葛藤
その言葉にジールは動揺を隠すことができなかった。
「な、なぜウェイグのことを……?」
「ここは貿易港でもある。いろんな情報も、ね」
慌てて落ちたカップを拾おうとしたものの、ドキドキがおさまらない。
そうだった、ロゥリィ自身もまたウェイグと仲良かったしな……とジールは心の隅で思っていた。
「安心して、彼は元気だよ」
その言葉だけで嬉しい。
けど彼だって自分と会えた懐かしさだけでこんな情報を与えてくれる人じゃないってことは、今まで生きてきた中で十分骨身に染みている……それが生き抜いてきた証のようなものだから。
なにより、ロゥリィの全く変わることのない細い目がそれを証明している。
人の癖とか、仕草とか、態度とか。どんな仕草も見逃さない。その行動ひとつで、次になにを仕掛けてくるのか……を。だからあえて自分から持ちかけてみる。
「無論、その情報もタ・ダ・っていうわけじゃないよね」
「分かってるじゃないか、ジール」ほら、大正解。
二人の間が、みるみる間に緊張感を帯びた空気へと変わっていった
「物事には必ず見返りが付き物だもんね」鋭く尖った口が開く。
「大変だジール!」突然、二人の間にまだ包帯の取れないシャツ一枚のマティエが、勢いよく飛び込んできた。
「え、ちょ、マティエ、なに⁉︎」
そのあられもない格好に、ロゥリィがブフォと吹き出した。
「ま、マティエ……さん。その、服、着て……」
ほぼ半裸に近いマティエに、ロゥリィの方が逆に落ち着きを失ってしまった。
大きな胸がギリギリ隠れる程度の短いシャツに、ぴちぴちで今にも張り裂けそうなパンツだけのその姿。
そして、羞恥心ゼロのマティエ。
「え、理事長……なに恥ずかしがってるんだ?」
そう、彼女はロゥリィのことをまだ女性だと思っていた。無理もない。
「いや、その、僕・……!」
「っていうかマティエ、なによいったい?」ヤバい空気を払拭せんがため、ジールが割って入った。
「チビが見当たらないんだ。心当たりはあるか?」
マティエは続けた。
「丸三日間目を覚まさなかったのに……さっきベッドをみたらもぬけの殻だったんだ。他に誰かが入った形跡もない」
「え、えええええええええ!?」
しかし誰よりも驚きを隠せなかったのは、ジールではなくロゥリィの方だった。
「は、はやく探しましょう、でないと、その、僕も、あの」
「ロゥリィ……」その慌てふためきの裏に隠されたものを、ジールはうっすらと見抜いていた。
「あんた、まさか……」
「は、はい?」
「ウェイグの情報の交換条件って、もしや……」
「いや、その……」
ロゥリィの口がチビの言葉を紡ぐ刹那、先に動いたのはジールの手首に仕込んでいたダガーだった。
その尖った鼻先を、白銀に輝く切先でちょこんと突いた。
「あたしだって痛い真似はさせたくないの。だから教えてロゥリィ」
「は、はひぃ……」
「チビを一体どうするつもり……?」