第16話 オークション
聖都滞在10日目。今日はシルバーファングのオークションがある。そこで僕とミーアは出品者枠として参加という名の見学に行くことになっている。レーアさんが迎えに来てくれるそうなので食事が終わったらロビーでお茶を頂きながら待っていた。
「フェイウェル様、ミーア様。お迎えに参りました」
呼ばれたので僕たちは表に出たのだけれど。なぜだろう、今豪華な馬車に乗っている。つい胡乱な目でレーアさんと、横で腕を組んでいるゲーリックさんを見てしまう。
「こんな豪華な馬車で行くなんて聞いてないんですが」
「そうでしたか。それは失礼しました。しかし、今回のような場に徒歩で向かうということは慣例としてありませんので。今後も同じような場にご出席になられる場合は馬車をご利用くださいね」
レーアさんがシレっと弁解をした。
「僕たちみたいな狩人が馬車を使うとか普通はあり得ないですよ。当然馬車なんか持ってないですし」
そこにゲーリックさんが口をはさんできた。
「だからこそだ。そういう時のためのギルド保有馬車さ。ギルドが必要に応じて貸し出す。ま、通常は有料なんだが、今回は特例でサービスだ」
ギルドはこういった有料サービスと仲介手数料が主な収入源のはず。それをいくらオークションへの出品者枠とはいえ無料というのは。僕は疑問を口にしてみた。
「ギルドがそんなサービスをするなんて聞いたことないんですけど」
「ま、ぶっちゃけると、今回のシルバーファングのオークション手数料な。あれがまず間違いなく破格。なんで特別サービスだ」
ゲーリックさんの言葉に僕とミーアは肩を落として諦めるしかなかった。
そこからオークション会場に到着するまでの間、僕たちはゲーリックさんとレーアさんからオークションについての簡単な説明を聞いていた。
オークションに参加するには一般参加の場合大銀貨1枚の参加費用が必要。例外は、今回の僕たちのように出品者枠とゲーリックさんたちのような主催者。そしてオークションは少なくとも表向きは匿名参加。ただし、ほとんどが知り合いのようなものらしいので有名無実だそうだ。とは言え会場で名前を呼ぶのはマナー違反だそうで違反すると今後の様々な事で支障があるとのこと。そんな中で入札したのが誰かを特定するために一人一人に番号札を渡され、実際のオークションではその番号の札を掲げて入札することで競るらしい。そして競り落としたものは会場から出るまでに支払いをするのがルールだそうで、どれほどやんごとない人でもツケは効かないとのこと。唯一出品者のみ自分の出品したものの落札額まではそれを対価とすることができるそうだ。あと落札のキャンセルは基本的に不可、例外としては落札したものが申告と明らかに違っていた場合のみとのことだけれど、ギルドが管理しているためまず無いと。過去に1度だけ落札品をすり替えてこのルールの隙間をすり抜けようとした人がいたそうだけれど、ギルドの徹底した追跡で発覚して当時帝国の子爵だったらしいけれど今ではその家は存在しないそうだ。一体どんなことをしたのやら。そんなこんなで信頼性の高い取引となっていると説明をうけた。
会場に到着し馬車を降りる前に目元を隠すマスクを渡され会場内では着けておくようにと言われた。知人同士なら分かるだろうけれど一応名目上匿名だからということらしい。そんなこんなで受付では今日の出品リストを渡された、急遽開催となった関係もありゲーリックさん曰く品数は17品目と少な目らしい。
品目的には魔道具、希少な魔獣のはく製、名工の手になる最高品質の武器防具、希少サイズの宝石をあしらったアクセサリーといったものが主力になっている。
隅の席に座って待っていると、正面のステージに壮年の男性が立って司会を始めた。
「本日はオークションにご参加いただきありがとうございます。……」
僕は司会者の挨拶から概略説明を聞き流しながら、癖で周囲を探知で探っていた。ステージの向こう側に小さな魔獣の気配を感じたため、ゲーリックさんにそれを伝えると
「大丈夫だ、オークションに掛けられるポメラだろう。貴族たちに愛玩用魔獣として人気が高いからな。それよりもそろそろ始まるぞ」
「オークションナンバー1、先見の水晶。適性のある魔術師が使えば未来が垣間見えるといわれる魔道具。大銀貨5枚から」
僕はゲーリックさんの顔をうかがって
「あの、あれってそんなすごいものなんですか」
「わからん」
「は。わからんって」
「司会者も言っているだろう。適性のある魔術師が使えば、と。どんな適性が必要なのかわからんので真贋を判定できなかった」
「良いんですか。そんなので」
