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終章-3 ルリタテハ王国の神様の所業

 命がけの冒険から帰還した子供を父親が出迎え、涙ながらの感動の再会をすべきシーンから10日が経っていた。本当のところ、2人とも涙を流していなかったし、感動もしていなかったようだった。
 アキトは10日間の規則正しい生活を送っていた。
 早朝に未整備の野山を30分ほど駆け巡り、シャワーの後に新開グループが建物ごと押さえたホテルで朝食。研究開発施設・・・総合レジャー施設として建設された建物・・・に出勤する。昼食と夕食はホテルからデリバリーされるため、毎日14時間近くの時間が仕事に充てられる。
 研究開発施設で働く従業員は、自分で無理のない範囲に仕事する。つまり残業しない日もあれば、心と体の動く限り残業する日もある。しかしアキトの場合は、自分で仕事時間を決められない。研究員から毎日毎日、アキトが提出したレポートへの質問が飛び、オリハルコン通信の実演を披露する。その合間には、オリハルコン通信の改良方針を検討するよう優空から指示されている。
 しかも、2ヶ月以内に計画書を提出するよう期限を区切られてもいた。
 アキトは研究開発施設で夕食をとり、一段落するまで仕事し、ホテルのジムでウェイトトレーニングで汗を流す。風呂に浸かり体の疲労を抜いてから、約6時間の睡眠となる。
 つまりアキトは、オリハルコン通信の研究開発に頭脳を全振りし、頭脳明晰で理屈っぽい大人を相手にしているのだ。
 多大なストレスに加え休みがなかった。
 そのため、精神的な疲労が溜まりに溜まっていた。
 11日目の朝。
 ホテルのレストランでアキトは、朝の挨拶もそこそこに、テーブルで食事中の優空の正面に立ち、猛烈なクレームを入れた。
「父さん、待遇の改善を要求する。戦時中の軍人よりマシだけど、実の息子に対して社畜以下の扱いは酷すぎんぜ。せめてオレに、週休二日制の許可が欲しい! ついでに水曜日は、ノー残業デーがイイかな? これは最低限だぜ。言っておくけど、これ以上は譲れない。この要求が通らないなら、オレはオセロット王家の守護職に就職してもイイぐらいの覚悟だぜ」
 ゆったりとした余裕のある態度で、優空はアキトを窘める。
「おはよう、空人。その話題は食事中の今、相応しくないね。まず、席に座りなさい。それで食後にコーヒーでも愉しみながらにしよう。美味しい喫茶店を紹介してもらってね。昨日、焙煎したばかりのコーヒー豆を購入してきたんだ。一緒にどうだい。空人のお気に入りの豆だと聞いたしね」
 アキトへ話している間に優空は、コネクトへ軽快に命令を入力していた。
 クックシスの配膳用補助ロボットが、”喫茶サラ”ブランドのコーヒー専用容器をもってくる。オレのお気に入りの豆と訊いた時点で予想はできていたが、父さんが足を運んだのは喫茶サラだった。コーヒー豆を購入するためだけとは考えられない。能面老子”桂木オーナー”からの情報収集が目的で間違いないだろう。
 次々とオレの自由が奪われていく感じに息苦しさを覚えながら、素早く食事を終える。昨日喫茶サラで焙煎され、淹れる直前に挽かれた豆でのコーヒーがオレと父さんに提供された。
 カップから漂う芳醇な香りがオレの鼻腔を刺激し、一口含むと苦味と酸味の絶妙なバランスを感じた。嚥下後には、主張しすぎないが、決して不足のない、丁度良いコクが残る。まさしく喫茶サラのコーヒーであった。
 満足のいく朝食と美味しいコーヒーで、ゆとりが生まれた。というより、オレに油断が生まれたその瞬間、父さんが鋭い言葉で切り込んでくる。
「空人と新技術開発研究株式会社の契約は、時間給と成果報酬だ。ルール通りにスケジュールを管理すれば良い。スケジュールは個人の裁量に委ねられているからね。空人の要求には100パーセント応えられる。いいかい、空人。新開家の反対も聞かずトレジャーハンターとして独立したんだ。契約書の締結及び確認は自分の仕事だ。社会人としては常識。個人事業主としては不可欠なスキル。まずは契約書の確認をしなさい。契約書に不備や変更の要望がある際は、契約を締結した会社の担当部門と協議するんだね」
 厳しめの口調でオレのクレームを一蹴した後、父さんはいつもの調子に戻り、ルリタテハ王家との協議の進捗状況を説明してくれた。議題となりうる項目を全て洗い出し終え、その項目一つ一つに認識の齟齬がないかを詰めている段階らしい。
