終章-4 ルリタテハ王国の神様の所業
「毎度ありがとうございまーーーすっ。またのご利用をお待ちしておりますねぇー」
沙羅はアキトから知りたい情報を聞き出し、ご機嫌だった。半面、オレは心の内を暴き立てられ、少し落ち込んだ。
オレの女性の好みを訊いてくるなんて・・・。
理由は納得のいくものだったが・・・。
新開家に近づきたいと考える輩は多い。まだガードが緩く、社会経験の少ない新開家の未成年を攻略対象とする。好みの女性が近づいてきたら、無碍にできないとの考え方かららしい。
オレは仕方なく・・・本当に仕方なく・・・マジ仕方なく・・・正直に好みを答えた。少し予防線は張っておいたが・・・。
「あくまで今の好みだぜ。あとで好みが変わるかもしれない」
遠回しに必要ない情報じゃねぇーのかと聞いてみた。
「もちろん構わないわよ。良い? データは時が経つにつれ蓄積され、様々なデータで分析することで価値ある情報に成長していくのよ」
どうあっても聞き出すつもりのようだ。
「金髪碧眼、中肉中背、髪はセミロング、知的で面倒見が良い女」
感情を入れずオレは淡々と答えた。
「王位継承順位第八位?」
「違う」
「一条風姫?」
「全く違う」
「そうかぁあ・・・美少女だものね。だけど、もっと身近にも目を向けた方が良いわよ」
「あくまで女性の好みを言っただけだぜ」
「別に好きな女性でも良いわよ」
「主旨がずれてってる・・・」
沙羅の瞳の輝きは、オレの訂正を受け入れる余地がないと雄弁に語っていた。間違った情報を正しい情報として脳にコミットしたらしく、オレは早々に説明を諦めた。それに、風姫を好きだと誤解されても支障ないだろうし、誤解を解く過程で、隠しておきたい事実が発覚するかも知れない。
その他にも自分の個人情報を切り売りした結果、精神的に大きな負荷が掛かり、そうして得た情報は脳に多大な負荷を掛けた。
喫茶”サラ”を出て、近くの公園のランニングコースを走りながら、多くの情報を整理整頓する。
ルリタテハ王国は、ヒメシロ星系の民主主義国連合とミルキーウェイギャラクシー帝国のスパイを徹底的に取り締まることになった。桂木オーナーは、スパイの割り出しと証拠固めに協力しているらしい。
今までヒメシロ星系はルリタテハ王国の辺境とされていたが、今後は開発の中心星域と位置づけられるのだ。その為にも他国のスパイを管理する必要があったのだが、辺境であったヒメシロ星系に、そんな実力はない。そこでジンは、スパイの一掃作戦を立案したのだ。コムラサキ星域やヒメジャノメ星域にルリタテハ王国軍が展開し終える時間を稼ぐために・・・。
因みに、スパイであるのに中々物的証拠が揃わないという事実をジンが知ると、数日後には何故か充分な証拠が発見されるのだ。もちろん、桂木オーナーが忙しいことと無関係ではない・・・というより暗躍しているらしい。
オセロット王家と新開家で、すでに10回以上もの交渉が実施されている。殆どは下交渉として両家の法務担当者同士だけだが、そのうちの2回は、家の代表も参加したようだ。
《・・・ようだ》というのは、情報料が足りず両家の代表者の名前を教えてもらえなかったのだ。
知らない内に何度も交渉が行われてるとは・・・ヤバい状況だった。
オレの意志が全く反映されない可能性がある。
業務量を減らして時間の余裕ができた。今日から親子の会話を増やすようにしようと、オレは心に固く誓ったのだ。
『ルリタテハ王家と新開家および新開空人。この3者間で締結された契約に、異論はないな』
アキトの曾祖父であり、新技術開発研究統括株式会社の会長でもある”新開蒼空”は、厳かに宣言した。
「一条隼人の名に懸けて、異論はない」
ジンが即答した。
次いで証人として、これ以上の大物はいない人物が返答する。
『ルリタテハ王国国王、一条千宙の名に懸けて異論はない』
新開家へ圧力を掛けるため、ジンが引っ張りだしてきた、という訳ではない。蒼空がルリタテハ王家として契約を守らせるために呼んだのだ。新開家の総意で、トラブル上等のジンだけでは、まぁーーーったく信用できないとなったからだ。
