生徒会室へ
翌朝、葵の顔をしかめさせる出来事があった。
「都合によって一日遅れになりましたが、皆さんにもう一人転入生を紹介します」
「黒駆秀吾郎と言います。宜しく……」
「ねえ、結構恰好良くない?」
「ちょっとミステリアスな雰囲気よね~」
葵の隣の列に座る女子生徒たちがヒソヒソ声で盛り上がる。葵も秀吾郎の顔をじっと見てみる。昨夜は怒り心頭できちんと認識出来なかったが、スッキリとまとまった短い黒髪に涼やかな顔立ち、長身でスラリとしたスタイル。成程、なかなかの美男子である。このクラスでも一、二を争う程かもしれない。
「では黒駆君の席ですが、そこの空いている席に……黒駆君?」
担任が座る席を指し示したが、秀吾郎はそれを無視して。つかつかと窓際の一番後ろの席に向かい、その席に座る男子生徒に声を掛けた。
「君、名前は?」
頬杖をついていた男子はやや戸惑いながら答える。
「え、わ、和久井だけど……」
「和久井君、この席からだと黒板の字も見えづらいし、先生の声も聞こえづらいだろう。自分の席は前の方だ。交換しよう」
「は? なんでそうなるんだよ? 意味が分からないんだけど」
和久井が抗議の声を上げる。当然だ、窓際の列の一番後ろの席という特等席を譲るものなどそうそういない、葵はそう思った。すると秀吾郎は長身をやや屈めて、和久井に何事か耳打ちした。和久井が驚きの表情を浮かべる。
「な、お、お前、何でそれを⁉」
「交換してくれるな?」
「あ、ああっ! ぜ、是非交換しよう! 先生! 僕、彼と席を変わります!」
「和久井君が良いのなら構いませんが……それでは黒駆君の席はそこで……。では、ホームルームを続けます……」
「……これで良し」
秀吾郎は静かに呟いて席に着いた。全然良くないと隣に座る葵は思った。
「ゴメンね、サワっち。わざわざ案内してもらって」
「構いません。クラス長か副クラス長も同行せよとのことだったので……」
昼休みになって葵は爽とともに、ある場所へ向かっていた。
「そうなんだ……で、貴方は何で着いてきているの?」
葵は訝しげな視線を自分たちの後ろを着いてくる秀吾郎に送る。
「自分は上様を御守りするのが……い、いえ、昨夜の寝所でのことを釈明したく……」
「昨夜の寝所?」
驚いた爽が、葵と秀吾郎の顔を交互に見やる。
「誤解を招く言い方やめなさいよ! ……とにかくわたしはストーキング趣味の奴と話すつもりはないから!」
「女子に付きまとうことが趣味とは余り感心しませんわね、黒駆君……」
爽が冷ややかな視線を秀吾郎に向ける。
「な、それこそ誤解です! 自分は決してストーカーなどではなく、上様のおん……」
「おん?」
「い、いや、それよりもですね……」
「ああ、着きましたわ、葵様。こちらが生徒会室です」
「ここね……」
生徒会室は通常の教室と違い、外側から内側に向かって押し開く内開き型のドアだった。映画館や劇場などでよく見かける重厚なタイプである。ドアの色は赤茶色で、ドアノブは真鍮色だった。爽がドア越しに声を掛ける。
「二年と組、副クラス長の伊達仁です。も、……上様をお連れしました」
「ああ、どうぞ入って下さい」
部屋の中から声が聞こえた。昨日聞いた生徒会長の万城目のものだった。爽に促され、葵もやや緊張した面持ちでその部屋に入ろうとしたが、そこで一旦振り返って、秀吾郎に対してくぎを刺す。
「貴方は入ってこなくていいからね!」
そして、生徒会室の重い扉は、秀吾郎の前で閉じられた。葵と爽が部屋の中に入ると、万城目が立ち上がって二人を出迎えた。
「お待ちしておりました、上様。さあどうぞ、こちらの席にお座り下さい」
そう言って、万城目は立ち上がり、自らの座っていた席を指し示した。その先には整然とした大き目のデスクと座り心地の良さそうなチェアーがあり、更にデスクの前方には黒い三角柱に白字で「生徒会長」と書いた名札が置いてあった。葵は即座に恐縮した。
「いえいえ! そこは会長の席ですから! あ、あの、私のことは一生徒として扱ってくれて構わないですから!」
「そうですか? では失礼して……」
万城目は会長の席に改めて着いた。そして、二人に座る様に促す。生徒会長のデスクの前にガラス張りの長テーブルが縦に置かれている。そのテーブルを挟むように黒色の一人掛け用のソファーチェアーが左右に三脚ずつ並んでいる。上手側には既に三人が座っていた為、葵たちは下手側の席に着いた。全員が座ったことを確認すると、万城目は両肘をテーブルの上に突き、顔の前に両手を組んで話し始めた。
「昨日の今日で、上、……若下野さんにはきちんとご挨拶をしたかったのですが、事情が変わりまして、わざわざこちらまでご足労を頂きました」
「事情……?」
「ええ……こちらの方々が何やらお話があるそうなのですが……」
万城目が左手を軽く掲げて、上手側に座るものたちを指し示す。三人の中央に座る、三つ編みを片方にまとめた女性が、左手で前髪をかき上げながら、立ち上がった。そして、葵の方に向いて、口を開いた。