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第7話(2) ドタバタお宅訪問

 翌日の放課後、私たちはキャプテンから紹介された彼女に会う為に、教えられた住所に向かいました。着いた場所は立派な門構えの和風の屋敷でした。

「デッケエお屋敷だな~ここにそいつが住んでんのか?」

「うん、そうみたいだけど……」

「まあ、当家の土地に比べてみても、中々のものですわね」

「桃ちゃん、なんで健まで呼んだの?」

「う、うん、キャプテンが面白くなるかもしれないからって……」

「面白いって一体何を企んでんのよ……」

 門をくぐり、玄関先でお手伝いさんに用件を伝えると、広めの客間に案内されました。縁側からは立派な日本庭園が見えます。大きめの池には、鯉が数匹泳いでいます。

「ふむ、お庭も手入れが行き届いていますわね……」

「おおっ、あのカコンって竹が鳴るやつがあるぞ」

「鹿威しでしょ……」

 池の方に目をやると、長い竹筒がリズム良く上下しています。水が満杯になった筒が頭を下げ、池の中に水を流し、空となり軽くなった筒が元の位置に戻る際に、石を叩いて音が鳴る仕組みです。私はその様子を何気なく眺めていました。竹筒が何度目かに「カコン」と音を立てたその瞬間……

「ゴオゥゥゥン‼」

 突如として爆発音が鳴り響きました。私たちが何事かと驚き戸惑っていると、縁側からボロボロになった白衣を着て、髪型がチリチリパーマとなり、掛けているメガネが半分ズレた女性が姿を現しました。

「いや~参りましたね~想定外の反応でした……ん?」

 私たちとその女性の目が合いました。彼女は全て察したようで、特に慌てる様子もなく、

「あ~そういえば、美智さんたちが言っていた……もう少々お待ち下さい」

 そう言ってその彼女はあっけにとられている私たちの脇を通り過ぎて、廊下の奥に姿を消しました。そして約五分後、客間の襖が開き、白い上着に赤い袴を身に着けた女性が正座をして、三つ指をついて、丁寧にお辞儀をしてきました。

「先程は失礼致しました。本日はわざわざご足労を頂きまして、ありがとうございます」

 依然として戸惑っている私たちを上座に座るように促しつつ、その女性は下座に座ります。

「先程って……あの爆発女か⁉」

「髪型直っているし……!」

「奇妙奇天烈摩訶不思議……」

 皆が驚くのも無理はありません。わずか数分の間に服装のみならず、爆発コントの後のようになっていた髪型もしっかりと整っているのです。ちなみに髪色は青みがかった黒色で、長く伸ばした後ろ髪を背中で一つに縛っています。女性がゆっくりと口を開きました。

「爆発女ではなく……私の名前は神不知火真理(かみしらぬいまこと)と言います」

「神不知火……?」

 健さんは心当たりがあるようでしたが、私はそれに構わず自己紹介をしようとしました。

「初めまして、私は……」

「貴方が丸井桃さん、そちらのロングスカートの方が龍波竜乃さん、こちらが姫藤聖良さん、そして……伊達仁健さんですね。美智さん……今は緑川主将ですか、彼女とマネージャーからお話は伺っております」

「そ、そうですか、では……」

「サッカー部復帰の件なのですが、お断りさせて頂きます」

「な、何故ですか⁉」

「ベスト16進出の要だったって聞きましたよ⁉」

「その恰好、巫女さんのコスプレか?」

 真理さんは私たちを両手で制し、再び口を開きます。

「私は歴史上の偉人ではないので……質問には一つずつお答えします。まず、サッカーへの興味をかってほどには持てなくなったということ。次に16強入りしたのは私だけでなく、皆の奮闘があったからだということ。最後にこれはコスプレではありません、悪しからず」

「思い出しましたわ、神不知火家……。現代に続く数少ない陰陽師の家系ですわね」

「お、陰陽師⁉」

「知ってんのか、スコッパ⁉」

「表向きは大衆世間に人気の占い師ファミリー……しかしてその正体は多くの有力企業や大物政治家のクライアントを抱える陰陽師の一族、噂では政敵や競合会社への呪詛も請け負っているとかいないとか……」