「新開優空も異論はありません。空人も異論はないね?」
研究開発施設の役員用応接室にオレと父さん、ジンが集っていた。
その応接室の四方の壁面は、全てディスプレイになっている。当然、ドアのある壁面もだ。今は2つの壁面ディスプレイしか使用していないが・・・。アキトたち3人は部屋の角を向きソファーに腰を掛け、右壁面に新開蒼空、左壁面に一条千宙が映っている。
「ありません」
ルリタテハ王国で契約が締結されたと見做されるのは、文書が交わされてから1日後になる。これは、本契約に付随する捕捉文書の検討に必要な時間とされている。本契約で本筋を合意し、捕捉文書で詳細な契約や様々なケースを想定した内容を記載する。大きな契約や重大な契約になればなるほど、打ち合わせ回数が多くなり、捕捉文書の量が膨大になっていく。
仮締結した後、1日以内に打ち合わせ内容と矛盾が生じていないかを確認する。また本契約と捕捉文書の整合性、捕捉文書内の優先契約の順位、ケースの妥当性など様々なチェックも必要だからだ。
今回が最後の打ち合わせの予定で、文書が交わされてから、もうすぐ1日になる。
「さて・・・15分ぐらい残っていますしね。幼い頃の空人の動画でも再生しましょうか?」
皆の表情が固く、冗談で場を和ませようとする父親の苦労が忍ばれる。
オレは我関せずと、今までの苦労を思いだす。喫茶”サラ”から戻って、すぐ父さんに直談判したのだ。契約の当事者を打ち合わせに参加させないのは、間違ってると・・・。
いつものように父さんは、オレの怠慢を徹底的に突いてきた。
打ち合わせ議事録は毎回メールしているし、開催案内もメールしていると・・・。必要であれば議事録に意見を出しても良いし、打ち合わせに参加しても良いと・・・。
忙し過ぎて、研究開発に関係ない文書のメールなんて読んでられなかった。というより、その辺は朝食の時にでも話してくれればイイものを・・・。絶対、ぜーったいに読めてないのを分かってて、報せなかったに決まっている。
「そのデータを送ってもらおうか。話のネタに丁度良い」
応接室に来てからのオレは、最低限しか口を開かず、感情を表に出さないように気を付けていた。ジンに素のままツッコミを入れそうになるからだ。
「ふてぶてしい表情を浮かべたりする今とは比較にならないくらい可愛いので、物笑いの種にはならないですよ」
邪悪な笑みを浮かべるジンに、愉快だと笑顔で話す優空。
どうやら父さんは、冗談を口にしていた訳ではないらしい。
2人に対してオレは、冷静に意見する。
「お父様、肖像権を尊重して頂きたいものです。それにジン様」
しかし、話しているうちにオレの猫かぶりは限界に達した。
一呼吸入れてから、ジンに素の口調でクレームを入れる。
「・・・やめろ。不当な扱いには拒否権を発動するぜ」
「ほう、このぐらいで不当な扱いだと抗議するとはな。そんなもの通用しない。それともアキトは、我に戦いを挑んでいるのか? そうか、そうなんだな。それは大変に良い度胸だ。相手になってやろう」
どんな戦いをするってんだ・・・。オレは話を逸らそうとするジンの話術を無視し言い放つ。
「オレは未成年だからな。ある程度ワガママ言っても通用する。なにせ未成熟な年齢だから、国による保護が不可欠なんだろ?」
ここ数ヶ月の間に契約関連で何度も失敗すれば、法律を勉強するし調べもする。特に自分の立場に関連する項目は重点的に調査した。
喫茶”サラ”からで情報を得てから、アキトにしては研究開発以外の時間をバランス良く使っていた。トレジャーハンターとしてのトレーニング、運動、契約関連の勉強、ストレス発散のための遊び・・・お宝屋と風姫が傍にいることが多かったが・・・。
充実した状態で今日を迎えた。
しかし、そんなアキトでも、この場にいる大人には全く歯が立たないのだった。