 惑星コムラサキにトレジャーハンティングする際に締結した契約書は、詳細化すると7ヶ所の項目があるという。特に問題となっているのは、予想されるリスクにミルキーウェイギャラクシー帝国の存在が記載されていないという点らしい。
 数百に及ぶ項目の全部で、お互いの主張の妥協点を探り、認識合わせするという作業はオレが考えていた以上に大変らしい。新技術開発研究株式会社との契約内容を確認するという名目で、オレは早々にレストランから退散した。

 今日、アキトは12日間の規則正しい生活を終了し、13日目の昼だった。
 アキトは割り当てられている広いホテルの1室で惰眠を貪り、漸く目を覚ましたのだが、起きてからの行動は疾風迅雷。トレジャーハンターとしての身嗜みを整え、ヒメシロランドへと繰り出したのだった。
 心の中で《2日間の自由だぁあぁああーーー》と歓喜の叫び声をあげ、今日は何をしたいか考える。とりあえず、知り合いに多く会える屋内施設に行こうかな。色々な店やゲームコーナーを廻っているうち、きっと誰かに会える。それまでは気持ちの赴くまま、好き勝手に気分次第で遊ぶとしよう。
 2日前の朝。
 父さんと朝食を共にし、普通の親子・・・らしくない会話をして怒りの矛先を失ったオレは、契約書に向き合った。
 新技術開発研究株式会社と契約を締結したのは約10年前。
 個人事業主としての契約だと、時間給と成果給が支払われる。
 成果給は技術貢献や特許料などになる。
 時間給は新技術開発研究株式会社から依頼のあった仕事をした場合発生する。そして依頼のあった仕事の管理は、共通スケジュール管理ソフトウェアでされているのだ。
 オレのスケジュールには、ほぼ空き時間がない。隙間時間があると、即座に技術検証だの、技術支援だの、技術解説だのと、予定を埋められるていくからだった。オレの意思が、そこに入り込む余地などない。そう思い込んでいた。
 新開グループでは社員を含め、関係者全員が共通スケジュール管理ソフトウェアを使用している。権限によってスケジュールにアクセスを制御してるため、誰でもが他人の予定を確認したり、押さえたり出来る訳ではないが・・・。
 アクセス出来れば基本相手のスケジュールを押さえられる。しかし、相手には拒否権があり2日前であれば、その予定をキャンセルできる。また、他人に予定を入れられたくなければ、自分で予定を入れるか、休憩時間や休日設定が可能なのだ。
 因みに共通スケジュール管理ソフトウェアの標準設定で、8時半から22時迄、他人の予定を押さえられるようになっている。そしてオレは、共通スケジュール管理ソフトウェアに何の設定もしてなかった。
 まずは土日を休日設定とし、平日は19時以降を予定入力不可とした。次に、今日と明日の予定に拒否権を使用して、すべてキャンセルしてやったぜ。
 新開グループでは基本的に土日は休日になっている。その土日に予定を入れたヤツが悪い。拒否権を発動されても仕方ないぜ。
 オレは休日出勤を否定はしない。
 だが、オレを巻き込まないで欲しい。巻き込むなら、せめて平日にしてくれ。
 そう考えたが、自分の平日のスケジュールを改めて確認したところ、30分以上の隙間があるのは1ヶ月先だった。しかも、1ヶ月以上先の予定を押さえるのは、予め相手の承諾が必要なルールとなっている。
 まあ・・・確かにオレが相手の立場なら、承諾の必要のない1ヶ月以内にするだろうな。
 と、そこでオレは、一つ見落としていた事実を察知した。
 30分の隙間が危ない。
 今までオレに入れられた予定は、最低でも1時間以上だった。だがルールには、30分以上で予定を確保するとある。
 30分の隙間に、オレは自分自身の予定を入れた。とりあえず論文作成と・・・。
 オレは相手の立場で考えてみた。
 オレなら30分の隙間全てに予定を入れておいて、他に予定を入れてる人と調整して長い時間を確保できるように調整する。
 ヤバかったぜ。
 人間らしい生活するための時間を捻出したオレは、気分よくヒメシロランドのメインストリートへと歩を進めてた。
 ホテルのエントランスからヒメシロランドのメインストリートは、たったの徒歩5分である。
