20話
気がつくと、見知らぬ場所にいた。
でもすぐに、夢の中だと気がつく。
どこかの原っぱのようだけど、ある一点を除いて靄がかかっているのか、何も見えない。
見えている背景も、どこかボンヤリとしている。
その中に、何かが動いているのが見える。
「あれは…」
目を凝らしてみる。
どうやら人がいるようだ。それも2人。大人と子供。親子だろうか。
よく見てみると、頭の上に耳がある。それにシッポも。
アニメや漫画でよくいる、獣人、だろうか。
2人は仲良く遊んでいるようだ。
片方…親が野の花を使って花冠を作ると、もう片方…子供に被せる。
子供は嬉しそうに親の周りを飛び跳ねている。
微笑ましい光景だ。
「えっ、あ、あれ!?」
短く瞬きをしたら、いきなり場面が変わっていた。
真っ暗な闇の中、子供が1人蹲っている。
顔を膝に埋めているので表情は見えないけれど、その姿を見ているだけで胸が締め付けられそうだ。
「!!」
気がついたら、そばに駆け寄って、ギュッと抱きしめていた。
驚いたその子が顔を上げる。
見た事のあるその顔は。
「ママ!!」
パァッと笑顔になってギューっと抱き締め返してくる。
瞬間、辺りが明るくなった。
「そっか…」
今見ている夢が、何なのか分かった気がする。
ここはこの子の夢の中。
何故ココロがここに来たのかは分からないけど。
最初に一緒にいたのが本当の母親だろう。
そして暗闇の中は、母親と離れ離れに…この子が不意に命を落としてしまい、一人ぼっちになってしまっていた時。
そして、ココロに気がついて、嬉しくなって明るくなった…という所だろうか。
「ママ、ママ、あのね」
「ん、なぁに?」
そういえば、この子は喋れないんじゃなかっただろうか。
共に過ごしてまだ数時間だが、声は一度も、出していなかった。
「ママにね、お願いがあるの!」
「お願い?」
「うん、あのね!お名前欲しいの!あとね、起きてもママとお話ししたい!ここなら、ママと繋がってられるからお話しできるけど、外だとまだ、言葉知らないから」
繋がってられる、というのがどういう状態か分からないけれど、その状態なら会話が出来るという事か。
だとすると、憶測でしかないが、言葉の出し方を知らないのかもしれない。
つまりは赤ちゃんと同じという事か。
赤ちゃんは生まれてから、周りが話している声を聞いて言葉を覚えていく。
この子はきっと、周りに言葉を持つ者が居なかったのかもしれない。
「うん、じゃあお話し出来るようにいっぱい声をかけるね。あと名前は、起きたら可愛いの考えてあげる。どんなのがいい?」
「んー、ママとお揃いがいい!」
「お揃いかー。分かった、考えてみるね」
「わーい!ありがとうママ!大好き!」
「うん、ママも大好きだよ」
お互いにギューっと抱きしめあったところで、目が覚めた。
目は覚めたけれど、目が覚める前と状況は全く同じで、抱きしめあっていた。
ココロが起きたことに気がつくと、嬉しそうに二パッと眩しい笑顔を浮かべ、これでもかと言うほどに抱きついてくる。
「ふふ、おはよう」
やはり夢から覚めると喋れないようだ。
これは早めに言葉を覚えてもらう必要がある。頑張らねば。
「あ、そうだ、名前だったよね」
「!!」
言葉の意味は理解出来るようだ。
期待するように目をキラキラさせている。
それにしても何故、昨日の時点で思いつかなかったのだろう。
もしかしたら、名前が"分からない"と聞いてしまって、有るのだと思っていたのかもしれないが。
「そうだなー。お揃い…ココロから思い浮かぶもの…」
最初に思いついたのは"心"から"シン"というもあるけれど、女の子にシンは似つかわしく無い。もっと可愛いのがいい。
顔を覗き込めば、ニコニコと期待の篭った目で見つめられている。
それを見て、1つ思い浮かんできた。
「ニコニコ…あ、"ニコ"はどう?ココロは"コ"が2つあるから、"2つのコ"、それから"ニコニコ笑顔"で"ニコ"!」
「!!」
これぞダブルネーミング!いや、違うか。
その言葉を聞いて、その子はとても嬉しそうにしている。
名前はニコで決定だ。
