序章
2機の人型兵器”サムライ”が宙の古戦場で戦っている。
そこは昔、大規模な戦闘があった宙域で、大破した300隻以上の宇宙戦艦が漂っている。
1機は機動性重視の仕様で、青い機体のセンプウ。
もう1機は火力重視の仕様で、黒を主として各処に黄金色をカラーリングしたライデン。
センプウとライデン、1対1の戦闘は、双方決め手に欠けるまま1時間を越えようとしていた。
センプウが浮遊物の陰から姿を現しては大型のレーザービームライフル”遠雷(エンライ)”で攻撃し、複雑な乱数機動てライデンからの攻撃を躱す。
それに対してライデンは、大破した宇宙戦艦で待ち受ける。遠雷を右手で持ち連射モードにし、左手のレーザービームライフル”雷(イカヅチ)”は通常モードで使用している。遠雷の連射モードでは、余程の近接距離でない限り、一撃でセンプウの装甲を穿つに程の威力はない。”遠雷”、”雷”ともに有効射程内で、かつ通常モードで装甲を貫けるのだ。
ライデンは遠雷の連射でセンプウの機動を制限しながら、雷で有効打を狙うが舞う如くふわりとセンプウに躱されている。センプウは障害物のない空間では大きな円の軌道で動きながら、機体を半回転させたりと小さな動きを混ぜている。機体の半回転や遠雷の反動を使った小さな動きは、レーザービームの通過場所を予知するかの如くライデンの攻撃を回避していた。
ライデンは広い空間での戦闘を不利とみて、大量かつ大きな浮遊物のある場所か、宇宙戦艦内に引きずり込もうとしている。
時には浮遊物を狙撃してセンプウの動きを牽制し、連射で巨大浮遊物の方へ誘導。時には宇宙戦艦の内部を移動して亀裂部分からレーザービームを放ち、宇宙戦艦に誘き寄せる。
努力の甲斐あって、10隻以上の宇宙空母打撃群の墓場で回廊状となっていた宙へとセンプウを連れ込めた。
火力に勝るライデン有利の戦場。しかし、センプウのパイロットの腕は尋常でなかった。
連射のため威力が弱い遠雷のレーザービームは斥力装甲で受け流し、雷のレーザービームは完璧に回避する。センプウが放つ遠雷の強力なレーザービームを、ライデンも斥力装甲で同じように受け流そうとしているが、パイロットの機体操縦能力に差があった。
徐々にライデンの斥力装甲が削れていき、装甲の斥力の減少していく。
回廊内を通り追いかけるセンプウ、逃れるライデン。
機動力の差でセンプウとライデンの距離が縮まる。
しかも、サムライの10倍はある宇宙空母の甲板の破片が、ライデンの駆けていく前方を漂っていた。
ライデンは誘導ミサイルの全弾を発射する。センプウが同じく誘導ミサイルで応射した。
センプウの狙いはライデンの誘導ミサイル。
ミサイル搭載数は方法によるが、ライデンはセンプウの倍以上を積み込める。
中長距離で威力を発揮するミサイルは良い判断だったが、センプウのパイロットはその上をいった。弾数で劣るセンプウが誘導ミサイルで対応するには、機体を狙っていては相殺しきれない。
ミサイル同士の爆発でお互いの機体がレーダーから消える。
その瞬間に、ライデンは前方の巨大な破片を蹴り、ダークエナジーと高周波を併用した黒刀(コクトウ)を抜刀する。
センプウのパイロットからすると、予測しえない速度でライデンが目前に迫っていたのだ。
黒刀は近距離戦で圧倒的な破壊力を誇る。
しかし、センプウのパイロットの反応は常人を上回っていた。センプウの持つ遠雷の長い砲身を黒刀で受ける。半ばまで砲身を切らせつつ力のベクトルを変え、遠雷を放りライデンの黒刀をセンプウの機体から遠ざけた。
同時に腰に履いていた黒刀を右手で抜き去り、右手首を回転させて振り下ろす。人体に不可能な最小限の動作で、ライデンの左肩から脇の下へと一刀両断にしたのだ。
ライデンは左手に持った雷を失い、右手の黒刀も思い通りに動かせない。
センプウは黒刀を横薙ぎにするだけで、胸部にあるライデンのコクピットを破壊できる。
