第二十話『ショッピングモールと始まりの交差点』
駅からタクシーに乗り、俺たちはアパート近辺のショッピングモールに着いた。エリシャとルインの鞄類の購入が主な目的で、他に入用な物があれば揃えるつもりだ。
「ふふふ……。自動車というのも、また強敵でした…………」
エリシャは電車と同じ状態でぐったりとし、近くの壁にぐったりと寄り掛かっていた。タクシーの運転手の手前平静を装っていたが、かなりの精神力を使ったようだ。
「中に座れる場所があるし、休むならそっちの方がいいぞ」
「いえ、これ以上の醜態は晒せません。すぐに……すぐに歩いてみせます」
「……そっか、あまり無理はするなよ」
ぐったりエリシャを見守っていると、ルインが「えっと、えっと」と考え事をしていた。そして何か思いついたように顔を上げ、エリシャの前に立ってガッツポーズをした。
「ママ、がんばろ。おー、だよ」
「……ルイン、もしや私のために?」
「スズカがね、ゆうきのおまじないっていってたの。ママ、だからげんきだして」
「――――っ、なら頑張らないといけませんね!」
ルインのエールに鼓舞され、エリシャは気を振り絞って歩き出した。
ショッピングモールの中は結構な賑わいだった。真新しいものばかりだからかルインがはしゃぎ、それをエリシャが注意していた。けれど内心ではエリシャも興味があるようで、辺りの店をチラチラと見ていた。
「エリシャ、何か気になる場所でもあったか?」
「そうですね……。どの店も私にとっては見慣れないものなので、どういう用途のための商品なんでしょうかと考えてました」
「まぁアルヴァリエ基準で考えれば、必要そうにない物も多いからな」
視界の端には枕の専門店があり、店頭に並んでる物は結構いいお値段だ。他にも流行グッズがメインの雑貨店や、スポーツ用品を取り扱っている店など、異世界暮らしでは想像もつかない品物が盛りだくさんだ。
気になるなら寄ろうかと提案しかけたところで、エリシャにおんぶされたルインがうつらうつらと船をこいでいることに気づいた。午前中はだいぶ歩いたし、昼食も摂ったばかりなので、そろそろルインはお昼寝をする頃合いだ。
「……早く買い物を済ませるか」
「えぇ、そうですね」
俺はエリシャの手を引き、人混みの中を縫って進んだ。
先に鞄の専門店でエリシャが気にいった物を買い、次はルインのために児童服売り場へと向かった。並ぶ品々は相変わらずカラフルで、どこから手を付けたものか悩む。予想通り鞄やリュックもその区画にあり、ルインにどれがいいか選ばせることにした。
「時間はあるし、焦らず選ぶといい」
「いいの? わっ、どうしよう」
さっきまでの眠気は吹き飛んでようで、ルインは並んでいる商品に目を光らせていた。そして俺の隣にいたエリシャの手を引き、二人でどれが良いかと真剣に話し合っていた。
(……ここに二人を連れてくることが、こんなに早くできるなんてな)
二人にとっては文字通り別世界なので、出掛けられるのはもっと先になると思っていた。来週にはどこへ行こうかと考えていると、ルインが商品を持って走ってきた。
それは一見するとただのぬいぐるみのようで、デザインは小さな悪魔をモチーフにしたアニメのマスコットに見えた。頭の両脇にはルインと似た巻き角があったので、そこが気にいった理由なのかもしれない。
よく見てみると、背の辺りには柔らかい生地のシュルダーハーネスがあった。どうやら頭部分が開く設計になっているようで、中は狭いながらも収納スペースになっていた。
「あまり物は入らないけど、ルインはこれがいいのか?」
「…………だめ?」
「うーん、エリシャはどうだ?」
「実用性はあまりなさそうですが、ルインが使う物ならばいいかと。見た目はかわいいですから、気に入るのも分かりますし」
エリシャからの援護を受け、ルインはコクコクと首を縦に振っていた。
「まぁいいって言ったのは俺だし、今回はこれにするか」
「やった、やったぁ!」
ルインはピョンコピョンコと跳ね、ぎゅっとぬいぐるみリュックを抱きしめた。
そうして目的の品といくつかの買い物を終え、俺たちはようやく帰路についた。ルインは背にリュックを背負い、満足そうな顔で眠りについていた。
普段通りの帰路に向かう途中で、俺は一つ思いついて道を変えた。目指す場所は異世界から戻ってきた最初の夜に、皆で倒れていたあの交差点だ。
五分ほど寒空の下を歩いていき、俺たちは離れた位置からその場所を眺めた。
「……ここが、私たちが初めて転移してきた場所なのですね」
「あぁ、正確にはあそこの白い線が引かれた横断歩道ってところだ。その時はもう一人女子高生が倒れてて、エリシャとルインを見て驚いていたな」
「……もう一人? レンタ、そのジョシコウセイとはいったい何でしょう?」
簡単に女子高生の説明をし、黒いセーラー服の外見も伝えた。するとエリシャは真剣で怖い目つきをし、何かを考えるように交差点を見つめていた。
「エリシャ、ここに気になるモノでもあったのか?」
「いえ、ここには特に。……ただ今の話が少し引っかかりますね」
最後の方の声は小さく、エリシャが何と言ったか分からなかった。そして聞き返そうとした瞬間、強い風が吹いて雪が冷たく肌に当たった。
「――――っ、だいぶ荒れてきたな。ルインも風邪をひくし、もう帰るか」
信号ランプが赤から青に変わり、俺たちは横断歩道を渡ってアパートを目指した。
帰宅してすぐにルインを寝かせ、俺とエリシャは午後の時間をゆったり過ごした。そろそろ夕飯の準備を始める頃だと思いつつも、疲れで立ち上がるのが億劫だった。
(やっぱり仕事をしてないと身体がなまるな。実際金の問題はずっと付きまとうし、仕事を続けるかも決めなきゃなんだよな)
先輩との話では、関連会社に移された後は以前と別の業務を任される可能性が高いらしい。見知った仕事仲間も少ないようで、今が辞め時ともいえる難しい状態だ。
どうしたものかと悩みながら時間を浪費していると、テーブルに置いたスマホから着信音が鳴った。画面には会社でお世話になってる竹田先輩の名が映っていて、俺はすぐにソファから立ち上がって通話ボタンを押した。
『よう、レンタ。今暇か?』
「今はそうですね。もしかして、会社関係の話に何か進展でもありましたか?」
『会社関係なのはそうだが、単純に色々と話そうと思ってな。仕事のこととか互いの子どものこととか。まぁ単刀直入に、今から飲みに行かないかって誘いだ』
申し出はとても嬉しかったが、ルインとエリシャを置いていくのが心配だ。すると俺側の問題は想定していたようで、先輩は意外な提案をしてくれた。
『もしレンタが良ければだが、飲みに息子と家内を連れてこうと思ってな。もちろんその時は、お前も子どもを連れてくるといい。時間も早ければ問題ないだろ?』
「……それは、悪くない考えかもしれません」
『知り合いの飲み屋に、家族での来店を推奨してるとこがあるんだ。場所もお前の家の近くだから、帰りは歩いて帰ることができるぞ』
俺個人としても、これからの生活について色々とアドバイスを聞きたかった。電話でも相談はできるだろうが、直接顔を合わせた方がスムーズに話しやすい。
俺は視線をエリシャに向け、飲みについての事情を説明した。そして一緒に来ないかと言ってみると、迷いはしたが「行きます」と言ってくれた。
「――――では先輩、もう一人参加者が増えても構いませんか?」