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 土曜日の朝から、珠雨はばたばたしていた。
 先日微妙な展開になって、今後どうなるのかわからず気が重かった禅一をよそに、その日珠雨は普通に大学から帰ってきて、普通にバイトして、普通に日々が過ぎていった。もう二週間くらい経つ。
 夢だったのではないかと思うほどの、普通さだった。

「禅一さん、今日俺、環奈とプール行って来るんで」

 いつの間にか「環奈」と呼び捨てにし、仲良く二人で出掛ける関係になっている。なんなんだろうと疑問に思いながらも、それがどういう種類の付き合いなのかを、禅一は深く追求しないでいた。藪蛇になるのが嫌だった。

「プールって、雨降ってるのに?」
「屋内の。禅一さんも来ます?」
「え、行かないよ……店あるし。珠雨、水着買ったの?」

 それがデートだったら禅一を誘ったりはしないだろう。友達として遊んでいるようだ。

「環奈と選んで……見ます?」
「見てもいいのなら」

 少し意外だったが、なんとなく見せたい気配を感じ取って軽く返事したところ、珠雨はいきなりシャツのボタンを外し始めた。

「――ちょ」
「禅一さん、中にもう着てるんです。ほら」

 思わず目を逸らした禅一に笑って、珠雨は既に服の下に着ていた水着を見せた。まだ日に焼けていない肌が目に毒だ。

「か……可愛い系で意外だよ。でも似合ってる」
 競泳水着でも出てくるのかと思ったら、ビキニタイプだったのでびっくりした。
「どきどきしました?」
「珠雨……僕をからかって遊んでる? 水着を中に着てくのは全然構わないけど、着替えの下着を持っていくのは忘れてないよね?」
「あっ! そうだった、忘れてた……気づけて良かった」

 シャツのボタンを留めながら、珠雨は慌てて二階の自室に戻っていった。


 珠雨が出掛けるのと入れ違いで麦がやってきたので、のんびりとヒトエを開店させた。そろそろ梅雨明けだが、相変わらずはっきりしない天気だ。
 土曜日なのでそこそこの集客はある。しかし麦が良く動いてくれるので、少し暇になると禅一はすぐにカフェの仕事から脱線して、洋書をめくり出す。

「さっき外で珠雨さんと会いましたけど、なんか雰囲気変わりましたよね」
「え、そう思う?」
「全体の雰囲気が柔らかくなったかも。……あれ、恋ですかね? 今日デートって言ってました?」
「プールだってさ。僕も誘われたからデートではないと思う」

 ちょっと疲れてきて、本から目を離す。買い替えたばかりの眼鏡が合わないわけではないが、どうしようもない倦怠感に襲われる。

「あれ……禅一さん、なんかだるそうですね。てゆーか、たまに物凄くだるそうになりますよね。持病でもありますか?」
「あー……だね。病院行くの忘れてた。ちょっと行って来ていい?」
「えっ、マジで具合悪いんですか? 行ってきてください」
「一人で大丈夫?」
「――まあ、なんとかなるでしょう」

 麦は大袈裟に自分の胸を叩いてみせた。
 病院には定期的に行く必要がある。
 倦怠感の原因は男性ホルモンの減少だった。自分で作れないから定期的にテストステロンの投与をしなければならない。大体一ヶ月前にも行ったが、もう少し期間を短くするよう担当医から言われていた。

(もうやだ。面倒臭いこの体)

 ヒトエを麦に任せてバスに乗り、かかりつけの病院へ向かう。持ってきた読みかけの洋書に視線を落としていたが、ふと眠くなってきた。

(少し、寝ようか……)

 体力が保てない。
 だるくて、眠くて、どうにかなりそうだ。

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