「噂はあくまで噂です。裏も表もなく、占いが我が家の本業ですよ。例えば法人関係の方からお祓いなどを依頼されることはありますけどね、御社の関連企業様からも……」

 真理さんは健さんにニコっと微笑みます。聖良ちゃんが改めて問いかけます。

「サッカーに興味を持てなくなったっていうのはどういうことですか?」

「そうですね……私は想定外のことが好きなのです」

「想定外?」

「ええ、私がサッカーを本格的に始めたのは中3の秋頃ですが、和泉高校に入学してからは科学部と兼部しつつ、約一年間プレーしてきました。ただ、残念ながら私の想像を超えるようなことには出会いませんでした」

「全て想定の範囲内であったということかしら?」

「そうです。ということで申し訳ないのですが、今年度からは科学部に専念させていただこうと考えています。緑川主将とは子供のころからの縁なので、一応籍は残してはいますが……」

「意地悪な言い方かもしれませんけど、専念した結果があの爆発ですか?」

 聖良ちゃんの嫌味に対して、真理さんは怒らずに話を続けます。

「自慢話みたいになるので恐縮なのですが、こちらをご覧下さい」

 真理さんがスッと一冊の雑誌を差し出してきます。

「これって有名な雑誌じゃないですか」

「えっと……英語で読めないわね」

「ハア……ちょっと貸してご覧なさい。何々……『将来を嘱望される世界の若手科学者50人』ですか、貴女も写真付きで載っていますわね。成程、その筋では既に名が知られ始めているということですわね」

「さっきの爆発は確かに失敗でしたが、私は将来科学研究で身を立てたいと思っています」

「陰陽師だかは良いのかよ?」

 正座は苦手なのか、立ったまま腕を組んで柱にもたれ掛かっている竜乃ちゃんが尋ねます。

「この家は一番上の姉が継ぐことになっています。母も祖母も、私たちには好きにしろとおっしゃってくれているので。それに……」

「それに?」

「ちょっとお静かに……!」

 真理さんは話を遮って、指を唇にあてて、視線を庭の立派な松の木の方に向けます。そしておもむろに立ち上がって、両手で印を結びながら叫びます。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……破!」

 すると松の木の一番太い枝がポキッと折れました。

「ここまで侵入を許すとは……結界を強めなくてはいけませんね……」

 唖然としている私たちの方に真理さんが向き直ります。彼女は座って話を続けます。

「えっと、何でしたっけ? そうそう、私正直、非科学的なものは信じていないのですよ」

「い、いや、今! 今まさに! 何者かと戦っていたでしょ⁉」

 聖良ちゃんが庭先を指差して叫びますが、真理さんは構わず続けます。

「あともう一点、私がサッカー部で活動することを良く思わない人も居るのですよ」

「その人は……もしかしなくても理事長さんかしら?」

「そう言えば、学業最優先・文化部優遇って方針だって……」

 真理さんは遠慮がちに頷きます。

「自分で言うのもこれまた恐縮なのですが……理事長は私の入学を大変歓迎してくれました。ここだけの話……科学部には特別予算を付けてくれています」

「方針を体現してくれるこの上ない存在ですものね、それは贔屓の引き倒しになりますわね」

「さらに昨年の大会でサイドバックで起用された私はある選手との接触で右腕を骨折してしまって……勿論それが全ての原因ではないのでしょうが、参加予定だった欧米やアジアの若手研究者との共同研究プロジェクトから外れてしまって……」

「優秀な生徒の輝かしい活躍の場、ひいては我が校の名前を国際的にアピールする機会をサッカー部が奪ってしまった……と」

「キャプテンが言っていた『サッカー部は彼女の件もありますし、予算削減の対象として元々目を付けられていた』ってつまりそういうこと?」

 聖良ちゃんが呆れたように机に突っ伏します。黙っていた竜乃ちゃんが机に勢いよく手を突き、真理さんに顔をグイッと近づけて尋ねます。

「で? アンタ自身はどうなんだ?」

「え?」

「どうなんだって聞いている。サッカーのことは嫌いになっちまったのか?」

「サッカー自体は良いスポーツだと思いますよ。嫌いになったなんてとんでもない」

「じゃあ問題ないじゃねーか……ぶっ!」

「問題はそう単純なものではありませんわ、竜乃さん」

 健さんが扇子を広げ、竜乃ちゃんの顔に押し付けます。

「要は、こちらの神不知火真理さんが“退屈”を感じてしまっていると……。つまりわたくしたちが“想像の遥か向こう側”に位置する人間だと示せば良いのですわ!」

「な、なるほどな!」

 な、何か話がむしろややこしくなっている気がする様な……。

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