第86話 悲しい魅力
エイリアを出発して6日、僕達は森の深層にいる。常に探知を展開しながら目でも魔獣の痕跡を探す。割と魔獣の影が濃い。深層域でこれだけ魔獣の影が濃いのは珍しい。少し嫌な予感を感じながらも『このあたりからで良いか』とハンドサインでミーアに戦闘開始の合図をする。ミスリルの剣にしろオリハルコンコートの剣にしろ多少の燐光を放つため魔獣の気を引くことがある。そのためこういう狩りの際にはギリギリまで鞘に収納したままターゲットに接近する。今回最初の獲物は3体の群れを作っている熊型の大型魔獣ホワイトバック。魔法は使わず素早い動きと上位魔獣の中でも膂力に優れ防御も硬い物理型の魔獣だ。僕とミーアは目を合わせ頷きあい。風下から足音を抑え駆け寄る。ギリギリで剣を抜き僕は右、ミーアは左側の魔獣に切りかかる。最初から決めてある、今回の遠征は狩りではない。僕とミーアの不満をぶつける八つ当たりが目的だ。だから弓は使わない。接近して俗にいう「物理で殴る」で討伐する。
オリハルコンコートのブロードソードで魔獣の腕を薙ぐ。以前なら大きく傷を与えるに留まったその斬撃がホワイトバックの腕を一刀のもとに切り飛ばす。ミスリルのハンド・アンド・ハーフソードの一振りで首が落ちる。チラリとミーアの様子をみるとミーアの剣も一刀のもとにホワイトバックを切り伏せていた。そして最後の1体のホワイトバック僕とミーアが左右から剣を振るうとミーアの剣の一振りで首が落ち、僕のブロードソードによる切り上げで胴が二つに分かれた。
3体のホワイトバックが完全に死んでいるのを確認し、探知を全開で展開する。少なくとも僕の感知できる範囲に魔獣の反応が無い事を確認したうえでミーアにそれでも小声で話しかける。
「なあ、ミーア。なんか感覚が違わないか」
「あたしも、そう思った」
「ミスリルの剣やオリハルコンコートの剣ってこんなに切れたか」
「でもさ、あたしたちがミスリルやオリハルコンコートの剣を使ってたのってもう何年も前よね。それから今までの間に何かあったかしら」
「いや、何かはありすぎるほどあったよね。でもまあ多分一番の理由は師匠かな」
「師匠に付いて鍛錬の毎日。そして師匠に認められて上位魔獣中心のスタンピードを抑えて。南部のあいつらを殲滅して。あたしたちほど高度で濃密で質量の伴った経験をした人間はいないよね」
ミーアの言葉に僕は右手を顎に添え、ちょっと考えて
「試しに次はオリハルコンの剣を使ってみよう」
そう提案し、オリハルコンの剣に装備しなおす。倒したホワイトバックの5メルドを超える亡骸を魔法の鞄に収納し次の獲物を探す。次の獲物は何度か倒したことのあるスキューレだ。基本単独で活動する上位魔獣。魔法も使い多足タイプのため転倒もしずらい。膂力もある上位魔獣の中でも更に上位に分類される魔獣。探知により周辺に他の魔獣が居ないことを確認し、風下から接近する。スキューレが風上を向いた、その瞬間を逃すことなく静かに駆ける。僕とミーアがオリハルコンの剣を鞘走らせる。6本ある腕を切り落とす。スルリと抵抗らしい抵抗もなくオリハルコンの剣を振り切る。
「ぎゃあぁだぎょおぉおお」
スキューレが痛みに怒りをのせて叫ぶ。次は足を狙う8本ある足のうち2本を同時に切り飛ばしてしまった。やはり切るときの抵抗はほとんど感じない。
そういえば師匠が最後に言っていた。あれは
『私が教えられるのはここまでだ。あとは心の力みが取れたとき、お前達は完成するだろう。そして、その時には私などには手の届かないところにまで行き着くことだろう。が、その時が来ないことを心から祈るよ』
『なんですかそれ。完成するのがよくないみたいじゃないですか』
『そうかもしれんな』
それっきり師匠は黙ってしまった。その表情はとても昏く失ってはいけないものを物を失った悲しみに耐えるようで……
そこまで思い出したときには僕のハンド・アンド・ハーフソードがスキューレを真っ二つに切り裂いていた。
「こっちだと上位魔獣をまるで抵抗なく素振りと変わらないような手ごたえの無い勢いで切れるな」
僕は師匠の言葉を心の底に沈めミーアに声を掛けた。
「そうね、びっくりした。相手が多いとこんなこと気にしてる余裕が無いからいつからこんなだったのか分からないけれど」
「ああ、そうだな。あれ、僕達ってまともにっていうか普通の魔獣狩りって最後にやったのいつだ」
僕が考えこんでいる横でミーアも思い出そうとしていて
「一応はスキューレ・アンデッドかしら」
しまったと思ったときには遅かった。
「あの時もあっという間に討伐できたわね。考えてみれば上位魔獣のアンデッドを瞬殺している時点でまともじゃないけれど」
それでも思ったよりは冷静な反応で安心した。
「でも、あの時はまだもう少し手ごたえを感じながら切ってたよ。少なくともここまで違和感を感じるほどの差ではなかったと思う」
実は僕の中に一つだけ仮定がある。それが正しいとするなら。僕もミーアもまだ完成していない。きっとそれでも完成までの9割までは来ている。そしてきっと完全な完成に至ると、それはきっと破滅と背中合わせの完成なのだろう。
僕は頭を振って仮定を頭から追い出した。そして自分でも思ってもいない仮定を口にする。
「あれから万を超える騎士団を相手にしたからね。その間に最適化されたとか」
「そういうこともあるのかしらね」
「そうは言っても、原因はともかく結果として今僕達の剣技はこういう状態だっていうのは変わらないからね。別に害があるわけではないかな。ただ、感覚を早く慣らさないといけないかな」
「そうね、そういう意味でも今回のデートはちょうどよかったね」
薄く笑い片目を瞑ってみせるミーアに以前とは違った影のある魅力を感じた。しかし、それは悲劇を背景とした悲しい魅力で僕の心の一番柔らかいところに見えないナイフを突き刺してきた。