19話
牛乳入ったグラスを両手で持ちながら、妖精達をじーっと見つめている。
妖精達もそれに気がついたのか、オヤツを食べ終えた子なんかはふよふよと飛びながら様子を伺っている。
「やっぱり…見えてる?」
目線を追ってみると、やはり妖精を目に捉えている事が分かる。
過去には複数名が妖精を見ることが出来ていたと以前聞いていたが、今はココロ1人だけ。
けれどそれは人に限った話で、動物達には見えているようだ。
その最もたるが子猫のユキ。
飛び回ってる妖精達によくじゃれついている。…決して、狩りをしている訳では無いと、思いたい…。
動物には霊が見えるとよく言われているが、それと似たようなものだろうかと考えていた。
ではこの子は、どうなのだろうか。
獣人の子と言うことは、人と動物半々(じゃないかもしれないが)。
動物としての本能なのか、何かの能力によるものなのか。それは今はまだ計り知れない。
「あ、そうだ。ロズ」
「なーにー?」
「この子、ユキ達と同じようにお話出来ないみたいなんだけど、何か読み取れる?」
「んー?」
飛び回るのをやめて、目の前でピタリと停止する。
そのロズをじっと見つめるその瞳から、警戒心は見られない。
「んー、たぶん、ママといれてうれしい…かなぁ?」
「んー、ロズでもはっきり分からないって、ママァ!?」
ロズの爆弾発言に驚愕する。いつの間にママになったのだろう。
驚きながら腕の中にいる子を覗き込むと、ココロの服をキュッと掴みながら、視線が合ったのが嬉しいのか二パッと笑顔を浮かべる。
胸を何かに撃ち抜かれる。思わずその小さな身体を抱きしめた。
「そうだよね。こんなに小さいのにお母さんと引き離されちゃったんだもんね…」
つまりハロルド達の意見は正しい。ココロもそれに肯定したからこそ、引き受けてきたのではあるが。
「けど、こんなに可愛い子のママになら立候補しちゃうかも」
抱き締めたまま頭を優しく撫でてあげれば、さらにニコニコと笑みを増している。
この子の中で、ココロの事はもう母親と認定しているのだろう。
それがなんだか、嬉しく思えた。
「さて、じゃあお風呂にしようかな」
気にはなっていたことだけど、少し汚れている。
発見したの路地裏だと言っていた。保護したはいいが、食事以外の世話は断念したのだとか。
つまりお風呂には入れられていない(排泄は、そう言えばどうしたのだろう)し服も着替えていない。
そもそも着替え自体無いのだ。明日は買い出しに決定だ。
「んー、シャツ1枚じゃなあ…」
湯船に湯を張っている間、とりあえずパジャマにできるものは無いかとクローゼットを探る。
当然サイズが合うものなんてない。
速攻で作る…というのはまず頭に浮かんでこなかった。
裁縫のスキルは無いに等しい。当然、必要としなかったから道具も無い。
「あ、そうだ。ミドリさんの服の中に…」
そういえばと思い出す。
妖精達が取っておいてくれた、ミドリさんの使っていたであろう服に紛れて、数着小さいサイズのワンピースがあったと記憶している。
小さいと言ってもキッズ…小学校低学年くらいの子が着着れるサイズだから、それでも大きいだろうが、ココロの物を着せるよりは良いだろう。
「あ、あったあった」
これは着れないからと、箱の中にしまい込んでおいた物を引っ張り出す。
室内用と思しき1枚除いて他はハンガーへ掛けておいて、明日着れるようにしておく。
下着は、もうどうしようも無いので諦めた。
「さて、最後の問題は…」
この子がお風呂大丈夫かどうか。
今までどういう生活をしていたか分からないので、もしかしたら嫌がるかもしれない。
それなら、濡れタオルで拭くしかないだろうか。
とりあえず、綺麗とは言い難いベッドシーツと、掛け布団のカバーを剥がし、着替えと一緒に抱えて風呂場へ向かう。
汚れ物を洗濯機に入れ、他のものはカゴに入れてから少女を迎えに行く。着いて来たがったが、両手いっぱいになってしまったのでベッドへ座らせてある。
服を探してる時は、傍に立ってずっと服の裾を握っていた。可愛かった。
「さ、お風呂行こう」
お風呂が何か、確実にわかっていないのだが、ココロが手を差し出せば、迷わずその手を握ってくる。
脱衣所で服をぬがせて洗濯機に入れ、ココロも脱いだ服を洗濯機に入れる。
浴室へ足を踏み入れれば、温かさに気が休まる。
床に下ろして、シャワーを準備すれば、突然水が出てきた事にびくりとさせる。
ダメかもと思い顔を覗き込めば、どうやらびっくりしただけで怖がってはいないようだ。
小さな手をそっと持ち上げて、緩くしたシャワーのお湯を掛けてあげれば、その温かさに目を見開いた。
濡れることに抵抗はないようで、パシャパシャとお湯で遊び始めてしまった。
「…大丈夫みたいだね」
そこから腕、足とゆっくりお湯をかけて行く。
肩から全身にかけてから、頭の後ろ側にシャワーを伸ばす。
肩より少し長い髪を下から濡らしていく。小さな三角耳がペタンと垂れる。
けれどそれは、ココロの猫耳のように怯えた様子はない。
耳の中に水が入らないように塞いでいるようだ。
「かけるね」
サッと全体を濡らして、買ってあった(使えてない)普通のシャンプーを出して泡立てる。
それを使って頭を洗ってから、泡を落としていく。
軽く水分を拭いてから身体を洗い、手短に自分の全身を洗って、抱き上げた状態で湯船に浸かった。
ココロの腕にしがみついて少しビクビクしていたけれど、完全に沈まないことに安心したようだ。
少し出ている肩にお湯をかけていく。
しばらく浸かっていれば、目元がトロンとし始めた。
「そろそろ上がろうか」
脱衣所に戻り、しっかりと水分拭き取る。
けれど今にも寝てしまいそうだ。支えながら髪を乾かすのは難しい。
「フウ、リン」
「はーい」
「なーにー?」
呼べば直ぐにやって来る妖精。
入浴中、妖精達は各々過ごしているようだが、呼べばちゃんと答えてくれる。ここに呼んだのは初めてだが。
「ユキにやったみたいに、この子の髪を乾かしてもらえる?」
「はーい!」
「分かったぁ!」
髪を乾かしている間に、パジャマ代わりのワンピースを着せる。
フウにはそのあとも、小さな身体が倒れないように支えて(軽く足が浮いてた)もらい、その間に自分の体を拭き取る。
ワンピースタイプの(こちらはれっきとした)パジャマを被り、髪は後回しにして、先に寝室へ連れていく。
壁側のベッド端にそっと寝かせて、逆側からシーツを張っていく。
中央まで張れたらそこへ移動させて、端まで張る。
掛け布団のカバーも被せたら、スヨスヨと寝息を立てる小さな体を覆うようにかける。
「よし」
起こさないように、そっと部屋の外へ出た。
「んー、夕飯は軽くで良いかな。あの子は多分、しばらく起きないだろうし」
最悪夜中に起きてしまうかもしれないが…。その時が起きた時のために、シチュー風の野菜スープ(冷凍しておいた野菜と市販のスープの素)を作って、軽く食事を済ませてから寝室へ戻る。
起きた様子は見られない。
再度起こさないように掛け布団を捲り、小さな身体をそっと抱きしめるように、ココロも眠りに就いた。