【1つの期待が逃げた時】
【1つの期待が逃げた時】
「全く、なんなのよっ!!」
ティアは怒りを感じながら、アシス本部の廊下をどすどすと歩いた。
(バルメイドも、フィトも、うざいったらありゃしない!!地球のマグマに落としてやりたいわ!!)
どうしてテゾーロである自分に意見などできるのか。
自分は崇高な地球人の血を継いでいるというのに、意見して許されると思っているのか。
(ガリーナもよね。顔はママに似ているのに、あのムカつく傲慢科学者にそっくり)
ティアは、リーシャをたぶらかした男に小さな興味があり、彼の本や映像などを見ていた時期があった。彼の偉そうな口ぶり、理路整然とした物言いを、ティアは気に入らなかった。
どうしてリーシャが、あの男に惚れたのか理解できない。
(パパの方が良い。ママをずっと愛してて、ママをずぅっと大事にしてて、ママのことだけが好きで)
自分の父親のことを、ティアは想う。
(あの男の遺伝子を継いでいるだけで、似てしまうものかしら)
親子の遺伝子とは不思議だ。一緒に生活した訳でもないのに、似てしまうものなのか。
(パパは、あの男に似ているガリーナでも、気に入ってくれるのかしら)
一抹の不安があった。
父が、母親以外に、興味を持ったのだ。せっかくの機会なのに、この機を逃すわけにはいかない。
(クォデネンツがあれば、もっと良かったけれど)
「ん?」
ティアは、ぴたりと足を止める。
自分は、リーシャの部屋に向かおうとしていた。彼女の部屋はアシス本部でも一番隅にあった。父の意向で生前のままの状態を保っており、表向きにはティアの部屋だということになっている。
今、ティアが歩いている廊下に、普段人がいることはないはずなのに、ティアが歩く方向とは逆に走る影があった。
その輝かしい金髪を見て、ティアは目を見開いた。
「ん?んん?なっ···」
紛れもなく、それはガリーナであった。
彼女は軍人達と比べたら全く足は速くないのだろうが、必死に走っていた。
この場から逃げようとして――。
「なっ、何で逃げて···」
ティアは動揺した。自分はイングリッドシステムに施錠を依頼している。
(ありえない!)
しかし、ありえてしまっているのだ。ティアがわなわなと震えても、ガリーナが逃げている事実は変わらない。
「待ちなさい!!」
大きな声で叫ぶと、ガリーナはギョッとして振り返った。そして、彼女自身からしたら足を速めたのだろう。ティアも、廊下を駆けだした。