解決に向けて
冒険者ギルドのすぐ隣、商業ギルド。
スイングドアを抜けて足を踏み入れると、冒険者ギルドとは違う緊張感が漂っているのを感じた。
「すみません、口座を開設したいんですが」
受付に声をかける。
「口座開設ですね、少々お待ちください」
座ることを促され、冒険者ギルドと同じ木の椅子に座る。シルバーは隣でおすわりをして、興味深そうにギルドの中を見ていた。
冒険者ギルドとは違い、視線はまったく集まらない。なんというか、みんな誰のことも気に留めないような感じだ。
「冒険者ギルドのタグプレートはお持ちでしょうか」
「あ、はい」
「では一度お預かりいたします」
堅苦しい口調でそう言われ、隣とは全然違うな、と内心苦笑する。
テリーさんは最初から凄い緩かったし、他の冒険者とも仲が良さそうだった。テリーさんだけじゃなく、他の受付の人も、だ。
一方、商業ギルドはどうだろう。
みんなお金を扱うことに長けてそうな、真面目な人と見える。仕事人、って感じの人たちだ。
確認か何かを終えたのか、受付の女性が目の前の椅子に座った。
「この紙に必要事項をご記入ください。終わりましたらもう一度お声がけください」
「はい、わかりました」
紙とペンを渡される。受付さんはペラペラと冊子をめくっていた。
名前と年齢、性別、入れる金額を記入する。書かれているのは円記号。この世界を作った人は、日本のRPGを参考にしたんだろう。
英名を採用しているけど、言語は日本語。
日本のRPG好きが高じて作ったと言われても不思議じゃない世界だ。
「書きました」
「はい。……はい、ありがとうございます。先程タグプレートで本人確認は済みましたので、これで口座開設となります。入金されて行かれますか?」
「お願いします」
何の変哲もない小さな麻袋に入った九十五デルを渡す。さっきの報酬の一部だ。余分な薬草でかなり稼げたから、九十五デル抜きにしても手元にはかなり余る。
「麻袋はどうされますか?」
「あ、持って帰ります」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付さんは立ち上がって、裏の方に行ってしまった。ジャラジャラと音が聞こえたから、多分、お金を数えているんだと思う。
そこまで大金なわけじゃなかったから、すぐに受付さんは戻ってきた。
「九十五デル確認いたしました。間違いはございませんか?」
「はい、大丈夫です」
「ではこちらのカードをお持ちください。冒険者ギルドでご提示頂ければ、自動で報酬が入金されます」
「便利ですねぇ」
カードと一緒にタグも返される。
本当に便利だ。日本でも未だに現金手渡しのところがあるのに。
「魔力を通せば残高がわかります。一度魔力を通していただけますか?」
言われた通り、魔力を通す。一瞬魔力が吸われるような感覚があって、ちょっとだけ眉を顰めた。
「……これで大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。これでタチカワ様の魔力が登録されましたので、タチカワ様以外の魔力には反応しなくなりました」
これは前の世界よりも便利で安全だなぁ。
「商業ギルド以外のギルドでも入金出金は出来ますが、手数料が二デルかかりますのでご了承ください」
うん、一緒だ。二デルってところが適当。
それから少し話を聞いて、僕は無事口座開設を済ませ、五日分の宿代、七十デルを持って、フェアリーテイルに戻った。
向かいのフェアリーホーンにはちらほらと客がいるようだった。
「やぁ、向かいは今日も繁盛してるみたいだね」
「タチカワさん! はい、そうなんです。嬉しいことですよ」
「はは、そうだね。アリスちゃん、宿泊を五日間延長したいんだけどいいかな」
「はい! 何日の延長ですか?」
「五日。七十デルだよね?」
「はい、頂戴いたします!」
テキパキと働くいい子だ。もし僕に子どもがいたとして、こんなに働いてくれるだろうか。
「毎日頑張ってるね、アリスちゃん」
「えへへ……ありがとうございます! 今日こそはお夕飯食べてくださいね」
「あはは……うん、そうします」
