第15話「復活」
「じゃあ、練習を再開しないとね」
「そうだね。この近くにどこか練習できる場所はあるかな?」
楓がそう言ってからテーブルの上に置いてある柊のスマホが小さく振動した。
「ちょっとごめん」
柊はスマホを手にとってスマホの画面に指を滑らせながらしばらく沈黙した。
「一旦地上に戻ろうか。連堂さんに地上で増援の要請をするかもしれないからしばらくの間は地上で待機するようにって今、連絡が来たんだ」
「増援?」
「ALPHAに地上で動きがあるかもしれないからいつになるかわからないけど日が暮れてから行くかもしれない」
それから2人はさっきまでいた洋館に戻り1階のゲートから地上の洋館の地下2階のゲートへでてから地下1階の訓練室に向かっていた。そして、その途中ある人物に出会った。
「竜太!」
楓はゲートを出てすぐに竜太の元へ駆けていく。
「楓。この前は…その…悪かったな。一方的に怒鳴りつけたりして…」
端切れが悪くポツポツと言葉を落とすように言いながら竜太は照れ隠しのように頭を掻く。
「あのさ、俺もう覚悟決めたよ」
一言一言を確かめるように言ってから、息を一気に吸い込んで竜太は楓の目を真っ直ぐに見た。
「俺もお前に協力させてくれ」
楓は即答で首を縦に振った。その反応は見た竜太は頬を緩ませた。その表情はいつもの竜太だった。
「あの時さ、楓が初めて俺に真正面から本気でぶつかってきてくれて嬉しかったんだ。今までお前のそんな顔見たことなかったからさ。あの時、お前は大きな決断をしたんだし、俺はそんなお前の親友として力になりたいんだ」
竜太は爽やかに笑い口元からは白い犬歯をのぞかせた。
「ありがとう。竜太。僕も姿は変わってもまた竜太と一緒にいれて嬉しいよ」
「俺もだ。本当は亡くなってた命をお前に救ってもらったんだからな。これからはモラドのヴァンパイアとして生きてく。頑張ろうぜ!」
その瞳は人間のときと同じくいつもの竜太の輝くような瞳が戻っていて、まるで失った光を再び光を宿しているようだった。
「もちろんだよ! 一緒に頑張ろう」
2人は固い握手を交わした。その瞬間を後ろで柊は爽やかな笑みを浮かべて眺めている。
「あの、ところで、楓の隣の人は?」
「この人はモラドのヴァンパイアの柊君だよ。昨日友達になったんだ。この建物のこととかモラドについて色々教えてもらってたんだよ」
「友達」という言葉を使ってさらりと紹介する楓に竜太はあっけにとられた。
「どうも竜太君、僕は柊幹人です」
平然と自己紹介して軽くお辞儀をする柊を竜太は体が固まったまま目で追う。
「あ、幹人っていうんだよろしく。俺は新地竜太。てか、2人は友達になったの? 会って間もないのに仲良くなるの早いんだな」
竜太は楓を見ながらそう言った。楓はにんまりと笑顔を見せて頷いた。
「まさか、楓にそんなコミュ力があったとは…」
「僕だって友達作れるよ。竜太は僕の事小学生のまま止まったと思ってるんでしょ?」
楓は竜太に子供扱いされて白い頬を膨らました。
「といっても、柊君から話しかけてきてくれたんだけどね」
柊が数歩、前に出て竜太の正面に立った。
「僕らも友達だよ竜太君。友達の友達は友達って言うからね」
柊は竜太に右手を差し出しすと竜太も右手を差し出してその手を握り締めた。
「あのさ、2人に色々と突っ込みたいところがあるんだけでど聞いてもいい?」
柊と楓は2人で談笑していたところを遮ってきょとんとした顔で竜太を見た。
「なんで2人ともスーツ着て刀持ってんの? まさかコスプレじゃないよな?」
竜太が楓が腰に携えている刀を指差して2人を見比べるよう交互に見た。そして、楓と柊はお互いに目を合わせる。
「やっぱり気になるよね」
柊がそう言うと竜太は2人の後方をチラチラと見て何か気にかけている様子だった。
「あとさ、二人ともあそこから出てきたけどあの扉の向こうって何があんの?」
「そしたら、着替える前にちょっと説明しようか…」
柊は誰にでもわかるように丁寧にモラドがスーツを着ている理由やヴェード、アガルタのことなどを竜太に説明した。
当然、竜太はまだ情報を呑み込めていなかった。
「ちょっと待って。一回整理させて。えっと、確認だけどそれ本気で言ってんの2人とも? 嘘ついてないよな」
楓と柊は竜太の反応を楽しむように笑った。そして、楓が竜太に説明する。
