フェアリーテイルでの夕食
「こんばんは」
「おっ、来たなシンヤ! 待ってたぜー」
「今日は初依頼だったらしいな。おめでとさん」
ハイテンションにガツン! と乾杯した二人に苦笑する。
どうやら早いうちからずっと飲んでいたようだ。かなり顔も赤いし、アルコール臭い。
「今日は一杯だけ飲んでフェアリーテイルに帰ります。今日こそ夕飯食べようと思って……」
「なんだ結局昨日は食えなかったのかー? まぁ、シンヤ割と酔ってたもんなー」
「ま、俺たちも明日から仕事だし、早めに切り上げるさ」
「とか言って、まだ飲む気満々じゃないですか……」
「一杯だけなら奢るぞ、シンヤ。何が良い? ウイスキーアンドソーダ?」
「あー……レッドアイとかってあります?」
「あるよー!」
背後の方から女将さんの大きな声が聞こえた。
「じゃあそれでお願いします!」
「シルバーは何も食わないのかい?」
「今日はフェアリーテイルの方で……」
「いいね。ダンナももう行ったよ。あ、そうだ。昨日は挨拶できなかった子なんだけど、ホール担当の二人。あともう一人厨房担当がいるんだけどね。そっちは後で紹介するよ」
テーブルを拭いていたところを呼び寄せ、女将さんが二人の肩を抱いた。
「こっちの男はドム、こっちの子はジョディ」
「ドムっす。ホール担当で、今年二十三になります!」
「ジョディといいます。同じくホール担当で、私は今年二十一になります」
「二人は恋人同士だからね。ジョディに手ぇ出すんじゃないよ、シンヤ」
「あはは……出しませんって」
下手すりゃ娘の年齢だよ……。
まあでも……確かに綺麗な子ではある。目鼻立ちがはっきりとしていて、人目を引く容姿だ。
一方のドム君はガタイがよく、筋肉質な男の子。彼もまた人目を惹く容姿で……でも、どことなく二人は似ているな、と思った。
「髪の色、同じなんだね」
「うす。同郷なんです。結構特殊な出自なんすよ」
ライラック色の髪とは珍しい。前世だったら染めないとありえないような髪色だ。
「あ……そういえばウォルトンさんって」
「ん?……今日は来てねーなー」
「そうなんですか? なんだ、話してみたかったのに……」
怖いもの見たさ、みたいな感じだけど。
不思議が二割、興味が四割、恐怖が四割、くらいである。
「ウォルトのこと気になるのか?」
「ウォルトンな」
「あ、そうそう。ウォルトン」
「気になるというか、なんというか……不思議な感じ?」
「ふーん」
頷きながら、リルさんはビールを煽った。
一方のトーマスさんは、我関せずという感じで枝豆を延々と口に運んでいる。
「まぁ気持ちはわかるな……俺も初めて会った時、あいつはただもんじゃないと感じたよ。聞いたら王都で騎士やってたっていうんだからさ」
「王都で騎士って、やっぱりエリートですよね」
「当然。高級取りばっかさ。まぁその分、命の危険とかが普通よりもあるから、毎日毎日鍛錬して、自分の刃ってやつを研ぎ澄まさなきゃいけないけどな」
「なーんだよカッコつけて」
「うっせ」
自分の刃か……やっぱりこの世界じゃ、強くないと生きていけないんだろうな。
僕にはシルバーがいる。けれどそれは僕が強くならない理由には、ならないんだと思う。
(……この世界で生きる以上、やっぱり、ある程度戦えないと、か)
一度たりとも、戦いを想定した瞬間なんてなかった。でもこの世界で平民として生きるなら、学よりも力。戦う力が大事になるんだろう。
僕に戦う、なんてことができるんだろうか。
いや、しなくちゃいけないのかもしれない。シルバーに任せっきりは、絶対に嫌だ。
「お、良い飲みっぷりだなー、シンヤ」
ぐいっとレッドアイを煽る。少し赤みがかった泡が口の上について、手の甲で拭った。
「じゃあ、そろそろ行きます」
そろそろフェアリーテイルの食堂が開いた頃だった。
「ああ。またゆっくり飲もう、シンヤ」
「はい。リルさんとトーマスさんもほどほどに」
ガヤガヤと騒がしくなってきたフェアリーホーンから去って、僕はフェアリーテイルに向かった。