「いいかい、空人。いくら未成熟な未成年でも、契約外の我が儘は品性が問われるからね。新開グループでは品性も評価対象になり、品性に欠ける人物を重用しない。それは品性に欠ける人物のコミュニケーションは、対外的にも対内的にも新開グループの品格を貶めかねないからだよ」
「分かりました、お父様。拒否権の発動するという言動を軽々しく用いるのは慎みます」
あくまでも父親に返答しただけで、謝罪はしていない。ジンに対しては返答すらしていない。アキトの表情には、理解したが納得いってないというのが、ありありと浮かんでいる。それでも、契約の場を、みだりにかき回さないだけの配慮はあった。
『契約の締結完了時刻だ。余は席を外す。・・・蒼空』
『何かあるのか?』
『あぁ・・・いいや、また後でな』
言葉を濁し、ルリタテハ王国国王は《席を外す》という言葉で通信を切断した。この時代で席を外すとは、すぐには連絡が取れない、通信に出られなくなる状況になるという意味を含んでいた。
一条千宙と新開蒼空は友人なので、個別に話したいことがあったのだろうとアキトは軽く考えた。
しかし、それはアキトに関連した内容で、軽いことではなく・・・新開家が最後の機会を逸してしまった瞬間だった。
契約締結後、就職祝いということでオレはジンから食事に招待された。すでにお宝屋と史帆が指定されたホテルにいるということだったので、オレは急ぎ自分のカミカゼ水龍カスタムモデルを疾駆させた。ジンは貴賓車両でシロカベン市街へと向かうということだった。
ルリタテハ王立大学からの通知があったとクールグラスに表示されてたので、シロカベン市街に到着してから、カミカゼを停止させ内容を確認した。その場でオレは、しばし呆然とする。
嬉しいと言ってイイのか・・・。
それとも厄介事と考えた方がイイのか・・・。
講師をしながら大学の学位を得られるように、王家が取り計らうという契約。ただし公正を期すとも通告されていた。
つまり4年間、何処かの学科の授業を受け、落第しなければ学位が得られるということだ。そこに誤解はない。
報酬に関しては、職務に適正な支払いを保証し、極めて厳正に能力で判断するとも契約に記載があった。そこにも誤解はない。
新開家の目的はオレに学位を取らせること。
だから契約期間の4年間に反対しなかった。
今からすると、風姫の卒業に合わせて王家は4年間を提示してきたのだろう。
30分ほど色々なケースを検討してみたが、社会経験の少ないオレには判断がつかなかった。分からないなら確認するしかない。
オレはホテルの部屋に飛び込むように入り、開口一番叫び声をあげる。
「ジィーーーーッン!」
「騒ぐな、アキト」
「オレが教授だってぇえええ?!」
「光栄だろう。ルリタテハ王立大学の教授職なぞ、なりたくてもなれん。我が推薦した。ダークマターの惑星ヘルに突入し、無事に脱出してきた経験を持つのは、人類でアキトだけだろうな。故にアキトは、エレメンツハンター学の教授なのだ。高々17歳で就任し、ラボまで主宰できるのだ」
「契約は・・・」
「無論遵守した上で、最高の結果を手にしたのだ。相手にも一定の利益享受がある。四方八方が丸く収まる。どうだ? 我のこと、神の如しと感じておるのだろう。まさにルリタテハ王国の守護神であるがな」
「ふむ、どちらかというと、現ロボ疫病神だと感じてるぞ」
「いやいや、ゴウ兄。ああいうやり方を自作自演とかマッチポンプっていうのさ。まあ、僕は”人でなし”だなと思うよ。ああ、そうそう。僕はアキトのサポート役としてテストパイロットに立候補するよ。アキトが僕を助手に指名すれば良いだけさ」
「それは・・・ちょっとイイかも・・・」
「うんうん、じゃあ決まりだね」
「アキト! 騙されてるわよ。見事に掌で踊っているわ」
「決めるのはアキトさ」
「そうじゃない。そうじゃないわ。アキトは教授としてルリタテハ王立大学にくるのよ。ルリタテハ王立大学には優秀な人材が大勢いるわ。あなたを助手にする必要なんか全然ない・・・というより邪魔だわ」
「僕以上にアキトを分かってる人はいない。僕ならアキトが存分に腕を振るって開発した新技術のテストパイロットになれるのさ。そう・・・」