フェアリーホーンで出る料理にも晩ご飯になるものはあるけれど、どうやらフェアリーテイルで出るものとはメニューが違うらしい。
「ちょっとだけ向かいに顔出して来るよ。トーマスさんとリルさんと約束してるんだ」
「わかりました。折角でしたら注文していきます? 事前注文も受け付けてるんです! 食材無くなっちゃえば後は終わりなので……」
「そうなんだ。……どんなのがあるかな。スープ系とかだと良いんだけど」
「でしたら、ワイルドボアのお肉が入ったスープとかどうですか? おすすめです!」
「じゃあそれで。それと……シルバー用のご飯なんだけど、分厚いステーキ……こんくらいの二枚出来るかな? 追加料金でいいから」
「わかりました! そろそろ店主が帰ってくるので、お伝えしておきます!」
「ありがとう」
本当にいい子だ。文句も言わず、愛想よく接客して……下手な大人よりも仕事が出来てる。
でもやっぱり、子どもは遊んでる方がいいよな、とも思う。この歳で、毎日朝から晩まで店番をして……。
「……やっぱり、伝えた方が……いや、でもなぁ」
……僕がこんなに悩んでるのにも、理由がある。
友人の息子……その子は|隆之介《りゅうのすけ》君と言って、アリスちゃんと同じように親に寂しいと言えず、精神が少し不安定になってしまった少年のことだ。
隆之介君は、僕に寂しいことを相談してくれた。僕はそれを……家族の問題だと、友人夫婦に伝えるだけ伝えて放棄した。
今思えば、あれは最後のSOSだったんだと思う。
彼はそれ以来心を閉ざしてしまって、友人夫婦は隆之介君の寂しさに気づけなかったこと、僕の言葉を軽く流してしまったことを後悔した。
そして僕は……自分で動かなかったことを、後悔した。
もっと僕が強く言ってやればよかった。
もっと僕が隆之介君を気にかけてやれば良かった。
もっと僕が……もっと。
……後悔先に立たずとはよく言ったもので。
僕と友人家族はそれっきり何も話さないまま疎遠になってしまったのだ。
「あいつとは高校からの友達だったからいいけど、女将さんとは会ってまだ二日くらいだし……」
「……主は何を悩んでおられるんですか?」
「え? だから……えっと……」
……伝えるか、伝えまいか?
いや……違う?
……じゃあ僕は……一体何を悩んでいるんだろう。
「主のやりたいことはなんですか?」
「僕の……やりたいこと……」
「私は、主のやりたいことのために尽力したい。主が悩むのならばそれに真っ先に気づいて、解決したいのです。……主は、何を懸念されて、やりたいことを実行できないんでしょうか」
やりたいこと。
僕は……アリスちゃんを助けたい。
でもどうやって? さっきも言ったように、女将さんからみた僕は、今のところ名前を知ってるだけのお客さん程度。
そんな人からいきなり家族について突っ込まれて、不快に思わない人がいるんだろうか。
きっと、何も知らないくせに、と思ってしまう。
じゃあ、それ以外の方法で、アリスちゃんの寂しさを解決するには?
「――……そうか」
「何かお分かりになりましたか?」
「うん。隆之介君もそうだった。寂しいって言えないから、僕に言いにきた。アリスちゃんの場合、周りの人にも言えずに……だから、|言わせれば《・・・・・》いいんだ」
「少女自身に、寂しいと伝えさせるということですか?」
「そう。なんで気づかなかったんだろう。簡単なことだ」
家族の事情に無闇に足を踏み入れてはいけない。
家庭っていうのは多かれ少なかれルールってものがあって、他者が介入すると踏み荒らしてしまうものだから。
それなら、僕は外側から伝えれば良い。
直接仲を取り持つんじゃなく、気兼ねなく言葉が交わせるように、我慢してることを言わせれば良い。
「そうと決まったら――」
「お待ちください主、まずは先に……」
「あ、ああ……っと。そうだったね。トーマスさんとリルさんに挨拶してこなくちゃ」
危ない危ない。悪いくせだ。
エンジンがかかるまで時間がかかるくせに、かかったと思いきや突然爆速で動き出す。……これは母さんの言葉だったっけな。
とにかく焦らず。
デリケートな問題なんだから、焦っても失敗するだけだ。
もう子どもに、あんな顔させたくない。
だからこそ、ゆっくり。ゆっくりと問題に気づかせなきゃいけない。