「良いも悪いもな。ここから先は入札者の自己判断だ」
「ちなみに、偽物だと明確に判明した場合は、どうなるのですか」
「うむ、こういったオークションに参加するのは国や社会において重鎮と呼ばれる方々が多いし、ギルドをも謀ったということになる。となれば国とギルドを上げて全力で罪を償わせることになる」
「あぁ、そ、それは凄絶なことになりそうですね」
横で聞いていたミーアも青くなっていた。
「ま、普通にしている分には平気だから、そんな気にするようなものではないがな」
そしてそんな怪しい物が小金貨3枚で落札されていった。僕とミーアは、このオークションに参加している人たちの金銭感覚に呆然としながら、オークションの雰囲気を味わうしかなかった。
「オークションナンバー14。名工レイルの手によるバングル2セット。詳細は不明。中銀貨3枚から」
僕はそっと聞いてみた
「ゲーリックさん、名工作とは言え、あのバングルって、このオークションに出すにしては少々地味ですね。特に大きな宝石がついているわけでもないようですし、開始値段も」
「ま、そういうものも中にはあるってことだ」
そんな話をしている間にも地味ながら入札は進んで
「大銀貨2枚、これ以上ありませんか」
そこで僕は気づいた。地味だけど2セットのアクセサリー。そこで
「大銀貨3枚」
入札した。驚いたのはミーアで、小声ででも鋭くとがめ。
「ちょ、ちょっとフェイ。何いきなり入札してるのよ」
「うん、新婚旅行の記念にミーアとペアのアクセサリーってのもいいかなって思ってさ」
そういうと、ミーアも少し顔を赤くしながら
「そ、そういうのも良いわね。幸いお金には今のところ余裕もあるし」
と少し恥じらいながらも嬉しそうにこたえた。バングルはそのまま僕が大銀貨3枚で落札し、更にオークションは続き
「では、本日最後の出品となります。オークションナンバー17。シルバーファングの素材。先日討伐されたばかりのシルバーファングとなります。討伐時の傷は額の矢傷のみ。非常に良い状態です。小金貨4枚から」
「5枚」
「8枚」
「中金貨」
「3枚」
みるみる値段が吊り上がっている。
「大金貨3枚と中金貨4枚」
とんでもない高額で落札したのは褐色の肌に2メルドに近い偉丈夫だった。
「すごいなぁ」
僕がしみじみと言うと、レーアさんがそっと教えてくれた。
「帝国の辺境伯。リチャード・アレックス・グラハム様です。銀の戦士との噂のある帝国の英雄ですわ」
「そんなすごい人も来るんですね。てっきりそれだけの人だと家宰のような人が来るのかと思ってました」
「そうですね、貴族の方ですと、そういう方が多いです。逆に商人の方ですと本人が見えることが多いですが」
そんな話をしながら僕たちは落札したバングルの支払いのために奥の部屋へ移動した。部屋につくとちょうどグラハム伯が支払いをしているところだったので、僕たちは終わるのを待っていた。支払いを終え担当者と何やら話していたグラハム伯が僕の方を見たと思うと、ツカツカツカと近寄ってきた。
「このあシルバーファングを狩ったのは、お前か」
いきなりの言葉に僕が戸惑っていると、横から支払い担当者が
「こちらでは、その方がどういった方であるかは明確にしないのがルールとなっておりますので、ご容赦いただけませんか」
と間に入ってくれた。
「おお、そうであったな。すまぬ。このような狩りの出来る見事な腕の持ち主と一度話をしてみたかったもので、ついな。許せ」
ホッとしている僕にグラハム伯は、
「そこのお前がもし、このシルバーファングを狩ったものと会うことがあったならば、機会があれば我が屋敷に招待すると伝えてくれ。こたびは、もう時間が無いので国に帰るが、わが国に来ることがあれば是非にも立ち寄ってくれ、とな」
これは僕に来いという要請なのだろうか
「わかりました、本人に会うことがあるかどうかはわかりませんが。もし会えたなら伝えておきます」
「うむ、それでよい」
グラハム伯は、それだけ言うと愉快そうな笑顔で去っていった。
その後、僕たちはバングルの落札金額の支払いと、シルバーファングの代金を受け取りを済ませて宿に帰った。
明日には村に帰る。なので今晩は聖都での最後の夜だ。”夜の羊亭”で夕食をとったあと、僕たちは部屋のダブルベッドの隅にならんで腰掛けてくつろいでいた。
「ミーア、色々あったけど聖都の夜も今日までだね」
「そうね、こんなに色々な体験をするとは思わなかったわ。フェイとの新婚旅行の素敵な思い出ができて嬉しい」
「僕もミーアとの思い出ができて嬉しいよ」
そう言いながらミーアを抱き寄せた。聖都でのもう一つの思い出をつくるために。