再開
緩やかに打ち寄せる波と暖かな陽射し。
そしてテーブルの向かいにはかつての仲間。
これ以上の奇跡があるのか。って彼女=ジールは感じていた。
「何年ぶりかな……って聞くのも野暮よね、ジール」
ジールの向かいで微笑む、常に笑みを絶やさぬ彼女……いや、彼こそがこの港町バクアの代表をつとめるロゥリィその人であった。
「ホントよね、まさか気がついたらあなたがいたなんて。偶然どころじゃないみたい」
「ふふ、僕もさジール。ルースが君を運び込んできたときには驚いたさ」
「どこでわかった?」
「そりゃあもう、君のこの特徴的な癖っ毛」
ロゥリィの細い指が、慣れた手つきでジールの長い髪をくるくると絡めとる。
「昔はこの癖っ毛が大嫌いでさ、ずっと切りたかったんだけど……不思議よね」
ジールの身体にはしっかりと包帯が巻かれていた。あの時パデイラでバケモノから受けた謎の力。大丈夫だとばかり思ってはいたが、まさか骨にヒビが入っていたとは。
ラッシュとマティエを支援しようと無我夢中で、ほとんど無意識のうちに罠を仕掛けていたことだけは分かっていた。しかしそこから先はいまいち記憶が不確か。
まあ、結果良ければ……とは思っていたが、街を一つ潰していたとは思ってもみなかったわけで。
「あれからみんなどうしてるのかな、あなたは知ってる?」
「いや、知ってるもなにも……サーカス団は解散してそれっきりさ。僕も船乗り仲間と知り合ってここに着いたんだし」
話題をこちらに振られまいと、急いでロゥリィはジールの身の上に話を移した。
「散々だった……旅の途中で母さんとは死に別れて、もう自分を売り込むために傭兵に身を置くしかなかったしね」
そこでルースと知り合ったの? と細い目の下の瞳が尋ねた。
答えはひとつ「まあ、そういうことよね」と彼女はあっさり返した。
ジールも愚かではない。過去に……そう、まだ自分がチビくらいの年齢のころに、母に手を引かれてやってきたサーカス団。二人で洗濯や子守をしつつ磨いてきた軽業とナイフ投げ。それを教えてくれた人こそ、誰でもない。目の前にいるロゥリィだということを。
だけど彼女だけは知っていた。彼こそが全ての元凶だということも。
目は嘘をつかない……それもまたジールが身につけた術のひとつだった。
気づかすまいとロゥリィは矢継ぎ早に質問を重ねた。それがまるで懐かしさと嬉しさから来る衝動的なものだとばかりに。
マティエとはいつ知り合ったの? ルースとマティエってそ・う・い・う・関係なの? どうしてバクアまで来たの? そして最後に……
あの男……ラッシュとは知り合い? それにあの子供は? と。お決まりの文句。
ガチャっと、カップを持つジールの手がいらだった。
「全然変わらないよね、そのまくし立てる口数の多さ」
分からないわけがない。何かしら情報を引き出したい、知ってどうするわけでもないのに根掘り葉掘り質問攻めをするのがこの男の愚かさだということを。
そうだ。彼とは初めて会ったときからもう自・分・を・見・せ・る・ことは皆無だった。全てはそう、この三日月のように細い瞳の奥に隠していたのだから。
「知りたがり屋なのは僕の昔からの性分だよ。だって懐かしかっ……」
「うん……で、なにを知りたいの?」彼の見えてこない心の内に怒りを覚えたジールは、古びたテーブルの上にバン! と手を置いた。ロゥリィに迫るために。
「ふう……じゃ単刀直入に」
逸らした目の先は、波一つない水平線の向こう。
「ジール、あなたずっとウェイグをさがしてるんでしょ? 彼が今どこにいるか……教えてあげよっか」
ジールの手からコーヒーカップが、ぽとりと落ちた。