「うむ。そういえば、俺もジンからエレメンツ学科トレジャーハンター学の教授として招聘されている」
「はっ?」
「えっ?」
アキトと風姫の脳に情報が正しく伝わらなかった。千沙の脳には伝わったようだが、意味を理解できてない様子で、ゴウに質問をする。
「どういうことなの?」
「王家、新開家、アキトとの契約が締結されるまでは、守秘義務があったのだ」
「いやいや・・・どこで何するって?」
千沙同様、翔太の脳に伝わったのも情報だけだったらしい。
「ルリタテハ王立大学エレメンツ学部エレメンツ学科で、トレジャーハンター学の教授だ。さっき、正式に通知がきたぞ」
「なんで・・・どういうことかしら? ジン」
「新規に開設した学科だ。人材が足りん。我がエレメンツハンティング計画学を担当し、統合物性学・・・分かりやすく言うとエレメンツ学を担当する。ダークマター学やダークエナジー学は、王家や王立研究所から手配するとしても、エレメンツハンター学とトレジャーハンター学も必要だろう。トレジャーハンターとして実績があり、軍隊との戦闘経験まであるのだ。お宝屋代表がトレジャーハンター学を教えるのは適材適所で適任といえる。何よりも、面白くなりそうだ」
風姫はジンに何を言っても無駄と判断したのか、ゴウに厳しい声で尋ねる。
「なんでOKしたのかしら?」
風姫からの冷たい非難の眼差しにも、ゴウは一向に堪えることなく答える。
「いや、面倒だから断ろうとしたんだが、アキトも行くし、長期休暇にトレジャーハンティングしてもOKなんだ」
「お宝屋はどうするの?」
千沙からは当然の質問が出たが、ゴウは微妙にポイントを外して答える。
「いや、トレジャーハンティングするぞ」
「いやいや、ゴウ兄。授業期間中、僕達はどうするのかってことだよ」
「翔太はアキトの助手だろ。それなら千沙は俺の助手だが」
「あたしも行けるの」
「うむ、そうだぞ」
満足そうな笑みを浮かべた千沙と対照的に、史帆は一言も会話に入れず呆然としていた。
史帆自身の身の振り方にもオファーがあるのだ。
風姫達との夕食で、アキトは楽しく会話しながら、時折思考を巡らせていた。
16歳でトレジャーハンター。
17歳で教授。
オレって世間的に見て、かなりハイスペック?
オレ自身が、だぜ。
新開一族の新開空人が凄いんじゃねぇー。
オレ自身がスゲェーんだ。
今までのオレは、新開家の一族だからって優遇冷遇どっちもお断りだと、そう考えていた。
ただ新開グループと新開家を外から見てみて・・・特に、ここ1ヶ月ぐらい見てきて、凄味が分かってきた。
そして、その前の風姫との出会いで、家を無視せず認め、家を利用し、家の格に追いつくという考え方があるということも知った。
風姫はルリタテハ王家の格に挑戦してるんだ。
新開家ぐらいで怯んでたら、オレ自身の格が新開家の格に追いつけないと認めるようなもんだ。
今のオレの実力では、確かに新開家やルリタテハ王家との格に違いがありすぎる。だが、まだまだ限界じゃない。自身の限界に挑戦し限界を超えるためには、利用できるものは利用し尽くす。そうすれば、オレ自身の実力は飛躍的に向上する。新開家、ルリタテハ王家の格を抜き去れる日が絶対にくる。今日からのオレの格の目標は、まず新開家だ。そして、次にルリタテハ王家の格。
オレは絶対に負けない。そして越えてやるぜ。
アキトは慢心することなく決意を新たにした。
しかし無事に契約も締結し、思っていた以上の好待遇らしい状況に、アキトは浮かれていたのだ。そんなアキトに待っていたのは、新開家からの容赦なきオーダーだった。
祝賀会が終了し、アキトが宿泊しているホテルに到着したのは21時過ぎだった。
エントランスで10メートル程のセキュリティーチェック用通路を通り抜けると、コンシェルジュが待っていた。そこでオレは呼び止められ、父さんがパーティールーム”さくら”で待っていると伝えられる。
教授就任や雇用条件は新開家にも通知されたはずなので、急遽パーティーを開いてくれんのか?
