第十一話『一緒の夕食と皆でお風呂』
アニメを見て皆で時間を潰し、ようやく夕食の時間となった。
炊き立ての白米を平皿によそい、そこに熱々のカレーを乗せた。火傷すると危ないのでルインの分は少し冷まし、それぞれの目の前に置いてあげた。湯気と共に食欲をそそる香りが沸き立ち、二人はゴクリと喉を鳴らした。
「よし、こんなもんか。それじゃあ二人とも、手を合わせて……いただきます」
「うん、イタダキマス!」
「イタダキマス」
片言ではあったが、エリシャもルインも同じように日本語で言ってくれた。その行為に何とも言えぬ嬉しさを感じていると、カレーを食べたルインがくりくりとした目をさらに大きくし、幸せそうな笑顔を見せてくれた。
「パパ、ママ。このカレーってすごくおいしいね!」
「そうか、ルインは気にいってくれたか。エリシャはどうだ?」
「不思議な味ですね……、アルヴァリエに似たような食べ物がないので比較できませんが、とても美味で驚きました」
二人の反応が良かったので俺も食べてみたが、久しぶりにしては中々の出来だ。野菜は固すぎず柔らかすぎずといった具合で、肉も歯切れよい仕上がりになっていた。甘口のルーが思った以上に美味しかったのも嬉しい誤算で、これからも使っていこうと決めた。
「まだまだたくさんあるから、好きなだけ食べていいぞ」
俺がそう言うと、二人は空になった皿を一緒に差し出してくれた。
夕食を終えて食器を片付け、寝る前に風呂へと入ることにした。
一通りの準備は俺が済ませ、湯を入れている内にシャワーの使い方をエリシャに説明した。俺が一緒に入るわけにはいかないので、ルインのことを頼むつもりだった。だがルインは二人だけでなく、俺も含め三人で入りたいと言い出した。
それは無理だと説得しようとしたが、俺はルインの不安そうな眼差しに気づいた。
(……二人になったら、俺がどこかに行ってしまうとか思ってるのかな)
実際のところ、俺たちが揃って生活を始めてから半日も経っていない。ルインは俺とエリシャをとても気に入ってくれたようだが、まだ心の深い部分では信用しきれていないのかもしれない。それは幼い子どもならごく自然な反応で、だからこそ答えに困った。
叱ってでも断るべきか、それとも別の妥協案を探すか。どちらにすべきか迷っていると、隣にいたエリシャが意外な助け舟を出してくれた。
「実際に使いながらの方が分かりやすいですし、ルインも安心すると思います。……私としてもレンタになら、その……身体を見られても大丈夫です」
最後の方はかなり小声だったが、おおよその内容を理解できた。俺がポカンとしてるとエリシャは頬を赤くし、恥ずかしさに耐えながら涙目でじっと見上げていた。
「…………じゃ、じゃあ、三人で入るか」
ルインがいてくれるので理性を保つことは可能だろう。俺は魔王との決戦時以上にバクバクと脈動する心臓の音を聞き、風呂までの時間を落ち着かぬまま過ごした。
ニ十分ほどで風呂は出来上がり、予定通り三人で入浴することとなった。まずエリシャとルインが脱衣所に入り、二人が風呂場に入ったところで俺も中に入ることにした。
しかし扉一枚の先に裸のエリシャがいると考えると、身体は固まって動かなくなってしまった。このまま回れ右してリビングに戻ろうか往生際悪く考えていると、突然風呂場の扉がガラリと開いてキョトンとしたルインが姿を現した。
「パパ、はやくおふろにはいろう?」
「…………はい、行きます」
俺は色々な感情を消し、二人の元へと足を踏み入れた。
この部屋の風呂場は独り暮らし用にしては大きく、大人二人子ども一人でも座れるスペースがちゃんとあった。浴槽自体も大き目なものなので、元々は家族向けに設計されたアパートだったのかもしれない。
(……ずっと俺一人だった場所に、今はエリシャとルインもいる。今でも夢を見ているような気分だな)
エリシャは俺が教えたシャワーをきちんと使いこなし、ルインのふわっとした髪を丁寧に洗っていた。それを浴槽からじっと見つめていると、背中越しに見えるエリシャの翡翠と黄金の髪がぼうっと光を増し始めた。
「その……、レンタ。あまり見られてしまうと、とても恥ずかしいのですが……」
振り返った顔は真っ赤で、俺は慌てて湯船に顔を沈めた。
「ごっ、ごめん。何だか特にやることもなくて……その」
「いっいえ、別にそれが嫌だというわけではないのですが」
二人でわたわたとしていると、ルインが顔に泡をつけた状態で「どうしたの?」と無垢な疑問を投げた。俺は慌てながらルインの髪が凄く綺麗だと話していたことにした。
さすがに三人で浴槽に入るのは窮屈過ぎるので、エリシャとルインが入るタイミングで俺が髪を洗うこととなった。入れ替わりの瞬間には目を閉じていたが、どうしてもエリシャの身体が目に入ってしまって困った。
「あのさ、ルイン。今日は俺も入ったけど、明日からはどっちかだけとお風呂に入ることにしないか。三人もいると、やっぱり狭いし――……」
「や!」
「…………そっか」
これはルインに感謝するべきなのか、それとも悲観するべきなのか、今の俺には最善の選択を見つけることは難しかった。
風呂から上がって仲良く夜の時間を過ごし、ルインがあくびをし始めたところで就寝の時間となった。エアコンのタイマーをつけて電気を消し、三人で自室の方へと移動した。
来客用の布団があったので俺はそれに寝ようとしたが、ここでもルインは一緒がいいとお願いしてきた。一応ベッドの広さは足りてるので、それもいいかと受け入れた。
川の字になってベッドに横になると、ルインがえへへと満足そうに微笑んだ。まるでその表情は、俺たちを本当の親と思っているかのようだった。これまで敵対してきた魔族を勇者として殺めた身として、胸の奥がチクリと痛む思いだった。
(……ここがアルヴァリエだったなら、ルインの親代わりになんてなるべきじゃない。だけどこの世界で、この子の面倒を見れるのは俺たちだけなんだよな)
思考を巡らせながらルインの頭を撫でていると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。それはルインからのもので、エリシャも「眠りました」とささやくような声で教えてくれた。
「……レンタ、何を考えてましたか?」
「これから三人でどう暮らしたものかってさ。ずっと二人がいてくれるなら俺も覚悟を決めるつもりだけど、その保証はどこにもないだろ」
「ですね。今眠って目を覚ましたら、そこは私がいた世界かもしれない。……実は私も、ずっと怖かったです。きっとレンタと同じことを考えていました」
不安そうなエリシャの手をぎゅっと握ってあげると、柔らかく微笑み返してくれた。
「まぁこうして手を繋いでいれば、離れ離れになることもないだろ」
「ありがとうございます。ふふっ、やっぱりレンタで良かったです」
ふと思い浮かんだのは、魔王城の崩落に巻き込まれた時にエリシャが言った告白だ。色々バタバタしていたので、まだ俺側の意思を伝えていなかった。
「なぁ、エリシャ。ずっと言ってなかったけど、俺はお前を……あれ?」
「すぅ……くぅ…………」
気づけばエリシャも眠りについていた。色々あったのはエリシャも同じで、凄く疲れたのだろう。俺は気が抜けてふっと笑い、またの機会にしようと目を閉じた。
消えていく意識の中で、いつまでもこの瞬間が続けばいいのにと願った。