 ヒメシロランドの屋内施設へ入った瞬間、知り合いの中で一番奇妙な服装の、とびきり調子の良い奴と目が合う。奴はステップを踏みながらやってきて、オレの前でターンを決め、眼前で指を鳴らしたのだ。
「へいへいへーい、グリーンスターを壊滅に追い込んだって噂でもちきりのアキトじゃんか」
 オレは顔を逸らし短く答える。
「違う」
「おいおいおい、ブラザー。隠さなくてもいいんだぜい」
「それより、合コン、合コンは?」
「お、おう。今日やろうかって話はしてっけど・・・」
「参加するぜ。絶対に参加すっから開催してくれ。今日なら何時でも大丈夫だぜ」
「・・・お、おう。OKOKオーケー、あとで連絡すっからよ」
 誤魔化すために口走った合コンだったが、参加に積極的な自分に驚く。
 オレは素直な気持ちで、合コンの開催を求める。
「頼むぜ。期待してる」
「イエスイエスイエース」
 変なポーズを決めながら返事をする姿は、奇妙を通り越して、ヤツには似合っているとしかいえない。話がまとまって立ち去る時も、ヤツはステップを踏んで離れていった。
 それからジャンクフードを買い食いしなら、オレはゲームをしたり知り合いと喋ったりと、休日を満喫していた。普段、ロジカルなディスカッションと頭脳を限界まで酷使してると、何気ない会話・・・というより、何も考えてない会話の有難いこと。気が休まるし、ストレスが心身から抜け出していくようだった。

 17時過ぎに、とびきり調子の良いヤツから、もの凄く調子の良い音声メッセージが入った。音声メッセージには、合コン開催場所からの招待データも添付されていて、店の場所と時間も記載がある。
 開始時刻は18時。店の場所はシロカベン市街にある。
 ヒメシロランドの駐機場に移動し、オレはルーラーリングにコネクトをセットした。カミカゼ水龍カスタムモデルのオートパイロットシステムを稼働させ、自分の位置へとトライアングルを呼ぶ。
 シロカベン市街まで約150キロメートル。
 高規格高速道の法定速度は時速200キロ。45分でシロカベン市街地に入り、そこから5分で指定された合コン会場に到着するな。開始時刻にギリギリ間に合うか・・・。
 3分前に合コン会場のあるビルに到着すると、エントランスにドアマンが待っていて、バレーパーキング式になっていた。イヤな予感に囚われるが時間に余裕もなく、案内されるままエアボードに乗ってしまった。
 ルリタテハ王国でドアマンは、案内のほかセキュリティーチェックを担当している。機械による監視だけでなく、余計な荷物の持ち込みを制限し不審な行動は制する役割がある。予約された部屋までエアボード・・・トライアングルのオリハルコンボードに立ち乗りするような乗り物から、降りられない。
 バレーパーキングは逃走防止。トライアングルやオリビーの操作権限を預けるのではなく、専用の運搬機器に固定して駐機場に運ぶ。そして運搬機器と建物を物理的に接続するのだ。
 案内された部屋のドアが開くと、更に奥にドアがある。ドアマンが部屋の中の様子を窺えないようにするためだ。
 合コン会場にしてはVIPなみの待遇とセキュリティーチェック。
 なんで、ギリギリ間に合う時刻に連絡がきたのか?
 奥まで足を運び、自動ドアが左右に開いた瞬間パズルが嵌まり、オレの全ての疑問に答えを得た。
「すみませぇーん。部屋、間違えましたぁあ」
「いやいや、アキト。ここがキミの居場所さ」
 オレは心の底からの願いを口に出したが、翔太に一蹴されてしまった。続けて、凛とした心地よい風姫の声音が、アキトの耳に届く。
「招待客以外は入室できないわ」
「ドアすら開かないよ~」
 風姫と千沙は、自分のセリフが合コン会場に対して、全く似つかわしくないと気づいてねぇーのか?
「オレと約束したヤツがいねぇーぜ。メンバーチェンジだ」
「ああ、彼ね。彼は、ちょーっとドレスコードに引っ掛かっちゃうでしょう。残念ながら不参加になったわ。それより2週間振りね、アキト」
 ドレスコード?
 ヤツの服装が許される場所は少ない。それは理解できる。
「オレもドレスコードに引っ掛かりそうだな。今日は、お暇させてもらうぜ」
「うむ、それは無理だぞ。いい加減諦めろ、アキト。これは、ただの合コンだぞ」
「ただの・・・?」
 合コン会場へ入るのに、ドレスコードがあってたまるか? 合コンの主宰者がドレスコードを決めることはあるが、そもそもメンバーに選ばれれば、いつもの格好で問題ないということだ。
 だが、ただの合コンだって?
