第二十四話『早朝の来訪者と黒い影の話』 本文編集
かなりの夢見の悪さのせいで、俺は暗い時間に目を覚ました。感覚的には二日前に見た悪夢のようだが、相変わらず内容を思い出せないのが気持ち悪かった。
(……ちょっと飲み過ぎたかな。水でも飲んで落ち着こう)
時計を見てみると時刻はまだ朝の五時ごろで外は夜のようだ。隣にいるエリシャとルインを見ると、シーツにくるまって身を寄せ合いぐっすりと眠りについていた。
二人を起こさぬよう気を付けてベッドから出ていると、突如家のチャイム音が耳障りに鳴った。最初はイタズラかと思ったが、音は収まることなく連続で続いた。
「ん……、んぅ? パパ、このおと……なぁに?」
さすがにルインが目を覚ましてしまい、俺は「大丈夫だ」となだめて自室の扉に向かった。意外にもエリシャは起きず、鳴り響くチャイム音に眉をひそめ身じろぎしていた。
(連日色んな出来事があったから、さすがにエリシャも疲れるか)
今日の朝食は俺が作ろうと思いながら、リビングを通って玄関口へと向かった。危険人物の可能性もあるので最低減の警戒をしていると、身体の奥で魔力的な力がボゥと湧き上がるのを感じた。
(もしかして、これが女神の加護か? 俺が危険を感じたから使えるようになったってところか……?)
試しに魔力を使う要領で手に力を集めてみると、その部分がうっすらと金色に光り出した。これがどれほどの力を持っているのか分からないが、少なくても自分の身を守るぐらいはできそうだと俺は直感で判断した。
「さて、それじゃあ開けてみるか」
未だチャイム音は鳴り響いており、近所迷惑にもなるので鍵と扉を開けた。すると転がり込むようにして、とある人物が部屋の中に入ってきた。
「――――煉太! 頼む、助けてくれぇ‼」
「……は? どうした、拓郎?」
涙目で床に突っ伏し、必死に俺のズボンの裾を引っ張っているのは、昨夜出会ってすぐ別れた拓郎だった。
突然家に現れた拓郎は、終始何かに怯えた様子を見せた。さすがに尋常じゃない事態だと判断し、とりあえずリビングに案内して話を聞くことにした。
「ほれ、茶だ。飲めば少しは落ち着くだろ」
「おっ、おう……助かる。あー……ずっと外にいた疲れが消えるようだぜ」
「……それで、いったい何があったんだ?」
俺もテーブルに座って話しを聞くと、拓郎は目線を俯かせて話し出した。
ことが起こったのは昨夜で、場所は離れたとこにある自然公園での出来事だった。そこで拓郎は正体不明の黒い影と遭遇し、あと少しで襲われるとこだったという。
「やばい殺気を感じてさ、正直殺されるって思った。自分でも荒唐無稽な話だと分かってるけど、本当に起きたことなんだぜ」
「一応聞くが、その黒い影って黒づくめの不審者とかではないんだよな?」
「必死だったから絶対はないけど、あれはそういうのとも違う気がしたなぁ」
「…………なるほど」
ほぼ間違いなく、拓郎が遭遇したのは魔王だ。見たところ怪我などはしていないので良かったが、状況によっては最悪の事態になっていた。
(やっぱり、早い段階で対処する必要があるな。前回は無人の会社を焼くに留まったけど、今度は町そのものに狙いを定めてもおかしくない)
そんなことを考えていると、拓郎が意外そうな顔をして俺を見た。
「馬鹿にされてもおかしくないのに、ちゃんと考えてくれるんだな。へっ、お前という友人を持てて、俺も鼻が高いぜ」
「ばぁか、全部を信じたわけじゃねぇよ。それより疑問だったんだが、お前は何でそんな深夜に自然公園でうろついてたんだ?」
「あー……、それには海よりも深い事情があってさ」