食堂の席に座ると、何人か宿泊客が夕食を取っているようだった。
「ワイルドボア肉のスープと、オーク肉のステーキ二枚です。追加料金は二十四デルになります」
ドン、と置かれたステーキ二枚の値段に驚く。この量で二千四百円。安すぎる……本当に商売やっていけるんだろうか。
驚いた僕の顔に気づいたのか、アリスちゃんは笑って言った。
「ヒネクは冒険者の町だから、魔獣の肉は有り余るんです。贔屓にしてくださってる冒険者の人たちが余り肉を譲ってくれたりして。王都の方だともっと高いけど……まぁ、辺境ならではの値段ですよ」
なるほどそういうことか。
「料金は滞在中ならいつでも大丈夫ですよ」
「じゃあ今日払ってもいい? 食べたら受付に行くよ」
「わかりました!」
いくらでも収納できるあのポーチに山ほど薬草を入れていったから、お金にはずいぶん余裕ができた。回復系の使えて高く売れる薬草中心に採取したのが幸いしたかな。
シルバー様様だ。
スプーンですくって、お肉を食べる。
うん、美味い。お惣菜ばかり食べていたあの日々がもう懐かしくなるほどの美味しさだ。とにかく暖かい。僕好みの薄味で、肉! って感じの味がする。
実は肉の生臭さは好き。魚の生臭さは苦手だけれど、肉の野性味あふれる臭い肉は好きだ。
「あれ、そんなに美味しかった?」
ふと隣を見ると、ぺろりと口周りを舐めるシルバーと目が合った。お皿には、さっきあったはずのすごい量のステーキが無かった。
「魔獣の肉は魔力があるので……美味しく感じます」
「そうなんだ」
その満足げなシルバーの姿を見て、一つの疑問が頭を掠めた。
そういえば、シルバーは厳密にはどういう生き物なんだろう。まぁ、人間では無いだろうし……もちろんべロウウルフでもない。
「シルバーはどういう存在なんだろう」
「……近しいものでいうのなら、ゴーレムでしょうか」
「ゴーレム?」
「はい。核を中心に作られた体ですので、ゴーレムと。この世界には石や土、木などの鉱物や植物などで作られたゴーレムしかいませんが……何かと問われれば、ゴーレムとお答えします」
「なるほどね……ゴーレムか。じゃあ、核を潰されると死んじゃうのかな」
「私の体は、主……つまり次の管理者、世界の支配者によって作られたものであり、私の心臓は、現在の管理者によって作られたものです。余程の力を持つ……たとえば神や、そうでなくとも管理者の権限を持つ者でなければ……私の存在を消滅させることは出来ないでしょう」
「そうなんだ」
「私が消滅の時を迎える時、それは主が最期を迎える時です。管理者として存在し、転生を望まれ、どこかの世界に産み落とされた後。私は完全に消滅するでしょうね」
「管理者になっても一緒にいれるんだ!……なるほど、僕は退屈しなさそうだね」
良いことを聞いた。
数百の世界の娯楽があるとはいえ、何千年、何万年も管理者をやれば、遅かれ早かれいつかは飽きが来ると思う。その時は転生する事にしようとは思ってたけど……話し相手がいるのなら、おそらく僕が管理者である時間が一秒でも長くなると思う。
話し相手、というのは非常に大切な存在だと思っている。
一人でいるよりも、二人がいい。人数が多すぎるのも疲れちゃうけどね。
「よし、ご馳走さま」
スープを飲み終わり、ベロベロに舐められて綺麗になっている皿をテーブルの上に乗せて、立ち上がる。どうやらバッシングは宿の方でしてくれるらしい。
本当によく出来た宿だ。
「アリスちゃん」
「あ、はい!」
受付にいるアリスちゃんに声をかける。
「二十四デルね。ありがとう、美味しかったみたいだ」
「良かったです! ウルフ系の魔獣さんが好む香草を使ったんですよ」
「へぇ、そうだったんだ」
確か、嗜好は一般のオオカミと同じだったはず。なら多分、それもあって美味しかったんだろうな。
「ありがとうね」
「いえいえ! 快適に過ごしていただくのが仕事ですから。今日はそのまま部屋に?」
「うん。お休みなさい」
「お休みなさい!」
ニコニコ笑うアリスちゃんに見送られ、僕は部屋に戻った。