 ただの合コンにしては、違和感満載のドレスコードとしか思えねぇーぜ。
「本気か?」
 疑いの視線を翔太に向け尋ねる。
「そうそう、真剣で、本気で、マジメさ」
 翔太は記念式典にでも出席できそうな服装をしていたのだ。
 だが、翔太には似合ってるし、他のメンバーより遥かにマシだった。
「正気か?」
 オレは間違った意味での勝負服姿のゴウに訊いた。
「うむ、本気だぞ」
 毘沙門天に扮したゴウが大きく頷いた。
 本気なのだろう。
「恥ずかしくないか?」
 胸元を強調したナイトドレス姿の千沙が、身を捩りつつ答えた。
「ちょっと・・・ホントは、かなり恥ずかしいの・・・」
 頬から首筋まで朱に染めた千沙の姿に・・・特に胸元に目が釘付けになりそうなので、ムリヤリ引き剥がし、安全安心の史帆を見る。
「間違ってると思わねぇーのか?」
「少し・・・」
 史帆は男装コスプレをしていた。
 最近人気のトレジャーハンターを主人公にしたドラマの・・・確か主人公のライバル役で、主人公よりカッコイイという噂だった。オレは2話で、設定や展開に納得がいかず見るのを止めたのだ。
「理解できたか?」
 遠回しに世間一般でいう合コンとは違うとアキトは風姫に教えていたのだ。
「あーやーかー、どういうことかしら?」
「お嬢様。私は只今、監視任務中ですので」
 部屋の奥で5人の料理人たちが調理をしていた。キッチンとは透明な壁で仕切られ、音漏れもなく、匂いも漂ってこない。料理人の様子は、彩香が備えている様々なセンサーを駆使して監視しているのだ。
 クックシスでなく人が調理しているだけで贅沢なのだが、部屋に専属の料理人が常駐し、タイミングを見計らって料理を提供するのだ。もちろん食材も高級かつ安全安心である。
 王位継承権を持つ王女が食事するのだから、当然と言えば当然だった。
 その王女様の機嫌が良いから悪いへと急速に変わっていき、現ロボ神を糾弾する。
「ジーンー。合コンだったのではないかしら?」
「今回は我らの送別会で良かろう」
 壁際に立っているジンが、風姫に投げ遣りで適当な提案をした。
 その提案にアキトは《おいっ、送別会を仮装パーティーにするという発想は斬新すぎだろう》と内心で呟いてから、ジンに勢いよく尋ねる。
「喜んで送別会に参加するぜ。それで、いつだ? 明日か? 明後日か?」
 アキトの弾んだ声とは裏腹に、棘のある口調で風姫が詰問する。
「どうして喜ぶのかしら?」
「う~ん・・・心当たりないの?」
「そうそう。2、3どころじゃないよねー」
 ジンは風姫の訴え無視し、アキトの質問に答える。
「遅くとも12月だな。汝らも覚悟しておくのだ。ひっ・・・」
「まだまだじゃねぇーかっ」
「1ヶ月以上あるよ~」
「いやいや、千沙。1ヶ月会わなければすぐさ」
「ん? 大人になると仕事の都合があるからな。1ヶ月前ぐらいから送別会をするぞ。お姫様は毎日暇なんだろうけどな」
 ジンの話を遮り、アキトたちはツッコミを入れた。一応ジンは、ルリタテハの唯一神にして現ロボ神なのだが・・・。
 セリフを遮られたジンは特に気にもせず、話題を変更する。
「喜んで貰えて何よりだ。今日は我の奢り、存分に喰らうが良い」
「納得がいかないわ」
「風姫・・・戻ってこないよな?」
「アキトッ。そこは、戻ってくるよなって尋ねるところだわ」
「帰る理由は?」
 男装少女が端的に質問した。
「大学に進学するわ」
 送別会の参加者で唯一風姫への風当たりが優しい史帆に正直だけど、表面的な回答をした。ルリタテハ王都に戻されるから大学に進学するという事情を隠して・・・。
「そうだわ。守護職の契約したまま、アキトも大学に進学すれば良いんだわ」
「家が交渉中だけどよ。守護職は間違いなく契約解除だぜ」
「家の力を当てにするなんて、独立トレジャーハンターとしてどうなのかしら?」
「テメーにだけは言われたくねぇーな。それにオレは大学進学資格を持ってねぇーぜ」
「ジン。ルリタテハ王族の特権とかないかしら?」
 口調は冗談っぽかったが、目つきが真剣だった。
「おいっ。少し前の自分のセリフを思い出せ」
 アキトがツッコミを入れ、話の流れを断ち切ろうとした。
「大学進学には等しく学力検査をパスする必要があるな。ルリタテハ神である我ですら、それは不可能なのだ」
 抜け道や裏口がなく一安心だ。だが、まだ気を引き締めねば。オレが学力検査を受検して合格すればイイと気づかれる前に話題を変えるぜ。
 確か・・・何かで読んだな。女子のオシャレは褒めるに限るだった・・・か?
