第21話「別れ」
竜太が志木崎に向けた刀は志木崎の手で軌道がずれて心臓からはずれて右胸に刺さっていた。
「楓…君は…絶対にALPHAには渡さない。それが僕らモラド全員の意志なんだ」
「柊君、やめて! 早く逃げて、死んじゃうよ」
柊は自分の胸に刺さっている刀を持つ志木崎の手を両手で絞るように強く握りしめた。
柊が着ている白いワイシャツには赤い模様が徐々に広がり、口からも血が溢れ出でいてた。
「クソ! 抜けねぇ! 離せクソガキ!」
志木崎は何度も何度も刀を抜こうと試みるが柊は刀を掴む腕を離さない。
「離さないよ。お前を殺すまでは絶対に離さない」
「柊君もういいから。早く逃げて! 僕を置いて今からも戻って治療するればまだ助かるから!」
「ダメだよ。こいつはここで僕らが倒すんだ」
安中は銃を拾い、ぼやける視野と震える手を抑えて志木崎の首に狙いを定める。
弾は竜太の耳元を通過して、一直線に首に向けて空を切り裂く音を立てながら進んでいく。
志木崎は後ろから飛んでくる銃弾を空いた方の手にヴェードを光らせて自分の頭を掴むようにして手の甲で弾丸を防ぐ。
「お前はこのまま俺らが殺してやる。あのときのお返しだ!」
竜太は志木崎の右胸に刺した刀の面を裏返して上向けに刃を向けた。
すかさず、頭を守った志木崎は自分の体を下から切り裂く刀を抑えようと頭を守っていた手を外そうとしたが、安中が後方からもう一度頭を狙い志木崎は柊に片腕を固定されているため頭をカバーせざるお得ない。
「離せ! 離せ! は、な、せぇ!」
志木崎は柊に声で吹き飛ばすぐらいの気迫で叫び飛ばす。
「絶対に離さない! 1人で倒せなくても、僕らで協力すれば格上だろうと絶対に倒す」
「この死にぞこないがぁ!」
竜太は大きく息を吸い込む。
「もう、頼むから…」
竜太は祈るように刀を握る手に力を込める。
「死んでくれえぇぇぇぇぇ!」
竜太の天に向けて悲鳴のような叫びとともに、志木崎の右胸に刺さった刀は脳天に向かって振り上げられた。
竜太が振り上げた刀はブシュッっと切り口から弾けるような音を立てて血を吹き出しながら、志木崎の右胸から喉を通過し、口を半分に裂き、鼻を半分に裂き、眉間を通過して脳天から銀色の輝きが顔を覗かせる。
頭から噴水のように飛び散る血と黄色い閃光が暗闇に舞い上がり、まるで芸術作品のようにその光景には美しささえ感じられるほどだった。
ここまで断末魔を挙げさせる余裕もないほどに一瞬の出来事だった。
竜太は刀に込めた力も同時に放出されるように振り切った刀に自分の体を引っ張られた竜太は尻もちを付き、手放した刀は天に向かって飛ぶ。
志木崎はまるで時が止まったように半分の顔で斬られる直前の表情のまま膝を付き倒れた。
そして、宙を舞う刀が地面に当たり深夜の静まり返った空間に大きな音を立てて響く。
それと同時に柊も力なく楓の倒れる。
雨は止む気配を見せず、強くなるばかりで雨音が耳障りなほどに鳴り続けている。
「死んじゃダメだ 柊君!」
ほふく前進するように腕だけで体をよじりながら前進し、楓は目の前に倒れる柊に寄り添う。
「なんで血が止まらないんだよ。ヴァンパイアならこのくらいの傷治るはずだろ!」
柊はゆっくりと首を横に振って、穏やかな笑みを浮かべた。
「心臓の怪我は治癒しないんだよ。だから、僕はもうすぐ死んじゃうね」
「そんな…死んじゃやだ。せっかく友達になれたのに…もっと、もっと一緒に話したい事があったのに」
柊は刺さった刀を抜き傷口からは大量の出血箇所を止めようと楓が傷口を両手で抑える。
「楓君を守れてよかった」
「そんな、僕なんか…守ることなかったのになんで…」
柊は首を横に振る。
「楓君は僕らにとっても守らなきゃいけない存在なんだ。それに…」
「幹人もういいって。傷口が開くから」
途中で竜太が遮るがその呼びかけに柊は反応すること無く話を続けた。
「僕ら友達じゃん。ピンチのときは助け合うものでしょ?」
柊は徐々に呼吸が浅くなり肌の色は薄くなり始めている。
そして、柊は竜太に向けて右手を上げて親指を突き立てた。
「竜太君これ友達の証拠でしょ?」
「ああ、そうだな。俺らはずっと、ずっとどこへ行っても友達だ」
呼吸を整えてからややあって柊は楓の方を向いた。
「ねえ楓君…。僕も生まれ変わったら人間になって太陽の下で遊べるのかな? その頃にはヴァンパイアは人間に受け入れられる存在になってるのかな」
楓は前が雨が降り続ける空に向かってそう言った。
「なってるよ。僕らが絶対にそうする」
楓は握りしめる拳の力を更に強めた。
