第87話 八つ当たりのすえ
感覚を慣らすという言い訳の元、僕達は深層部で上位魔獣を乱獲した。巨躯を誇る、強力な魔法を放つ上位魔獣の体躯を、スルリと、まるで温めた柔らかいバターを熱したナイフで切るより簡単に切り裂き、首を落とす。次から次と見つける度に切り伏せた。そして夜は当然にいつものルーティンで僕が先に3時間休み、残り朝までを僕が見張りに付く。散々に狩ったからか僕たちが休んでいる近くに魔獣は現れなくなった。これは一種の魔獣の空白地帯を作ってしまったかもしれない。そうは言ってもそのうちまた別の魔獣がそこに入り込みテリトリーとするだろう。そうして5日ほど狩りを行い。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
ミーアの表情も少しはマシになっていた。やはり、集中せざるを得ない状況や身体を動かすというのは辛い現実から少しだけでも遠ざけてくれるようだ。連れ出してよかったなと僕は胸をなでおろした。
そして今回の狩りという名の魔獣への八つ当たりデートでは結構な数の上位魔獣を狩ったけれど、新しい魔法の鞄は全て収納してなお余裕があり以前のように木を切って搬送器を作らなくても良いし全部持ち帰られるので僕たちは結構楽を出来ている。
「新しい魔法の鞄、結構良いね」
「全部持って帰られるのは新鮮な感じするわね」
「お値段も最上だったけどね」
「お金なんて持っていても仕方ないもの」
「そうだね」
微妙に胸の中に棘を刺すそんな話をしながら僕たちは帰り支度を済ませる。
「僕の探知に、ここしばらく魔獣が引っかからないんだよね」
僕の言葉にミーアがクスクスと小さく笑いながら
「狩りすぎて魔獣の空白地帯作ちゃったかしら」
そんな笑顔にもうっすらと影が差し、以前の屈託のない笑顔との違いに僕の心はどうしてもざわついてしまう。それでも僕は気付かないフリをして。
「そうかもね。かなり沢山狩ったからね」
「ギルドが大騒ぎになるわねきっと」
「ああ、ホセさんやノエミさんの泣き顔が見られそうかな」
もちろんこんな雑談をしたのは魔獣の空白地帯らしき状態を作ってしまったその場所でだけで、あとの帰路では無駄な戦闘を避けるために探知と目視での魔獣の痕跡の確認を併用したうえで最低限の言葉しか発することなく森を抜けた。ここからエイリヤまでゆっくり帰っても3日くらいのものだ。
エイリヤに帰り着いた僕たちは、まず屋敷に戻った。少しだけではあるけれど元気を取り戻したミーアの顔をグラハム伯に見せたいと思ったから。ただ忙しい人ではあるので不在かもしれないとは思いつつ屋敷に戻った。
幸いなことにグラハム伯は屋敷にいて執事のジェラルドさんと何か打ち合わせをしていた。
「ただいま帰りました」
「おお、お帰り」
そこまで言ってグラハム伯はミーアの様子に気付いたようだ。
「少しは気分が晴れたようだな」
暖かい笑顔を向けてくれた。
「魔獣の空白地帯い。お前達は何をしたんだ」
グラハム伯の叫び声などそうそう聞けるものでは無い。
「いえその、思いのほか身体の動きがよかったもので夢中になってしまいまして」
僕の言葉に、呆れたような声を返すグラハム伯。
「夢中と言ってもな、お前たちの暴れてきたのは深層だろう」
「まあ、一般的にはそう言われているようですね。実際にはもっと奥もありますけど」
「いや、それ以上言うな。その奥など人の関わることのできる領域ではないだろう」
「僕とミーアならまだ行けそうですが」
「いや、行かなくて……。まあ辺境伯という立場からすれば深層の更に奥の様子を知ることができるのであれば助かるのは確かだが。ふむ、そうだな二人が大丈夫だというのであれば、近いうちに一度調査隊の派遣に協力してもらえると助かる」
「ええ、良いですよ。もう今となっては僕達の能力も隠す必要は無いですからね」
「で、話を戻すが、深層でいったいどれだけ狩ったのだ」
グラハム伯の問いかけに思わず顔を背ける僕とミーアだったけれど、何も言わないわけにはいかず。
「50体から先は数えるのやめました」
「それは何日目だ」
グラハム伯の追い打ちに目が泳ぐ。
「2日目の朝」
おずおずと答える僕に
「で、向こうで何日狩りをしたっていったか」
「5日です」
もうすでに僕は投げやりになっている。
「で、獲物は例の新しい鞄の中か」
僕とミーアがうなずくのを見て。
「ギルドマスターが泣きそうだな」
と悪い顔でニヤニヤと笑うグラハム伯。
「それでは、僕達は今回の狩りの獲物をギルドに卸してきます」
ふと見るとミーアが僕の顔を見て何か言いたそうにしている。
「ミーアどうかした」
「あたしたちが調査隊に同行するのはいいけど。先に2人で魔獣の大体の強さくらいは確認しておいた方がよくないかな。あたしたちだけなら逃げられても、調査隊と一緒だと逃げられないこともあるだろうから」
「ああ、そうだね。どのあたりまでなら問題なく行けるか、予備調査とでもいう感じで一度先行しようか」
ミーアと顔を見合わせて頷きあった。