「風姫のドレス、今日は一段と綺麗だな」
 風姫が微妙な表情を浮かべた。
 何故だ? オレは必死に言葉を探し、称賛を続ける。
「・・・風をイメージしてるのか? 色合いもイイし鮮やかだ。ドレスのデザインもイイし綺麗だぜ」
 段々と風姫の表情から笑みが消え、今や完全に無となっていた。
 アキトは、女性との関係を円滑に進めるべく努力したこともなく、術も知識もないのだ。
 綺麗なドレスと褒めるのではなく、ドレスが似合って綺麗だと、女子本人を・・・風姫自身を褒めるべきだった。
 微妙な空気に遠慮なくジンが斬り込む。
「アキト、汝はルリタテハ王立大学で、4年間は教鞭を執る予定だ。無論、新開家も賛成している」
 アキトの予想の上を行ったセリフをジンが言った。
 アキトの想定を上回るジンのセリフに脳が空転する。
「故に、我らというのには汝も入っている。引っ越しの準備をしておくが良い」
 衝撃から立ち直るため、アキトは何も考えない会話を実践し、4月からの予定には目と耳を閉じることにした。それが奏功し、美味しい食事と会話を愉しみアキトのストレスは発散されたのだった。
 嫌なことの先送りとも、逃避ともいえるが・・・。

「トレジャーハンターを辞めるんだってね?」
 沙羅がカウンター席にいるオレに話しかけてきた。
「辞めないぜ。それより、どこまで知ってる?」
「自宅への強制送還か、惑星送りの強制労働。そのどちらかよね?」
 まあ、間違いじゃねぇーな。
 合コンの翌日、オレは情報収集のため喫茶”沙羅”にやってきた。スペシャルを注文しようとしたのだが、桂木オーナーは不在だった。
 仕方なくオレは、ブレンドを一杯飲んでから帰ろうと考えた。しかし多くの店員を雇い、暇となっていた沙羅に捕まったのだ。
「まだ決まってねぇーぜ」
 突然、周囲の音が聞こえなくなった。沙羅が遮音フィールドを展開したようだ。
「オーナーはね。情報屋だけど、動ける情報屋なのよ。もし国に属しているならスパイと呼ばれる職業ね」
「それをオレに語る意図は?」
「動いていてオーナーは忙しい。だけどね、情報屋を休業しているわけではない。今も喫茶”サラ”で情報は買えるということよ」
「要は営業活動ってことか?」
「そういうこと」
 ウィンクして応えた沙羅に《歳を考えるべきだぜ》と口が滑りそうになり、慌てて口を閉じた。一息つき、オレは頭を使った会話へと切り替えた。
「・・・オレが知っておくべき情報を売ってくれ」
「そうなると高いわよ」
「どのぐらいになる?」
「このぐらいになるわよ」
 カウンター下からメモ用紙とペンを取り出し、沙羅は金額を記入した。紙とペンを使うとは随分クラシックだなとの感想も、金額を見て吹っ飛んだ。
「冗談だろ・・・カミカゼが買えるぜ。桁間違ってるよな?」
「アキトが知っておくべき情報というのは、調べれば誰もが入手できる情報じゃないのよ。いい? 新開家の次男坊。あなたの周辺はVIPばかりで、知っておくべき情報は彼らに関連するのよ・・・ということは、情報入手のリスクと難易度は跳ね上がるわね。それに、あなた自身の情報の価値も急上昇してるわよ」
 口を滑らせなくて良かったぜ。滑らせてたら、絶対上乗せして提示してきたに違いねぇ。
「なら、オレが自分の情報を提供すれば報酬を貰えるんだよな」
「そうなるわね」
「このぐらいなら今すぐ支払える。その金額とオレ自身の情報提供料で、相応の情報を売ってくれ」
「地下に格技場があるのは知ってるわね」
 アキトは肯き、真剣な眼差しで沙羅を見つめる。
「格技場に向かう途中に応接室があるから、先に行って待ってて頂戴。入れるようにしておくからね。2つ目のドアよ」
「交渉成立なんだな?」
「ええ、成立よ」
「先行ってるぜ」
「すぐに用事は済ませるから、覚悟して待ってることね」
「覚悟だって?」 
「心の内を丸裸にされる覚悟よ」
 アキトは肩を竦め、カウンターを後にした。
 色々と驚く内容が多かったが、オレは平静を装えたか?
 それよりオレは、業界のプロから漸くトレジャーハンターとして認められたような気がした。トレジャーハンターは休業になるけど・・・。

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