しかし、センプウのパイロットはロックオンアラートに反応し、背中のメインエンジンの最大出力で飛翔する。
刹那。センプウの両脚の膝から下が吹き飛んだ。
誘導ミサイルを発射しレーダーから姿を消えた瞬間、ライデンのオプション装備で遠雷を空中砲台にしたのだ。黒刀による近距離戦の最中、連射モードから最大出力に変更した遠雷で、別の位置に漂う空中砲台から照準したのだ。
その罠にすら反応し、センプウは空中砲台のレーザービームを両足の損傷に抑え、飛翔しながら黒刀を振るう。ライデンの背中から胸部へと達した刃は、頭部へと抜けた。
センプウの勝利が確定したのだ。
ライデンのコクピットに能天気な声が響く。
『いやいや、危なかったなぁー。連勝記録が途絶えてしまうとこだったねぇーーー』
「・・・翔太用の訓練メニューなんて考えんじゃなかったぜ」
ボヤキながら、アキトはシミュレーション用コクピットから軽やかに飛び出した。
アキトと翔太は、ルリタテハ王国軍の最新シミュレーターで対戦していたのだ。
シミュレータールームに隣接している観戦ルームで、2人はテーブル席に座り反省会を・・・しないで、コーヒー片手に雑談を始める。
「何かを賭けて戦わないから、アキトの負けが込んできたんじゃないかとボクは思うんだよね」
「いや、全然」
「そろそろ人生の勝負時じゃないか? ということさ」
「オレは、これっぽちも感じてないぜ」
「安心安全のお宝屋への永久就職を賭けて勝負しないか?」
「ブラック具合では新開家と同じだろ。安心でも安全でもないしな。大体、永久就職なんて人生を賭けてじゃねぇーかよ」
「もちろん就職は、不当な契約内容のお勤めを果た終える4年後で構わないさ」
「お宝屋の永久就職が、不当な契約内容ではないとでも?」
「いやいや、アキトにとって、これ以上魅力的な就職先があるかな? 今ならオマケに、妻として千沙もつけるからさ」
「千沙に聞かないでイイのかよ」
「必要かな?」
必要・・・ないな。
オレは恋愛に疎いらしい。だけど、千沙がオレを好いてくれているのは分かるぜ。
まあ翔太曰く、どんなに鈍くでも気づくさ・・・とのことだが。
「仕事の一貫で戦闘してんだぜ? 賭け事の対象にしてたまるか」
ここは、ルリタテハ王立大学に新設されたエレメンツ学科の専用棟。
オレは若干17歳にしてエレメンツハンター学の教授に就任したのだ。
世間的に見て、かなりハイスペックといえる人材。前途が明るいという以上に輝かしいのだろうが、眩しすぎて、まっっったく見通せない。オレにとって殆ど旨味がなく、ダークマターとダークエナジーを扱う学科だけあってブラックな職場環境。
新開家の思惑も重なりエレメンツ学科の教授の業務と研究を熟した上で、新開グループへも研究成果を齎さねばならない。
昨年の自分が憎い。
いや、ジンと出会ったのが運のツキだったのか?
4月のエレメンツ学科開講まで、後2週間。
オレの助手にして、エレメンツ学科の何でも屋講師に就任した翔太と急ピッチで準備を進めている。さっきまでは、軍用シミュレーターをダークマターハロー航海シミュレーターへと調整するため、機能を確認していたのだ。
全ステージを確認するため、1日の業務の始まりと終わりに1回ずつ、毎日2回、翔太と対戦している。本当は対戦しなくても確認できるが、対戦している。息抜きも必要だから・・・。
最近は負け続きで、息抜きではなく、ストレスを溜め込んでいるような状態だが・・・。
翔太の”マルチアジャスト”は反則・・・というより人外のスキルだ。
オレの空間把握能力は翔太より上だ。戦略戦術は比較するまでもなく、圧倒的にオレが上だ。しかし、把握した空間内をサムライで移動する能力は、桁違いに翔太が上であり、反応速度が人外なのだ。
今度、どんな理由をつけでもジンと対戦させたいと考えている。どっちが強いか興味がある。
人外のスキルを持つ翔太か?
人外のジンか?
まあ変に策略を巡らせなくても、対戦してみてと言えば、2人とも嬉々として即答するだろうが・・・。