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対面

「私は二年ろ組のクラス長、五橋八千代(いつつばしやちよ)ですわ!」

「は、はぁ、初めまして、若下野です……」

「……短刀直入に申し上げます。若下野葵さん! 貴女には将軍の位から御退き頂きたく存じます!」

「は、はぁぁぁ⁉」

 突然の申し出に葵は驚きの声を上げてしまった。対面に座り、抗議の声を上げようとする爽を制しながら、八千代は自身の左隣に座る女子生徒に詳細の説明を促す。厚縁眼鏡を掛けた、三つ編み姿の気弱そうな女子生徒がおずおずと立ち上がって、話を始めた。

「え、えっと、私は二年ろ組の書記の有備憂(ありぞなえうい)と言います。八千代お嬢さ、……五橋クラス長の提案の根拠をいくつかご説明させて頂きます」

「根拠?」

「まず一つ、継承順の問題です。若下野さんの継承順位は百一番目。二桁台ですらありません。対して、こちらの五橋クラス長は五番目、そして、そちらにいらっしゃる氷戸クラス長は三番目と、お二人とも一桁台になります」

「五番! 三番⁉」

「ふっ、至極当然のことだ」

 上手側の席に座るやや長目の髪を真ん中分けにした男子が驚く葵の様子を鼻で笑いながら語り出した。

「余は御三家の一つ、氷戸家(ひとけ)の当主、氷戸光ノ丸(ひとみつのまる)である」

「御三家?」

「い、いや、なんだ、その反応の薄さは!」

 いまいちピンとこない様子で首を傾げる葵に対して、光ノ丸が椅子の肘かけから肘を落としかけた。爽が葵にそっと耳打ちする。

「葵様……御三家とは、端的に申しまして将軍家に近しい家柄です。将軍家に継嗣、後継ぎが途絶えた際には、その三つの家から後継者を出すのが、古くからの慣わしです」

「ええっ⁉ それってめちゃくちゃ由緒正しい家柄じゃん!」

「ま、まさかそんなことも知らなかったのか……」

 光ノ丸が顔を手で覆う。

「で、では私たち御三卿については⁉」

 着席していた八千代が身を乗り出して葵に問い質す。

「御三卿?」

葵はまたもや首を傾げた。爽が耳打ちする。

「……御三卿とは、これまた端的に申しますと、将軍家や御三家に極めて近しい家柄です。将軍家のみならず、御三家に後継ぎが居られない場合は、御三卿から養子を貰うのも、これまた古くからの慣わしです」

「へ~そうなんだ~」

「へ~じゃなくて! ……ま、まあ良いですわ。憂、続きを」

「は、はい。もう一つは実績です」

「実績?」

「はい。氷戸クラス長、五橋クラス長、お二人ともに一年生時、更には中等部のころから学生生徒の中心、又ときには先頭に立って、様々な行事活動を成功に導いてきました。お二人の卓越したリーダーシップはまさに人の上に立つに相応しいものだと思われます」

「はあ……」

 葵の今一つ要領を得ない返事に憂は戸惑いながら確認する。

「お、お話はご理解頂けましたでしょうか?」

「……大体は。それで、仮に私が退いた場合はお二人のうちどちらが継承することになるんですか?」

「ふむ、多少不本意ではあるが、余と五橋殿との決戦投票という形式になるであろうな、いわゆる民主的な手法というやつだ」

 光ノ丸が髪をいじりながら、面倒そうに答える。

「民主的……」

「そうですわ、今回の将軍継承の決定までの過程は民主的とは全くかけ離れたものです。大方、幕府上層部の大人たちが密室で決めたことでしょう。このたびの決定に承服しかねる声はこの学園に通う若い世代を中心にとても多いのです。流石にご承知かと思いますが、この大江戸城学園に通う生徒はほとんどが卒業後幕府に奉職します。民間の企業に例えれば、会社の社員、歯車ですわね」

「歯車……?」

「その未来の社員たちからの圧倒的支持を得ている私たちが継承権を争うのが最も自然なこと……そうは思いませんか? それにたった今憂が申し上げたように、学園内での実務経験、実績にしても段違いです」

「あ、葵様は昨日転入してきたばかりで……!」

「分を弁えろ、伊達仁殿」

光ノ丸が背もたれに寄りかかりながら、自身の斜め前に座る爽を睨み付ける。

「と組の生徒の分際で我々に意見しようというのか、烏滸がましい」

 俯いて黙り込む爽に八千代が畳みかける。

「私たちは将軍家の親戚筋に当たる親藩大名、又はそれに準ずる家のもの、対して貴女は外様大名の家のもの……本来ならばこうして同じ部屋にいるのも可笑しな話……時代がいくら移り変わっても、その辺りはしっかりと分別を付けて頂きませんこと?」

「も、申し訳御座いま……」

「謝る必要なんてないよ、サワっち」

 俯いていた爽が驚いた表情で横に座る葵を仰ぎ見る。

「……将軍位退位のお話しですが承服しかねます!」

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