バツの悪そうな顔で、拓郎は昨夜の出来事を付け加えた。あの夜俺たち三人を見た拓郎は、敗北感で夜の町を無心に走っていたらしい。そして立ち寄った自然公園で出会った女性にナンパし、フラれた直後に事件は起きたとか。
「ナンパって……、そんな夜遅くにやったのか? もしお前が女性好みの男性だとしても、さすがに失敗するだろ」
「……あの時の俺はおかしかったんだよ。俺だってやれば彼女ができるって、そう考えちまった。だから罰が下ったのかもしれない……」
「警察に捕まらなかっただけマシと考えるべきかもな」
話をしている内に拓郎も調子が戻り、話し口調も普段通りの軽薄さに戻ってきた。
自室にいるエリシャとルインの存在は気づかれたくなかったので、ここいらで一旦帰ってもらい後日話を聞くことにした。……いや、したかった。
「あー、何だか腹減ってきちゃったな。煉太、カップ麺でいいから作ってくれよ」
「俺は二度寝するから、そろそろ帰ってくれないか?」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。あのすげぇ美人な彼女についても、ちょっとぐらい話てくれてもいいだろ? 一緒に子どももいたけど、まさか子持ちか? お前もすみに置けないねぇ」
拓郎は完全にくつろぎ状態に入り、テーブルに根を張ってしまった。どうこの場を切り抜けようか考えていると、拓郎が気になることを喋った。
「あっ、そう言えば夜のことで一つ言い忘れた。俺があの黒い影に襲われそうになった時、誰かが早く逃げてって注意を引いてくれたんだっけ」
「え、その人は大丈夫だったのか?」
「それが声だけ聞こえたから、姿はよく分からないなぁ。ただ綺麗を声の女性だったのは確実だよ。他には……、走ってる時に起きた緑色の光とか気になるかな」
綺麗な声と緑色の光と聞き、俺の脳裏にはエリシャの顔が浮かんだ。まさかと思いながら空になった湯呑茶碗を片付けていると、ふいに自室の扉がキィと開いた。
「……レンタ、もう朝ごはんの準備ですか?」
そう言い現れたエリシャは、かなり眠そうにあくびをついていた。何故か服装は下着姿に俺のワイシャツを着ただけで、かなりきわどい状態だ。さらにルインもいて、エリシャの背後からひょっこり顔を出してリビングの拓郎を見ていた。
「パパ、おきゃくさん?」
「あー、いやこいつはだな……」
「ママ、ちゃんとおようふくきないとだめだよ」
ルインは寝ぼけエリシャの手を引き、自室の扉を閉めてくれた。そのしっかり者な姿に感心していると、拓郎がカタカタと身体を振るわせて俺を見てきた。
「なっ、なななななぁ。いっ今俺の聞き間違いじゃなきゃ、パパとママって言ったよな⁉」
「ははっ、気のせいだろ。それより、もう一杯茶飲むか?」
「いらねぇよ! えっ何お前、あの子彼女じゃなくて嫁さんだったのかよ⁉」
言い訳をしようとしたが、上手く切り抜ける方法が思いつかない。俺が返答に詰まっていると、その反応で確信したように拓郎が叫んだ。
「――――ちくしょう! この世は理不尽だぁぁあぁぁっぁぁあ‼」
昨夜の焼き直しのように、拓郎は絶叫を上げながら外へ走り去っていった。さすがにもう明るくなってきてるので危険は少ないだろうが、一応何も無いことを願っておいた。
「あれ、レンタ。さっきの方はどちらに……?」
ちゃんと部屋着に着替え、エリシャはルインを連れて現れた。もう完全に起きたようで、顔立ちはハッキリとしている。俺は拓郎から聞いた話を思い返し、昨夜のことをエリシャに質問することにした。
「エリシャ。昨夜はどこに行ったのか、ちゃんと説明してくれるよな?」
すべて分かっていると俺は口調と態度で示した。エリシャは最初こそ誤魔化そうとしたが、すぐに観念した様子でしょんぼりした顔を見せた。