「嘘じゃないよ。さっきまで僕らもいたから。すごかったよ、地下にもう一つ国があって広大な大地が広がってたし、家もたくさん並んでた。地上がもう一つあるみたいだったよ」
子供のように弾んで言う楓に竜太は品定めでもするかのように眉間にしわを寄せて聞いていた。
「頭打っておかしくなったとかじゃなさそうだしなぁ…まあ嘘はついてるわけじゃないか。嘘だったらこの期待と時間を返せよ」
「それよりも竜太君、武器庫に行こうよ。スーツも選ばなくちゃ」
「それよりもって…」
竜太は半信半疑の様子だったが竜太は柊に引っ張られて3人は武器庫にそのまま向かった。
「うおぉ、すげー何だこれ!」
竜太は武器庫に入ると興味津々にリボルバー式の拳銃を手にとって目の前に相手がいるかのように狙いを定めて銃を撃つふりをした。
「そこのクローゼットにスーツがあるから好きなやつ選んでいいよ」と柊が言う。
竜太は自分の身長よりも大きなクローゼットを端から一つ一つ開けては中を舐め回すように眺めていた。
「スーツにも色んな種類があるんだな。しかも学校の制服より生地の質感が全然違うし高級感半端ねぇ。なのに、ゴムみたいに伸び縮みするし」
「ここにあるスーツは戦闘に対応できるように特別に作ってあるからね」
「あれ? スーツって黒だけじゃないんだ」
「白以外だったら何でもあるよ。楓君は他の種類見なかったの?」
「連堂さんに渡されたのが黒だったからそれをそのまま着たんだけど…」
「あれ、連堂さんそれも言ってなかったんだね」と柊は苦笑いを浮かべる。
「幹人ー、なんで白はダメなの?」
「白はALPHAが隊服の色で統一してるんだよ。だから、僕らは白いスーツは一切着ないし、ここにも置いてないんだ。白はALPHAの色ってモラドの中では共通認識だからね」
竜太は「へぇー」と頷きながらもうすでに着ていた服を脱いでスーツに着替え始めていた。
「竜太もう決まったの?」
「おう! どうよこれ! 似合う?」
竜太は紺のセットアップのスーツにスカイブルーのワイシャツを中に着ていた。
「似合うよ竜太君。大人っぽくなったね」
竜太は「そう?」といって顔を赤らめて照れている様子だった。
「竜太、ネクタイはしないの?」
「苦しくてしてらんないよ。高校の制服もネクタイ緩めてたし。楓は真面目だな」
楓と柊は同じネクタイ同士で目を合わせた。
「そしたら次は武器を選ぼうよ」
3人は武器が並べられている棚の方へ向い、竜太がしばらく棚を見つめてから即断即決するように短い時間で武器を決めた。
「よし、これとこれ」と太刀を一本とさっきまで遊んでたリボルバー式の拳銃を手にとった。
「竜太君は決断が早いんだね」
「勢いで決めるところがあるんですよ」と楓が苦笑いを浮かべる。
武器庫に入室してからまだ10分も経っていないが竜太はすでにスーツも武器も決めていた。
「やっぱ、日本男児は刀だよな」
そう言って竜太は少年のように刀を見つめながら棚と棚の並ぶ二人分ほど通れる幅の狭い通路で刀を抜いた。
「うわ! なんか黄色く光ってんだけど。これがヴェードってやつ?」
「そうだよ。竜太君の場合は黄色だからある程度訓練を積んだヴァンパイアと同じレベルになるね」
黄色く輝く刀を眺めていた竜太がキョトンとした顔で柊を見る。
「俺、訓練なんてしてないけど」
「竜太君は元々ヴァンパイアとしてのセンスがあったか人間としての身体能力が継承されたかのどちらかで評価されてるのかもしれないね」
「よかったじゃん竜太。元々運動神経いいもんね」
「おう、なんかよくわかんないけど得したわ。ちょっと、試し打ちしてみたいな」
「そしたら、3人で訓練室に行って試し打ちしてみる?」
柊がそう言うと楓が「ごめんその前にちょっとトイレ行ってきていい?」と言ってお手洗いへ行って竜太と柊は2人きりになった。
共通の友人が楓だったこともあってか2人の間で空気が止まったかのような数秒の沈黙が生じていたが柊が沈黙を破った。
「ねえ、竜太君」
竜太は「ん?」と柊に視線を合わせた。
「竜太君ってこの間まで人間だったんでしょ?」
「ああ、そうだな。てか、なんで知ってんの?」
客観的には重大なやりとりに聞こえるが竜太は何事もなかったかのように手に持ったリボルバー式の銃を虛空に狙いを定めながらこともなげに答えた。