いや、良くも悪くも理知的な親だ。そんな無計画にパーティーの開催はしないだろうな。
となると・・・分からん。
エアボードがパーティールームの前で停止し、推察する時間がなくなった。答えはすぐ目の前にあるのだから、これ以上は考えるだけ無駄である。
アキトは躊躇せずパーティールームへと足を踏み入れ、言葉を失った。その間隙を縫うように優空の言葉が耳へと入ってきた。
「あーっと・・・適当に待ってるように。特許戦略が難航していてね」
パーティールームの名は”さくら”。
120畳敷きの和室であった。
中規模の和室のパーティールームであって、この程度で驚くに値しない。アキトが驚いたのは、パーティールームの意義を正面から否定するかのように設置された、膨大な機器に対してだった。まさに部屋を埋め尽くさんばかりである。
入口から奥の演台まで一直線に幅2メートル程の道ができていて、部屋の中央には半径3メートルぐらいの作業スペースがある。
父さんが作業スペースしてる中央に近づき、無造作に置いてある座椅子でオレは胡坐をかく。
研究開発施設は仮説ラボが多く、父さんの執務室まで用意できなかったのだろう。因みに仮説ラボが思わぬ効果を生みだしているようで、新開グループの研究開発施設担当者の見学ツアーが組まれているらしい。
まっ、オレには関係ないけどな。
「ゆっくりしてるよ」
口調とは裏腹に、オレは父さんの仕事を目で覚え、内容を理解し今後利用するつもり満々だった。
しかし、結構自信満々だったのだが、オレは殆ど理解できなかった。
中央に3Dホログラムで表示させているのはパテントマップ。つまりは特許同士の関連図だった。周囲のディスプレイにはパテントマップで選択した特許の詳細が表示されていた。特許情報が表示されていないディスプレイには、プロジェクトの詳細が記載されている。
20分ほど放置されてから、漸くアキトに視線を合わせ、父さんが話しかけてきた。
「お待たせた。だけど、これから忙しくなるアキトに無駄な作業をさせたくなくてね」
忙しくなる?
オレが?
またまたぁーーー。
父さんが家庭で良く冗談を言うのをオレは知ってる。そして仕事に関しては、理知的で生真面目というの知ってる。
さてと、今は?
仕事モード・・・だよなーーー。
つまり冗談ではない・・・と。
・・・ホント冗談じゃないぜ。
「父さん、念の為に訊くけど・・・決定事項?」
「うん、誤解のないように伝えないといけないよね。いいかい、空人」
一拍溜めてから、しかし優空は、あっさりした口調とこの上ない笑顔で伝える。
「新開家の決定事項」
やっぱり、かぁあぁあぁああああーーーーー。
「何で? どのくらい忙しく?」
「詳しくは資料を使って話すけど、ざっくり試算するに休みは日曜日のみで、契約開始前の1月31日までになるね」
「年末年始は?」
「新開グループ恒例の年末発表会で3枠用意した。3枠とも大会場だから、下手な発表はできないしね」
新開グループ恒例の年末発表会とは、惑星シンカイで12月上旬から中旬にかけ、2週間に亘って実施される。発表内容は研究、開発、技術で9割を占めるが業務革新などもあり、グループ全社の催しである。そのためルリタテハ王国全域から社員が集まり、グループ内の交流が活発になるのだ。
ただし発表内容は非常に高レベルであり、発表者と参加者の交流会で激論になることも多々あるのだ。発表会は主に前半の1週間に集中させ、後半1週間は議論やシミュレーションに多くの時間を充てている。
夜の交流会・・・忘年会や飲み会ともいう・・・も新開グループと新開家で、毎日ホテルに会場を用意しているが、21時までとしている。飲み足りない者たちは街に飛び出し自由を謳歌するのだ。
新開グループの一大イベントである年末発表会では、1枠で1つのテーマとなる。
つまりアキトは、3つのテーマを用意しなくてはならないのだ。
「理由は?」
「教授就任おめでとう」
「・・・ありがとう」
「困ったことに、客員教授でもなく客員名誉教授でもない教授となってしまったね。蒼空お祖父さんは通知を見た刹那、国王に連絡してね。席を外されていたから国王から中々折り返しがなく。19時ぐらいに漸く繋がり、1時間近く国王に抗議と愚痴と嫌味と脅しをかけて、最後の捨て台詞で覚えておけと言ってたぐらい怒り心頭だったんだ。あんなに怒った蒼空お祖父さんは、初めて見たね」
語彙が豊富で威厳の塊のような蒼空曾祖父さんが、街のチンピラのような捨て台詞を吐いた?
