第14話「柊家」
2人は丘を下った先にあった商店街のような通りから少し歩いて柊の家の前に来ていた。
柊の家は丘から見えた家が密集している地域よりも少し離れたところにあり。周りは、所々に独特の形をした木々が並んでおり地面は芝生の緑色が広がっていた。
そして、柊家の所有している庭は広く、その庭にはサッカーボールが転がっている。
柊の家は周りを囲う自分の背丈の半分ほどの高さのブロック塀があり、玄関へと続く鉄格子の扉を開けてドアの前へ行きノックをした。
ドアの向こうから「どなたですか?」と女性の声が聞こえ柊が返事をするとすぐにドアが開かれた。
「あら、幹人。今日は仕事朝までだったかしら?」
柊の母親と思しき人物がドアを開けてすぐに柊に問いかけると母親は珍しいものでも見るように楓に視線を向けた。
「この方は?」
「僕の友達だよ。見ての通り仕事仲間の」と柊は黒いベストの襟元を掴んでスーツを強調した。
「はじめまして。伊純楓と言います」
柊の母親は急におろおろとし始めて、空いた口を見せないように手で隠す。
「幹人がお友達を連れてくるなんていつ以来かしら」
母親はそういった後、後ろを振り返り部屋の中を確認し、2人に視線を戻して「ご飯まだでしょ? 一緒に食べていきましょうよ」と楓を食事に誘った。
楓は急に押しかけてごちそうになるのは迷惑だと言って断ろうとしたがドアの隙間からさっきの通りで出会った少年たちと同じくらいの小学校の低学年ほどの年齢をした男の子と女の子の子供が2人出てきて男の子の方が楓の袖を引っ張った。
「お兄ちゃんも一緒に食べようよー」
柊が楓に目配せをして「では、お言葉に甘えて」と子供たちの活気に押された楓は結局折れて朝食を一緒にすることにした。
中に入ってリビングに通されるとそこには柊の父親もいて、新聞のような紙の束を手にもって背中を丸めていた。
兄妹一緒に楓は同じテーブルを囲んだ。椅子は木製の物が5脚ありテーブルも木製のテーブルだった。
楓はまず父親と挨拶を交わして柊が兄妹の紹介をした。
「紹介するよ。僕の弟の駿と妹の美優」
楓とその兄弟2人は挨拶を交わす。
弟の方は元気よく楓に挨拶していたが妹の方は人見知りがあるのかモジモジとしていて恥ずかしそうにしている。きっと、物静かな性格は挨拶以外話していない父親にそれは似ているのかもしれない。
「楓お兄ちゃんもモラドのヴァンパイアなんでしょ?」
「…そうだよ」
ヴァンパイアであることの自覚がまだ薄く、先日まで人間だった楓は一度逡巡してから答えた。
駿は小学生らしいあどけない顔をしてそれ訊いていた。
「ねぇねぇ、幹人お兄ちゃんと楓お兄ちゃんはどっちが強いの?」
純粋に疑問に感じたと思える駿の質問に楓は優しく微笑みながら答える。
「それは柊君の方が僕なんかよりずっと強いよ。さっきまで柊君に地上の訓練室で剣を教えてもらってたからね」
それを訊いた駿はまるで自分が褒められているかのようにニッコリと無邪気な笑顔を見せた。
「幹人お兄ちゃん超すごいんだよ。この前もALPHAのヴァンパイアを倒してきたんだから」
駿は鼻息を荒くして胸を張っていた。
「駿、僕の話はいいよ」
柊は照れて頬を紅潮させ、恥ずかしそうにして駿に言った。
そして、物静かな柊の父親は3人のやりとりを見て何度か小さく満足げに頷きながら優しい父親の笑みを浮かべていた。
しばらくすると、母親がテーブルに朝食を並べた。テーブルに出されたのはもちろんマグカップに入った人間の赤い血液だった。
楓は柊の家族にバレないぐらい軽く険しい表情を浮かべるが、柊はそのことに気づいたようで楓の事を見てまたクスクスと笑みを浮かべている。
「2人とも早く支度しないと遅刻しちゃうよ。さぁ急いで急いで」
弟の駿が「はーい」と間延びした返事をしてマグカップに注がれた液体を飲み干してテーブルに置いた。
「お兄ちゃん僕らが帰ってきたら遊んでね。絶対だよ」
「わかったわかった。ほら、早く行かないと遅刻しちゃうよ」
駿は妹の美優がちびちびと飲み終えるのをまだかまだかとその場で足をばたつかせていたが飲み終えたことを確認して、2人は椅子に立てかけていた手提げを持って「行ってきます」と駿が声を残して足早に家を出ていった。
続いて「じゃあ僕も言ってくるよ」と言った楓の父親は私服のまま家を出ていった。
