目的を探して
ウォルトン・ジョーダン。年齢は僕よりちょっと下くらいで、身長は僕よりかなり高い。二メーターくらいあると思うんだけど……まぁ、それはいいか。
元々は王都で騎士をやっていたらしい。怪我をして騎士が出来なくなったから、ここヒネクに来たとか。
冒険者ギルドの受付、テリーさんに聞いた数少ない情報を手にして、僕は部屋で考え込んでいた。
「テリーさんが言うには、ウォルトンさんが来てからフェアリーホーンは大繁盛するようになったらしいんだ」
「それ以前はあまり……ということですか?」
「大儲け、とはいかないくらいだね。三人で暮らしながら、宿代もあの値段でギリギリ続けられるくらいかな」
だからこそ不思議なんだ。
料理は元々美味しかったらしいし、お酒も品揃えが良く、水自体も直接井戸から引いてるからいい物を使っている。
「いきなり繁盛する意味がわからないんだよなあ。冒険者の数も増えたわけじゃないっていうし」
「確かに、少しおかしいですね。……主はウォルトン・ジョーダンについて調べるのですか?」
「ん? いやいや、調べるも何も……僕にはそんな力ないしね」
「……隠密くらいなら出来ますが」
「え、出来るの?……うーん、でもどうなんだろうか」
そもそも、僕はなんで会って数日の女の子にこんなに肩入れしているんだろう。
寂しい思いをする子どもを放っては置けない。それは事実だ。
けれど、それなら店主と女将さんにそれとなく伝えて、なんとか時間を作るか、従業員を雇ってもらうかして貰えばいい。
なんで僕は……。
額に手を当てて、深くため息を吐く。
「ウォルトン・ジョーダン……元騎士で、引退してこっちにやってきた……」
「……なぜ冒険者の町だったんでしょうか」
「……というと?」
「ヒネクという町は、このフェルミア王国において最も冒険者が集まるところです。私たちがやってきたあの森の最奥……そこに、ダンジョンが存在するから」
「ダンジョン?」
ダンジョン……ゲームみたいな話だ。いや実際、この世界はゲームを模倣して作られたのだから当然か。
「ダンジョンとは、まぁ言ってしまえば魔物の巣窟です。半永久的に魔物が生み出され、害を為す。それがダンジョンというものです」
「……じゃあ何でウォルトンさんはこんなところに……もっと安全で、静養できる場所に行けばよかったのに、なんでここに来たんだろう」
うーん、と唸って頭を抱える。
「……僕はこういう、暗いこととか深く考えなければならないことがあまり好きじゃないんだ」
そう言って、僕はベッドに寝転がった。
何に悩んでたとしても、明日までにお金を稼がなきゃこの宿を出なくちゃならない。
僕はもう一度冒険者ギルドに来て、テリーさんに簡単な依頼を探してもらっていた。
「薬草採取がいいですね」
「やっぱり初めは薬草採取なんですねぇ」
薬草採取。なんだかワクワクする響きだ。
「はい。注意点ですが、薬草を採取するときは、薬草に魔力を流しながら採取してください。そうしないと、すぐ萎びれてしまうので……」
「わかりました」
「ゴブリンやコボルトはたまに彷徨いているようですが、使い魔がいるので、多少の危険は大丈夫だと思います。あとは、薬草の見分けですね……毒草も混じっているので。講習を受けていかれますか?」
「あー……それは大丈夫だと思います」
覚えていて損はないだろうけど。
今日はとにかく、お金を稼がなければ。お金を創造魔法で作るのは昨日までと決めたから、それは守らないといけない。
シルバーは薬草と毒草の違いを見分けることができるはずだ。初日、果物についての知識もあったから、絶対にわかる。
「冒険者向けに作られた図鑑を配布しているんです。採取依頼が出される主な薬草が載っているので、一応持っていってくださいね」
「ありがとうございます」
「では、こちらにタグプレートをかざしてください」
まるで電子マネー決済をするときに携帯やカードをかざすような機械を差し出され、一瞬固まる。
モニターの時も思ってけど、この中世もどきのファンタジーな世界には少し似合わない。
タグプレートをかざすと、ピロン、と軽快な音が鳴った。
「これでタチカワ様がこの依頼を受諾された、というのが記録されるんです」
「へぇ……」
便利だなぁ……RPGの世界と聞いていたから、こんなものがあるとは思わなかった。
「じゃあ、行ってきます」
「はい。頑張ってください。無理せず」
「ありがとうございます!」
ウキウキで冒険者ギルドから出る。
行き先は僕たちがこの世界にやってきた時のあの森だ。
門番さんにタグプレートを見せて、町の外に出る。すぐにシルバーにまたがって、僕たちは森へ向かった。
「ええと……あった。十二ページのこの薬草が今回採取するやつみたいだね」
「ポーションといえば、の定番の薬草ですね。色は青緑、特徴は葉裏に白い筋が通っているところ。間違えやすい毒草もあるようです」