「えーっと・・・なんで?」
珍しく父さんも熱くなっているようでオレの話を聞いていない。
「こんなことなら、4年間の半分でも多いぐらいだって嘆いたしね。期待が大きかった分の落差が酷かった。これがルリタテハ王国の神様の所業だと・・・あの邪神いつか滅ぼす、とも言っててね。目が本気だった。もちろん合法的に葬り去るなら、新開家として全力を注ぐとしよう。まぁーったく異論はないね」
何処までが蒼空曾祖父さんの意志で、何処からが父さんの意志か分からない。父さんもマジで怒ってるらしい。
刺激しないよう丁寧な口調を心がけ、アキトは理由を問うことにした。
「父さん父さん。とりあえず落ち着いて理由を教えてください」
複数のディスプレイに事細かな説明が表示されている。1番大きなディスプレイには”空人の教授就任迄のプロジェクト”と題されたプレゼンテーションになっていた。
そこには蒼空と優空が徹底的に議論したプロジェクトの目的、目標、スコープが定められていた。1時間以上に亘って自分の立場を様々な資料とパテントマップ・・・新開グループ特製の特許関連図で叩き込まれたのだ。
要約すると《教授の立場だと論文が公にされ、特許を取得できないから新開グループが困る》というのだ。
エレメンツ学科で講師として教えている合間、アキトに他の学科の受講を認めさせ、実力での学位取得の道を用意させた。新開家が心血を注ぎ勝ち取った学位取得への道が、ジンの策略によって意味の成さなくなったのだ。
よぉーーっく、自分の立場が理解できたオレは、邪神の企みを阻止する新開家の対抗策を訊いた。一方的に、思うがままに踊らされて、何も手を打たずにいるほど新開家は手緩くない。
「1月末にある学力検査に100名規模で送り込む予定でね。半分の人数が検定をパスすればエレメンツ学科の定員に達するからね。空人の契約期間の4年間を毎年、新開グループの社員で埋め尽くしてエレメンツの知識を独占する。ただ残念なんだけど、トレジャーハンターと軍人に若干の優先枠があるから、独占までは無理なんだよね」
「普くルリタテハ王国の国民に研究の機会を・・・が大学設置の意義であり、授業料を無償にしている理由だったはずだぜ」
「新開グループの社員もルリタテハ王国の国民だしね。何ら問題ない。それに新開ラボには、新開グループから共同研究資金の提供と研究助手の派遣をする予定だ。もちろん上限ギリギリまでするから、研究成果の約4割は新開グループに持ってこれるだろうね」
それにしても、周囲の大人の思惑にオレは振り回されっぱなしだぜ。
アキトは覚ったのだ。運命とは己の力だけで切り開けるものではなく、周囲の力も活用して切り開くものと・・・。
そして来年、トレジャーハンター”アキト”は、エレメンツハンター”新開空人”となる。
アキトの運命と、アキトの本気が対峙するのだ。