「柊君、兄妹の2人はどこへいったの?」
「ここでも地上みたいに学校があるんだよ。人間の言語やヴァンパイアと人間の歴史とか色々と学んでるんだ」
2人の会話を訊いていた柊の母親が少々驚いたように訊いた。
「伊純君はここに来るのは始めて?」
「楓君はずっと地上で生活してたから初めてなんだよ」
母は何度か頷いて納得した様子だった。
「まあ、それは大変でしたね。ここもたまに戦闘がありますけど地上はもっと大変だって訊いてますよ」
「そうですね。地上でもみなさん忙しいようです」
そして、母親は思い出したように話を続けた。
「モラドの皆さんは元気にしてましたか?」
「はい、みなさん元気ですよ」
新入りの楓は今まであった数人のモラドの関係者を思い浮かべて返答した。確かに皆元気そうだった。
そして、母親はニッコリと笑みを見せる。どことなく母親の見せる笑顔は柊が笑った時に似ているように思えた。
「よかったです。最近はなかなか顔を出してなかったので安心しました。伊純君もせっかくアガルタに来たんですからゆっくりしていってくださいね」
そう言って母親は食器を洗ってから楓にまた挨拶をして家を出ていった。
母親が家を出ていったことを目で確認した柊はまたニヤリと笑みを浮かべて一口も口を付けていない楓のマグカップを見た。
「楓君、もしかして血が飲めないの?」
楓は苦虫をかみつぶしたような険しい表情で頷いた。
「でも、いま空腹じゃない?」
「お腹はすいてるんだけどまだ血を飲む勇気が出ないっていうか…。血もあんまりおいしそうに見えないし…」
「不思議だね、そこは人間のままの意識が残ってるんだ」
「そうみたい。だから、地上に行って人間に戻ったら人間の料理を食べるよ」
しばらく二人が雑談してから、楓は念の為、玄関に誰もいないか確認してから首を出して柊に顔を少し近づけた。
「というか、楓君の家族って僕が混血であることを知らないの?」
「知らないと思うよ。混血の情報はモラド内でしか今のところ共有されてないからね」
そして、柊は真剣な顔になり楓を見た。
「でも、ALPHAが襲ってきてる以上バレるのは時間の問題かもしれない」
「そっか、バレたら心配かけちゃうかな」
俯く楓を柊は励ますように言った。
「大丈夫だよ。きっとモラドでなんとかするから。楓君はあんまり自分を責めちゃダメだよ」
「そっか…ありがとう」
楓は顔をほころばせてそう答えてから「ねえ」と前置きをしてからさらに話を続けた。
「柊君。僕、勘違いしてたよ」
柊はマグカップに口を付けながら楓を上目遣いをするように見た。
「勘違い?」
楓は頷いてから窓の外に視線を送った。
「ヴァンパイアの国ってもっと、こう血気盛んなイメージを持ってたからこんなに平和な国だとわ思わなかった」
空中で拳を振るう演技をする楓をおかしそうに笑って見ていた柊は言った。
「人間の楓君はそう思うのも無理はないよね。でも、僕らの事をそう思ってもらえて嬉しいよ」
「僕が抱いていたイメージとは全然違ってた。ここでも地上と変わらない生活があるんだね」
柊は自分が持っているマグカップに注がれた液体に視線を落とす。
「確かにヴァンパイアは人の生き血を食料としてるから殆どの人間に恐れられている。人間からしたら当然だよね」
柊が「けどね」と言った後、手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いて木製のテーブルに陶器が当たる音が聞こえる。
「ヴァンパイアだって命と心を持った生物だし、大切な仲間や家族がいるんだ。僕らにも僕らの生活があるからね」
柊は遠くを見つめるように窓の外を眺めた。アガルタについたときよりも天に昇る光の位置は高くなり外もさっきに比べ少しずつ賑やかになってアガルタのヴァンパイアたちが活動を始めたのが伺える。
「でも、地上で僕らはこんな生活は出来ない。人間に見つからないようにこっそりと闇に紛れて生きていかないといけないんだ。もし、見つかったらゼロに殺されてしまう…」
楓は「そっか」とため息をつくように言った後、視線のテーブルに落とす。
「僕、強くなるよ。強くなってヴァンパイアも地上で安全に暮らせる未来を作りたい」
柊は破顔して言った。
「じゃあ、練習を再開しないとね」