「よーし。じゃあ名前も決まったから改めて皆に紹介しよう」
「?」
「昨日一緒におやつ食べた妖精達だよ。あとユキにはまだ会ってなかったよね。クッキーも頭良いから分かるだろうし…他の動物達も後で一緒に見に行こう」
そこまで喋って、ホントに大所帯になったなぁと実感する。
最初の路線から本筋は変わっていないが、ここまでになるとは思ってもみなかった。
その最もたるが娘が出来た事だ。しかも、たったの2日まえまでは予想すらしていなかったのだから。
「じゃ、そろそろ起きようか。まずはお着替えしないと」
抱き上げたまま起き上がり、クローゼットへ向かう。
昨日洗濯した中に、唯一来ていた下着があった。
一緒に洗濯した物と一緒にクローゼットの中に干してある。ひとばんではかわかない可能性もあったので、除湿機を起動しておいたので、しっかりと乾いていた。
下着を着せて用意しておいたワンピースを着せる。
髪の毛は、洗う前は汚れだったりホコリだったりで大変な事になっていたが、しっかり洗ったお陰でサラサラとした綺麗な髪質をしているのが分かる。
ちなみに色はオレンジ色だ。元がキツネだからだろうか。
自分の身支度も整えて、一緒に1階へ向かう。
その頃には妖精達と、ユキも起き出していた。
「先にご飯にしようか。昨夜何も食べてないから、お腹空いたでしょ」
そう声をかけると、お腹が空いているのを思い出したかのように「ぐぅぅぅ」と音が鳴った。
「じゃあ、ちょっと待っててね。…の前にユキにはあげとこう」
あとにすると要求と称したイタズラをしてくるから、先にあげておかないと大変だ。
ユキ用のお皿にキャットフードと水を入れているのを、興味深そうに見ていた。
朝食はパンケーキにした。
フワフワのパンケーキにバターとはちみつをかけて、オレンジジュースを用意する。
自分用には昨夜の残りのシチューも出した。
「よし。頂きます」
両手を合わせてそう言えば、真似して両手を合わせている。
と、そこでひとつの問題が発覚した。
食べやすいように小さめにカットしてはあるが、目の前に置いてあるフォークを見て首を傾げている。
「あ!使い方分からないのか」
リックは、ハロルドから手に持って食べれるのを用意するように指示が出ていたと言っていた。
そのハロルドは、最初に渡した鶏肉の串焼きを、串の部分は持たずに食べていたから、食器は使えないんじゃないかと考えたそうだが、それは正解だったようだ。
「んーじゃあこう持って」
目の前で持ち方をレクチャーする。
当然、最初から正しい持ち方は出来ないので、グーで握る感じに。
持てたのを確認して、パンケーキに突き刺す。
そのまま持ち上げればそこまで真似して、出来たことに喜んだ。
「そのまま食べて良いよ」
その言葉を聞いて、パクリと口の中へ。
またパァッと笑顔を浮かべ、次々と口に運んでいく。
詰まらせないかハラハラしながら、すぐ差し出せるようにオレンジジュースのコップを掴む。
幸いにも詰まらせることなく、完食した。
「はい、ご馳走様でした。でも、詰まらせちゃいけないから、ゆっくり食べようね」
ココロも食べ終えて片付けを終えてから、妖精達とユキを集める。
「皆、紹介するね。昨日からだけど、一緒に暮らしてく事になった子だよ。ニコって言うの。仲良くしてあげてね」
「はーい!」
「ニコー!よろしくね」
「レトだよー」
「ライ!」
ニコの周りに集まって、それぞれ自分の名前を告げている。
当然、すぐに全員覚えることは無理だろうが、ずっと一緒に居ることになるので、いずれ覚えるだろう。
妖精達が声をかける事で言葉を覚えることもきっと出来ると思う。
その中に、ユキを連れて入る。
「ニコ、この子は子猫のユキ。ニコより先にここに来たけど、ニコのがお姉ちゃんになるからね、仲良くしてあげて」
小さな体に、もっと小さな体を差し出す。
恐る恐るとだが手を伸ばし、体に触れる。
ユキも嫌がらずにその場でじっとしていた。
「じゃあ皆、これからもよろしくね!」
1人と11の妖精と、一匹の子猫と、沢山の動物達、皆に向けて。
これからの生活も、とても楽しみだ。