あ、常磐野はどうでしょう?」
「Cチームとはいえ、格下の相手に辛くもドロー(引き分け)という屈辱的な事実をわざわざ喧伝はしないでしょう。よって我々は少なくとも、地区予選で戦う三校相手には優位に立つことが出来ます! と言いたいところなのですが……」
急にキャプテンのトーンがダウンします。マネージャーも同調します。
「やはり彼女ですか……」
「ええ……正直言って、今回の2試合2失点という結果は望ましくありません。このままでは地区予選でも油断は出来ないでしょう。出来れば3試合無失点は無理でも、3試合1失点位には抑えたいところです。その為には彼女の力が必要なのですが……新年度になってからほとんど顔を出していないようですね……」
「RANEも送っているんですがほとんど既読スルーです……」
「あ、あの!」
私は俯き気味の二人に声を掛けます。
「その彼女って、背番号4の方ですよね? 怪我をされているんですか?」
「い、いやそういう訳では無いんですが、色々と事情がありまして……」
「事情?」
「そうだ」
キャプテンがポンっと両手を打ちます。
「丸井さん、良かったら明日、彼女に会いに行ってみてもらいますか? そうですね、龍波さんたちも連れて行ってはどうでしょう? ……今RANEで住所送りましたから」
「はぁ……すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます……」
トイレに向かう私の後ろで何やらこそこそ話す二人。
「キャプテン……面倒事を丸井さんに押し付けていませんか?」
「ふふ、どういったケミストリーが起こるのか興味あるだけですよ」
ケミストリー⁉か、化学反応⁉一体どんな人なんでしょうか?