「みんなで必ずこの世界を平和にしてね。僕はここでいなくなっちゃうけど生まれ変わったらきっと見に来るから。楽しみにしてるからね」
2人は柊の手をそっと握りしめた。ぬくもりは徐々に消えていき、次第に冷たくなってゆく。
「友達になれてよかった…」
残された力を使い切るように柊はそっと言った。
柊の最後に見せた笑みは小さな太陽が現れたかのように晴れやかで天がそれに応えたかのように地面を叩きつける轟音を鳴らしていた雨粒の音は消えて夜の静寂を取り戻しつつあった。
そして、静かに瞳を閉じてヴァンパイアの生命を終えた。
楓にできた初めてのモラドのヴァンパイアの友達。
短い間だったが柊と楓、竜太にできた友情は消えることはないだろう。
3人は死後の世界に柊の幸福を願って祈りを捧げた。
「ぐっ…」と唸って楓は胸を抑えた。そして、呼吸が荒くなる。
「楓どうした?」竜太がそう訊くと楓は首を横に振って「なんでもない大丈夫だよ」と応えた。
安中が銃を腰のホルスターにしまい柊の顔を見つめる。
「正直、俺は柊が他のヴァンパイアと一緒にいるところはあまり見たことがなかった。おとなしいやつだったからさ。けど、お前たちの事が本当に好きだったんだろうな」
安中は柊の死を自分の中で受け入れるようにふうと息を吐いた。
「2人ともそろそろ戻るぞ。伊純は動けるか?」
「はい。なんとか動けます」
楓の胸を貫かれてポッカリと空いていた穴は塞がり、元の状態に戻るまで自然治癒していた。
そして、竜太の肩を借りて立ち上がり、安中は柊を背におぶった。
安中は腕時計で時刻を確認する。
「日の出の時間が迫ってるな。スピード上げて移動するから新地はちゃんと伊純連れてこいよ」
「はい。てか、この倒れてる死体はどうします?」
「日が出たら消えるからそのままにしとけ」
了解ですと竜太が地面に伏せる死体に一瞥をくれて、走り出そうとした時だった。
「隊長やっぱりアトン着て走ったほうが速いですよね。ほら、もう着いたし」
政府の対ヴァンパイア部隊「ゼロ」で山本隊隊員の木並麻帆はアトンと呼ばれるパワードスーツの左胸にある太陽のマークをまるで犬を撫でるように触りアトンの性能に満足げな表情を浮かべていた。
「今回は緊急性が高い状況だからね。遠慮なく飛ばして正解だったよ」
山本隊隊長、A級隊員の山本純矢はそう言った。
そして、木並は軽蔑的な視線を目の前のヴァンパイアに送りながら言った。
「どうやら死体が二匹いますね。これ絶対仲間割れした後ですよね? ほんと、野蛮な種族。殺し合いしか脳がないのね」
唾を飛ばしながら口荒く話す木並を横目に山本が苦笑いを浮かべる。
「状況から見るとそのようだね。通報を受けたときは戦闘中だったらしいけどどうやら決着がついてたらしいね。それに最も警戒してた黄緑の奴が死んでくれたから手間が省けたよ。早く任務を終わらせて帰ろうか」
山本は両手に持った大きな銃を楓たちに向けて構えた。
「鷹橋、見てるだけじゃダメだよちゃんと武器構えて。相手が弱ってるからって油断しちゃダメだ。いいかい? 隊員が一番重傷を負うパターンは油断したときなんだ。勝てる相手だろうと常に全力で戦うんだよ」
山本の隣に立っている青年、鷹橋は呆然と目の前のヴァンパイアを見ていたが山本に注意されてオレンジ色に光る刀を取り出して構えた。
「運が悪いな、こんな時にゼロに遭遇しちまったよ。しかも、A級のやついるし」と安中眉をひそめて言った。
「楓、あれがゼロなんだな。テレビで見たときは憧れの存在だったのに俺らが敵になるなんてな」
竜太は肩をかしている楓に聞こえるぐらいの小さな声で話しかけた。
「相当強いからね。なんとか切り抜けないと」と楓が言った。
「楓? どこかで訊いたことがあるような…」と山本は小さくつぶやいた。
「山本さんどうしたんですか?」と木並は山本を下から見上げた。
「いや、なんでも無いよ。ただの気のせいかもしれない」
そして、山本は前方で話しているヴァンパイアたちに向けてニッコリと笑みを浮かべた。
「ボソボソと何言ってるか知らないですけどとりあえずヴァンパイアなんかに褒めてもらえて光栄です。でも、もうさようならですよ。このグエイトで焼き払ってあげます」
山本はグエイトと呼ばれる自分の体の半分ほどありそうな大きな銃の引き金を引いて銃口からはオレンジ色の光線が点と点を結びつける直線のように楓たちに向けて一直線に飛んできた。
「ヤバい!」
安中が足を滑らして半歩ほど回避に遅れた。
その光線は息を付く暇もないほどの速さで楓たちを通り過ぎて行った。
チリっと火花が散ったような音が聞こえる。
「安中さん?」