「筋の色が灰色だと毒草みたいだね。白と灰色は確かに間違えそうだ」
この薬草図鑑には写真が載っていない。カメラやコピー機はないんだな、と苦笑する。
写真が載ってないから、現物を見るまではわからないなぁ。
「主、ありました。……と言っても、毒草の方ですが」
「毒草の方か〜……運がないね」
「その薬草はどこでも生えているものです。あまり時間は経たず見つかるかと」
頷く。
シルバーの言葉通り、薬草はその十分後に見つかった。
薬草採取の依頼で余ったものは、貰うか適正価格で買い取ってもらうかを決めれるらしい。もちろん、ノルマを達成できたら、の話だけれど。
「簡単に見つかってよかったよ」
魔力を流しながら切り取る。最初の数本はダメにしてしまったけど、なかなかうまく取れていると思う。
「……主、お静かに」
「……シルバー?」
薬草を創造魔法で作った袋にテキトーに入れる僕に近寄って、シルバーは身をかがめた。
「ゴブリンです」
「魔物?」
「はい。見つかると厄介なので、仕留めてきます。主はここに」
「うん、わかった」
身をひそめながら、ゴブリンがいると思われる方向に、音も立てず向かうシルバーの背中を見つめる。
漠然とした無力感に襲われつつ、速くなる鼓動を押さえつけるようにごくりと生唾を飲み込んだ。
ゴブリンでも死ぬ人は死ぬ。ただでさえ、僕は争いとは無縁な国で育ってきた男だ。昔、一度だけテロに遭ったことがある。その時と同じ緊張感に、僕は冷や汗をかいた。
シルバーの唸り声と、ゴブリンの呻き声が耳に入った。
それはすぐに聞こえなくなって、シルバーがこちらに近づいてくるのがわかった。
「主、もう大丈夫です」
「あ、ああ……うん」
「……どうされました?」
「いや……僕はこの世界でも、何もできないなと」
……この世界に来て、何か変わるかな、と思っていた。
若返って、創造魔法っていう力を手に入れて、忘れてたみたいだ。
「僕には何もできない。戦えないし、シルバーがいなきゃ、多分こっちの世界に来た時点で死んでたと思う」
「……そんなことはありません。主がいなければ、私は生まれなかったのですから」
「でも、何もできないのは変わらないよ」
「主。……何もできない、と考えるのではなく、何ができるかを考えるのです」
「何が、できるか……」
シルバーは、まっすぐ僕の目を見ていた。
「主には創造魔法という力があります。それは貰い物ですが、しっかりとした主の力です。無力感に落ち込む、それは結構。そこからが大切です」
優しい語り口調に、僕は少しだけ涙が滲む。
「主にできることはきっと何かあります。すぐに見つけることはできないでしょう。……ですからまず、できることは何か、考えましょう。やりたいことは何か、考えましょう。主がこの世界においてどんな役割をなすか……私は、主がどんな選択をしても、主について行きますよ」
「シルバー……」
温かい言葉だった。……その言葉はずっと、僕が求めていたものだった。
「僕が悪逆非道の限りを尽くしても?」
「間違った答えを出したなら、人道に連れ戻して差し上げます」
「はは……それは、とても、助かるね……」
「光栄です。では主、薬草の採取も完了し、ついでにゴブリンも討伐できたので帰りましょう。ゴブリンの討伐証明部位は耳です。取ってきたので、まずこれを川で洗いましょうか」
褒めて、というように、あるいは僕を慰めてくれるかのように……シルバーは、僕の体に頭をぐりぐりと押し付けて、機嫌良さげにそう言った。
「薬草採取の依頼、文句なしに達成です。質もいいですし、余ったものは適正価格よりも気持ち高く買い取らせていただきます」
「ありがとうございます!」
初めての依頼達成。いつにない達成感の喜びに、思わず顔が崩れるのを止められなかった。
「ゴブリンの耳も確認しました。しっかり全て左耳、ピアスもついていたので、こちらも報酬が出ます」
「ゴブリンの耳ってどのくらいなんです?」
「一匹六デルから十二デルくらいですね。ゴブリンの強さはピアスの色で見分けることができます。どのゴブリンも緑でしたので、通常は八デルほどです。今回は五匹のひとグループ駆除になりますので、一匹あたり九デルになります」
「四十五デル……薬草採取とどっこいってところですね」
「一応、ウッド、ストーンランクの冒険者からすれば命の危険があるんですがね。どうも、報酬は上げたくないようでして。高ランカーの冒険者だと、ボーナス報酬があるんですけどね。ウッド、ストーンの時はぶっちゃけ薬草採取を大量にする方がいいですよ。今みたいに」
「まぁそんなもんでしょうね」
「ついでですが、口座を作って行かれませんか? これから大きなお金が入ることもあるかもしれませんし」
「そうですね……そうします」
「では、お手数ですが隣の商業ギルドの受付までお願いします。開設は無料です」
報酬を受け取って、礼を言う。僕はシルバーを伴って、隣の商業ギルドに足を踏み入れた。