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(3)

 昼休み、鍵を借りてきて校舎二階の演劇部部室に向かう。どちらかと言えば引っ込み思案だった環奈が、自分を表現する為に中学生から演劇を始めた。今は副部長をしているが、三年生が引退したら部長は誰がやるのだろうか。副部長はくじ引きで決めたポジションだが、部長の選出には副部長が優先されるらしい。それを思うと憂鬱になる。
 けれどこれから始まることは、更に憂鬱だった。

「あ、爽多くん……早いね」

 鍵を取りに行っていた環奈よりも先に、部室の前で爽多が待っていた。弁当の入った袋を下げ、突っ立っている。爽多の立ち姿は目立つ。バスケ部だけあって背が高いし、がっしりしている。

(いや、背が高いからバスケ部に入った……のか。バスケやったら伸びるわけじゃないもの)

 どうでも良いことを考えながら、鍵を開けて部室に入る。小道具の類いがたくさん仕舞ってある。

「とりあえず食べちゃお」
 食べながらするには消化の悪い話だ。
「環奈ちゃん、弁当って自分で作るの?」
「んーママだよ。あたし朝は弱くって無理。いっつもギリギリまで寝てるの」

 ここで女子力アピールなどしてはならない。母が作ってくれているのは本当だが、残念な女子を演じ、爽多の気持ちを少しでもがっかりさせたい。その上で断れば、なんとかなるだろう。

「爽多くんのお弁当おっきいね。それ全部食べられるの?」
「全然ヨユー。部活やってると夕飯まで持たねえし」

 食べ終わるまでは返事を貰えないと思ったらしく、爽多は目の前の弁当を豪快に胃の中に収めている。そんなにのんびりもしていられないので、環奈も早目に食べてしまうことにした。


 ふと窓の外を見る。窓際に置かれた小道具の隙間から、梅雨空がどんよりと広がっていた。

「爽多くん、あのね。あたし爽多くんとは付き合えない」

 なるべく簡潔に、結論だけを言ったつもりだった。しかし爽多は空になった弁当箱をその辺に置くと、斜め上を見上げて考えるようなポーズを取る。

「えっと、俺まずは試合見に来てって言ったじゃん? それから考えてくれない? 俺の勇姿を見たら、絶対好きになるはずだから」

 なんだろうか、この自信は。
 爽多を好きな子だったなら、ここで格好いいとか思ってしまうのだろうか。しかし環奈はこの科白に激しい拒否反応を示した。

「――無理、そういうの」
「えっなんで?」
「本当にごめんなさい。あたしと爽多くん、噛み合わないもの。試合は見に行けない。だから、もっと爽多くんに合う子、見つけ……」

 急に腕を引かれて、体ごと持っていかれる。

「なんで人の話聞かないんだよ」
「やめ……」

 怖い。
 他に誰もいない部室で、話すのは良くなかった。この前のように人の目のある場所で会うべきだった。

(嫌だ)

「俺の話聞けって」
 強く手首を掴まれて、頭が混乱する。何を言われても冷静になどなれない。
「離して!」

 あまりにも必死な環奈の叫び声に、爽多は我に返ったようだった。力が弛み、体の自由が戻る。弁当箱を入れたバッグもそのままに、環奈はその場から逃げ出した。
 心臓が早いのは走ったからではない。爽多への恐怖からだった。

(やっぱり無理……男の子怖い……)
 ぼろぼろと涙が溢れ、廊下にしゃがみこんだ。

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