「この前、偶然工藤さんに会って話を訊いたんだよ。混血君の友達がヴァンパイアになったって。混血の体液が人間に入るとヴァンパイアになるって知ってたからきっと楓君がヴァンパイアにしたんだろうなと思ったんだ」
「工藤? あー、あの無理やり血を飲ませてきた女の人だな」
工藤がいかにもやりそうなことだと察したのか柊は苦笑いして頷いた。
しばらくその笑みを浮かべていたがそれを引き戻したように柊は再び真剣な顔つきになって竜太を見た。
「竜太君は人間からヴァンパイアになって嫌じゃないの?」
柊は質問が直接的だと感じたのか明瞭な音は出ていないが何か口ごもった後、補足を付け加えた。
「ほら、ヴァンパイアって人間に嫌われてるから抵抗あるのかなって…」
竜太は顎に手を置いて「うーん」と唸って考えた。
そして、柊の方に視線を合わせる。
「嫌だよ」
一言の言葉だけを投げてぶつけるかのように柊に向けて声を放った。
僅かな可能性でも、柊は違う回答を期待していたのか一度竜太に向けた視線を外してから作った笑顔で竜太に答えた。
「やっぱりそうだよね。ヴァンパイアになんかなりたくなかったよね」
竜太は柊の目を真っ直ぐに見つめた。見つめた上で答えた。
「正直なりたくはなかったよ。俺はヴァンパイアのことを弟を殺した怪物だと今でも思ってる」
柊は虚を突かれたように目を見開いたが余計な感情を溢れ出さないように平静を装って竜太に言った。
「弟、亡くなったの?」
「ああ、今から1年前くらいの深夜だったかな。本当に一瞬だったよ。家の2階の戸のカギが空いててそこから侵入したんだろうな。大きな物音がしたと思ったら弟の部屋は血まみれで無惨にも吸血された後の死体だけが残ってた。あっけななかったよ。命がなくなる瞬間は。一緒に積み重ねてきた時間がこんなにも一瞬で奪われちまうのかって。マジで何がなんだかわからなかったよ」
「……」
「弟は火葬場で焼かれて骨だけになっちまったよ。あんなに元気だったのにな。人間はヴァンパイアからしたらすぐに死んじまう弱っちぃ生き物で命も短い」
どこか遠い目をしている竜太を横目で見た柊は俯くようにして言った。
「…ごめん。竜太君」
「なんで幹人が謝るんだよ」
竜太が口元を緩めてそう言った。
そして、ややあってから柊が答えた。
「竜太君の家族は辛い思いをしたんだね。家族を失うのは辛いよね…」
柊はまた二人の間に沈黙が訪れてから柊が口を開いた。
「そしたらヴァンパイアになることに抵抗もあっただろうし、僕らヴァンパイアを憎むのは当然だよね」
「まあそうだな。確かに、ヴァンパイアは嫌いだよ。でもさ…」
竜太は途中までいいかけると表情を少しだけ緩めてから続けた。
「例えこの姿になっても親友が生かしてくれた命だ。あいつが俺に生きろって言ってんだよ。俺は親友と一緒にいたいし、あいつに協力する。だから、今のこの姿を受け入れるつもりだ。どんな姿になってもこの世界を良い方向に導けたら天国に居る弟も喜んでくれると思ってんだ」
「…そっか。人間からヴァンパイアになるって2人にはきっと僕らが想像もつかないような決断をして、今ここに居るんだよね」
「そうだな。俺は楓と違って不死身じゃないけど人間のときよりは頑丈になった。でも、ヴァンパイアになっても自分で死ぬことだって出来た。けどさ、そうやって簡単に命を捨てるような選択をするよりも、どんな形でもこうやって生きている限り明るい未来に希望を持ちたんだよ。きっと」
竜太はグッドを示すように親指を立てて柊に向けた。
「俺はヴァンパイアを全て許したわけじゃない。でも、幹人みたいないいやつも居るってわかったし、友達になれてよかった。それに、モラドみたいな組織があって良かったと思ってる。だから、全員が敵じゃないって自分に言い聞かせるようだけどさ。そう思えた気がしたんだ」
竜太が「ほら」といってグッドの形をした手を柊に突き出した。
「人間は友達になった時こうやって親指立てるんだぜ」
しばらく柊は沈黙して自分の今まで人間と接してきた記憶を想起させた。
「…そんな決まりあったっけ?」
「いいんだよ!」
柊がゆっくりと上げた手に竜太は拳を押し付けた。
「友達の友達は友達だもんな」
柊も胸の位置まで腕を上げて優しい笑みを浮かべた。
「ごめん、待たせて」
楓が長い廊下の向こうから手を振って走ってくるのを2人も見た。
「ううん、大丈夫だよ。楓君」
「なんならもっと遅くてもよかったけどな」
2人は顔を見合わせて笑った。
「え?」